第29話
「ねぇ? さっきから自己紹介してんの?」
凌乃は笑顔のまま立ち上がり、川名さんに優しく語りかける。
「⋯⋯えっなに、急にどうしたの?」
「あれー? 日本語なんだけどなぁ。わたしの言ってることわかんなかった?」
「いや、あの」
「さっきから、教師や男達に媚び売ってるだとか、人気取りに必死とか? 挙句の果てにわたしに取り入るって、もうまんま自己紹介じゃん? 笑える」
あぁ、そうか。あの胡散臭い笑顔って、機嫌が悪いのを隠してたのね。それで私は苛々していたわけだ。
なるほど。気づいてしまえばなんてことはない。ものすごく機嫌が悪そうね。
「ねぇ、春歌。宮崎さん急にどうしたの?」
「いやぁ、私に聞かれても、ね」
結衣が自分の怒りも忘れて聞いてくる。
こっちはなんとか収まったようで一安心するも、生憎私に凌乃の考えてることなんてわかるわけがない。
「なんかめっちゃ笑顔なんだけど⋯⋯。あれって、怒ってんのかな?」
「あー⋯⋯。わかないけど、ちょっと違うんじゃないかな。たぶん」
機嫌はすこぶる悪そうだけど、結衣みたいにキレて怒ってる感じではないのよね。
凌乃の雰囲気に、説明できない違和感が残る。
「川名さんってさー? いっつも誰かしらの悪口言ってるよね。そういうの、なにが楽しいの? 教えてよ」
「別にいつもってわけじゃ⋯⋯」
「えー? いつもじゃない? 竹下さんがいなければ竹下さんの悪口言って、小沢さんがいないときは小沢さんの悪口言うじゃん」
「はっ? そうなの?」
「私のことも言ってたんだ⋯⋯」
竹下さんと小沢さんが怪訝な顔をする。
川名さんの悪口に付き合うんだから同罪でしょ。しかも、自分の友達の悪口なのに。そんな人が友達なんだから、自分だけ言われないなんてあるわけないのに。今更、そんなことに驚くのね。
「いや、違うから! 言ってない!」
「えー? それじゃわたしが嘘ついてるって言いたいの?」
凌乃が一歩詰め寄れば、川名さんがその分うしろに下がる。
「そうだよ! 凌乃が嘘ついてるに決まってる!」
川名さんがそう言った次の瞬間、また教室中に机を蹴り倒す音が鳴り響く。
「それ、やめてくれるかな? 名前で呼ぶの許した覚えないんだけど」
うわぁ、めちゃくちゃ笑顔じゃない⋯⋯。よっぽど気に食わないのね。
「ご、ごめん、なさい」
「うん、ありがとう」
川名さんはすっかり怯えてしまい、どんどん凌乃に追い詰められていく。
「眼鏡外す前は、わたしがいるのに気にしないでよく話してたじゃん? わたしが誰とも話してないからバレないと思ってたのかな? 席が近いからさ、全部聞いてたんだよね」
「なに、を⋯⋯」
「誰かが告白されれば調子乗ってるだとか、ふられたらブスだから仕方ないとか喜んでたりさ。本当に性格やばいよね」
私の告白された話を凌乃が知ってたの、川名さん達のせいか。余計なことを。
「そっ、そんなの凌乃が」
「はっ? なに?」
「⋯⋯宮崎さんが勝手に言ってるだけじゃん。なんの証拠もない」
「そうきたか。たしかにそうだね」
「ほら、やっぱり嘘じゃん!」
言った言ってないの話になり、川名さんが勢いを取り戻す。
水掛け論になった時点で、川名さんの信用はもうアウトだと思うけど。少なくとも私に言った言葉と竹下さんと小沢さんの反応はなくならない。
「そうだなぁ。5月26日、4限化学の授業後、お昼ご飯食べながらD組の真鍋くんがふられた話しをしてました。『あいつ坂本に告ったんだってさー。 そうなの? どうせまたふられたんでしょ。あいついつも顔で選んでね? その割に本人の顔は大したことないよね。 たしかに。鏡持ってないんじゃないの? ってか坂本のやつ絶対また調子乗ってるよねー』だってさ」
「⋯⋯はっ?」
川名さん達が唖然としている。
「次は、 これかな。7月3日、2限体育終わりでの会話でーす。『浅倉ってさ、ちょっと太ったと思わない? あっ、それ私も思った! 太ももやばかったよね。 でもあいつ彼氏いるんじゃなかった? えー、まじか。彼氏デブ専じゃん。 そうじゃなかったら絶対ふられるっしょ。 あれはやばかったもんね。まぁ、時間の問題じゃない?』もうちょっと長いけど割愛」
「はぁ、デブ専!? あんた達なに勝手なこと言ってんのよ! 喧嘩売ってんの!?」
凌乃の暴露話に浅倉さんがキレる。
そりゃ怒るか。っていうか、これ止めるべき?
