第28話


「あー、あれはもう完全に調子乗っちゃってる感じじゃない?」


 お昼休み中、お弁当を食べ終わった結衣がいきなり穏やかじゃないことを言いだした。

 結衣の視線の先には川名さん達がいて、そこには当然のように凌乃もいて⋯⋯。

 今日もクラスメイトに囲まれて、なかなか騒がしい集団になっていた。


「川名さん達、うまいこと宮崎さん取り込んでカースト上位に躍り出ちゃった感じ? 春歌、どう思う?」

「興味無いわね。関わってまた変に絡まれても嫌だし」

「あー、それもそうか。川名さんってやたら春歌に突っかかるよね。しかも、人が少ないときにやる感じが余計に姑息なんだよなー」

「まぁ、川名さん達もなにか気に食わないことがあるんでしょ」

「まったく相手してないとこが春歌らしいよね」

 あんなの、どうやって相手しろっていうのよ。


「結衣、私ちょっと職員室行ってくる」

「職員室? あぁ、さっき出せなかった課題?」

「そう。終わらせたから、提出してこなきゃ」

「春歌が課題忘れるなんてめずらしいよね」

「まぁ、ね。ちょっと昨日、忙しくて」

「昨日って、予備校休みじゃなかったっけ?」

「⋯⋯よく覚えてるわね」

 昨日は、凌乃の部屋で⋯⋯、課題どころじゃなかっただけだ。


「なになに? ついに彼氏できた?」

「そういうんじゃないから」

「春歌って、モテるのに誰とも付き合わないんだもんなー」

「それがなによ」

「もったいないと思って? それとも、もしかして好きな人いるの?」

「⋯⋯いるわよ」

「そうだよねー⋯⋯、はぁ!?」

「じゃあ職員室行ってくるから」

「いや、待って!? 春歌、ちょっとその言い逃げはさすがに酷くないかな!?」

「酷くない。いってきます」


 結衣がまだなにか言っているが、私は無視して席を立つ。教室から出る前に凌乃の方に目をやると、相変わらずの胡散臭い笑顔の凌乃がいて、どうしても苛ついてしまう。それでも、凌乃の肩にある私の痕が、辛うじて理性を繋ぎ止めてくれていた。


 あの痕が消えたら、堪え切れるかな⋯⋯。




「清水先生、すいません。稲見先生って今居ないんですか? 課題持ってきたんですが⋯⋯」

 職員室に入りお目当ての先生を探すも不在のようで、近くにいた担任の清水先生に聞いてみる。

「ん? 坂本が課題提出に来るなんてめずらしいな。さっき準備室行くって言ってたけど――あぁ、丁度戻ってきたみたいだ。運が良かったな。稲見先生! 坂本来てますよ!」

 

 あー⋯⋯、ありがたいけど、大きい声で名前呼ばないでほしかったな。課題提出が遅れたのは自業自得だけど、さすがにこれだけ注目を集めてしまえば恨みのひとつくらい言いたくなる。


「すまんすまん。待たせたな。どうした?」

「いえ、大丈夫です。授業で出せなかった課題、終わらせたんで出しにきました」

「もう終わらせたのか。さすが早いな。次の授業でも良かったんだぞ?」

「忘れたの私なんで。すいませんでした」

「常習犯なら怒るが、ちゃんと出してくれたし気にしなくていい。坂本が課題忘れるなんてめずらしいしな」

「そうですよね? 坂本、私の授業でも課題忘れたことないですし」

「あー⋯⋯、ちょっと昨日忙しくて」

 結衣にも言われたことを清水先生と稲見先生と揃って言われてしまい、思わず苦笑いしてしまう。


「めずらしいと言えば、清水先生のクラスの宮崎どうしたんですか? 急に垢抜けて、あれは驚きましたよ」

「さぁ? ある日突然あぁなってましたね。坂本なんか知ってるか?」

「いえ、私も理由までは知りません」

 むしろ私のほうが教えてほしいんだけど。

  

「まぁ、若いし坂本も宮崎も色々あるか」

「稲見先生ダメです。そういうの今はセクハラになるらしいですよ」

「なんと、こんなのもダメなんですか。厳しいな」

「そうですよ。我々、男性教諭はいつ訴えられるかわからないですからね。気をつけないと」

「⋯⋯あの、私戻っていいですか?」

「あぁ、悪いけど次の授業始まるまでにノート返しておきたいから持っていってもらえるか? えーと、今日の当番は⋯⋯おぉ、噂の宮崎だな。ノート渡して、配っておくように伝言。頼むな」

「⋯⋯はい、わかりました」


 よりによって、なんで今日が凌乃の番なのよ。

 さっそく八つ当たりの気持ちが膨らんできて、思わずため息が漏れる。




「宮崎さん、清水先生がノート返しておいてほしいって。これ預かってきたみんなのノート」

 教室に戻って真っ直ぐ凌乃の机に向かい、預かってきたノートを渡す。嫌なことはさっさと終わらせるに限る。こんな気持ちでいつまでもいたくない。


「あっ、わたし今日当番か。ありがとう坂本さん。重かったでしょ?」

「いや、大丈夫だけど⋯⋯。ノート返すの手伝おうか?」

 凌乃がいつもの笑顔を向けてくるから⋯⋯、つい油断した。

「私たちがやるから、坂本さんは手伝わなくて大丈夫ですけどー?」

 川名さん達に付け入る隙をみせてしまった。


「⋯⋯はぁ、じゃあそういうことで。よろしくね」

 私はため息を吐いて自分の席に戻る。

「春歌、おかえりー。川名さん達となに話してたの? 大丈夫?」

「うん、大丈夫。ありがとう。私が余計なこと言ったみたい」

「余計なことねぇ⋯⋯」

 


「ねぇ、今の見たー? あいつの態度。わざとらしくため息吐いて、何様だっての」

 突然クラス中に聞こえる声で川名さん達が悪態をつき始めた。

「手伝おうか? だって、頼んでないんだけど」

「先生に媚び売りたいんじゃない? 内申点とるのに必死じゃん」

 ゲラゲラ笑いながら、私の悪口が出るわ出るわ。よく口が回る。内心感心していると、隣では結衣が今にもキレそうになっていた。まずい。


「あぁやって、男にも媚び売ってんじゃん?」

「ちょっと! あんた達さっきから喧嘩売ってんの!?」

 結衣が突然立ち上がり、止める間もなくキレてしまった。結衣の勢いに川名さん達が怯む。

 そんな簡単にビビるなら、最初から喧嘩売らないでほしいんだけど。

 

「結衣、待って。いいからキレないで」

 立ち上がった結衣の腕を掴んで落ち着かせる。

「春歌ぁ、だってあいつら」

「うん、わかってるから。ありがとう」


「なっ、なんなのよ。そうやって、いつもいい子ちゃんぶって周りに愛想振りまいて! 人気取りに必死で気持ち悪いんだよ!」

「ほんとだよねー。教師に媚び売って、男たぶらかして、売りとかやってたりすんじゃないの?」

 川名さん達は勢いづいてしまったのか、私への悪口が一向に止まらない。


「あんた達!  いい加減にしなよ!」

「結衣ストップ。大丈夫だから落ち着いてってば」

 結衣を抑えるの大変だから、みんなの前ではやめてほしかったなぁ⋯⋯。

  

「さっきの手伝うってやつも、次は凌乃に取り入ってやろうって魂胆なんじゃない?」



 ガーーーーンッ!!!



 突然けたたまししいが騒音が響きわたり、教室中が静まり返る。音の中心には最高に胡散臭い笑顔で椅子に座り、目の前にあった机を勢いよく蹴り倒した凌乃がいた。


 はぁ⋯⋯。もう、なんなの? 今度はなにするつもりなのよ⋯⋯。

 っていうか、まだ結衣もキレてるのに凌乃も抑えなきゃいけないわけ? 川名さん、これどうしてくれるの。本当に勘弁してよ⋯⋯。




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