あーもう、本当になにがしたいのよ。
私がいつまで見守るか考えてる間にも、凌乃は川名さん達が吐いた悪口を次々と暴露していく。
「つぎはー」
「待って、さっきからまじでなんなの!? 全部、作り話でしょ?」
竹下さんと小沢さんは心当たりがあるようで、真っ青な顔ですっかり黙り込んでいる。
「まだそんなこと言っちゃうの? 残念でしたー。わたし記憶力いいんだよね。川名さん達の話、全部覚えてるよ。一言一句ね」
「そんな⋯⋯」
――はっ? ちょっと待って、なにそれ。
そんなの、絶対に記憶力いいで済む話じゃないんだけど。どこまで覚えてるの⋯⋯?
「でも、川名さん達って陰口しか言わないからさ? ちょっと苦労しちゃったなぁ」
「なに、それ。どういうこと?」
「んー? 川名さんいつも言ってたじゃん? あいつ調子乗ってるって。逆にマウント取れたら調子乗ってくれるかなって思ってさ。予想より待たされた感じだよね」
「全然意味わかんないんだけど⋯⋯」
「別にわかんなくていいよ」
「はぁ⋯⋯、そういうことか」
「春歌? どうかした?」
「ごめん結衣。今日はもう帰るわ」
「えっ、別にいいけど。あれ放置してくの?」
「いやいや、さすがに回収してくよ。元はと言えば私のせいみたいだし」
それに、もうクラスメイトのふりは必要ないだろうから。
「よくわかんないけど、春歌のせいじゃなくない? ってか、あれどうやって回収するの? そろそろお昼休み終わっちゃうけど」
「あー⋯⋯。今は時間ないけど、ちゃんと説明するから。あと、このあと迷惑かけるかも。ごめんね」
「⋯⋯? 全然わかんないけどわかった。ちゃんと話してね」
「うん、ありがとう。また月曜日に話す」
私は荷物をまとめて立ち上がる。視線の先には、依然として川名さんを追い詰める凌乃がいて⋯⋯。
「凌乃。もうその辺でいいでしょ」
「えー? まぁ、春歌がそう言うならいいかな」
「私もう今日は帰るから。凌乃も帰るわよ。荷物まとめなさい」
「わかったー。コンビニ寄っていい?」
教室中を唖然とした空気が包み込む。
突然、今までの出来事が嘘のように自然と話し始めた私と凌乃を、どうしていいかわからず遠巻きに見ているようだった。
「春歌おまたせ。準備できた」
凌乃が当然のように私の腕に抱きついてくる。
クラスメイトのふりはもう必要ないわけだから、すっかりいつも通りの凌乃だ。
「凌乃、歩きづらい。離して」
「やだ。疲れたから絶対に離れない」
「完全に自業自得でしょ」
「んー、そうだけど。あっそうだ! 川名さん」
教室を出る直前になにかを思い出した凌乃が、胡散臭い笑顔で川名さんに話しかける。
「なっ、なに?」
「ノート。みんなに返しておいてね。春歌じゃなくて、川名さんがやってくれるんだよね?」
「あっ⋯⋯、わかった⋯⋯」
「凌乃、もう行くわよ」
「はーい。みんな、バイバイ」
私と凌乃が教室を出ると、静まり返っていた教室から騒然とした声が溢れだす。
結衣、今頃質問攻めかなぁ⋯⋯。ごめん、お詫びになんか奢るから許して。
私は心の中で結衣に謝りながら、ご機嫌で私の隣を歩く凌乃を連れて学校を後にした。
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