第25話


 体育の授業中。バレーのミニゲームの中で、凌乃が敵チームのコートにジャンプサーブを打ち込んでる。私の知る限り、宮崎さんはスポーツができる記憶はない。

 

 あいつ、素顔だけじゃなくて、スポーツできることも隠してたのね。

 本当にタチ悪いわね⋯⋯。


「うわー、宮崎さんってスポーツもできるんじゃん」

 体育館の舞台に座り、足をぶらつかせながら結衣が感心したかのように言う。

「そう、みたいね」

 結衣の隣に座り、凌乃を見つめる私は苛々を閉じ込めながら返事をした。


「春歌聞いた?」

「なにを?」

「D組の真鍋くん、宮崎さんに告ったらしいよ?」

「⋯⋯ごめん、だれ?」

「いやいや、1学期に春歌に告ってきたやつだから。覚えてないの?」

「あー⋯⋯。覚えて、ないわね」

「さすが春歌。告白されたからっていちいち覚えてたらキリないか」

「そういうわけじゃないけど⋯⋯」

 興味が無いのは事実その通りなので、強く否定できない。


「まぁ、こんな早く宮崎さんに告るくらいだから、面食いなだけのやつだろうし覚えてなくていいかもね。春歌断って正解だったんじゃない?」

 

 本当にその通りだ。凌乃が顔を晒して1週間も経ってないんだけど。その、真鍋とやら。凌乃のなにを見て告白したっていうのよ。どうせ、顔だけしか見てないじゃない。

 凌乃の内面を誰にも知られたくないと思う反面、凌乃の外見しか見られていない事実にも腹が立つ。


 コートの凌乃に目を向ければ、笑顔でチームメイトとハイタッチしていた。胡散臭い笑顔だ。

 ダメだ。苛々する。


「結衣、ちょっと自販機行ってくる」

「わかったー、いってらっしゃい」



 体育館入口にある自販機で買ったコーヒーを握りしめ、ギャラリーに上がる階段に座る。暖房なんてあるわけのない体育館。凛とした冷たい空気に包まれて、少しだけ冷静さを取り戻す。

 

 ――はぁ、なんでこんな苛々するんだろ。

 

 なんとなく戻る気になれなくて、しばらくそうしていると階段の下から話し声が聞こえてくる。 

 

「バレー大活躍だったじゃん。宮崎さんがスポーツもできるなんて知らなかったよー」

「本当、かっこよかった。ねぇねぇ、宮崎さんのこと名前で呼んでもいい? 凌乃って名前、可愛いよね」

「あー⋯⋯えっと、急に名前呼びは緊張しちゃうかな。もう少し仲良くなってからでも良い? ごめんね?」

「えー、いいじゃん。名前呼びの方が早く仲良くなれると思うよ?」

「いやー、あはは⋯⋯」

  

 ⋯⋯落ち着け。苛々しても仕方ない。

 凌乃がクラスに友達が出来るなら、それはきっといいこと、よね。


「ねぇ、凌乃。帰りみんなで遊び行かない?」

「今日はちょっと予定あるから難しいかなぁ。また誘ってくれる?」

 

 ⋯⋯あっさり名前呼びされてるじゃない。

 

「そっか、じゃあ別の日に遊ぼうね。――あれ? 坂本さん」

 凌乃と一緒にいたクラスメイトが、階段に座っている私に気づく。

 一緒にいたクラスメイトは川名さんと竹下さんと小沢さんの3人グループだった。


 よりによって、なんでこいつらと⋯⋯。


「こんなとこでなにしてるのー? 優等生の坂本さんがサボりですかー?」

「⋯⋯別に。もう戻るから」


 川名さんはこうして、ことある毎に絡んでくる。しかも周りに誰もいないときに限ってだ。

 まともに相手をする気にもなれず、適当にあしらって立ち上がり、そのまま4人の隣を通り抜ける。


 凌乃はすれ違いざまに、私にあの胡散臭い笑顔を向けた。相変わらず私とは口を利かない。


「なにあれ。態度わるー」

「ほんと、何様だよって感じ」


 川名さん達は、私の姿が見えなくなった途端ここぞとばかりに悪態をつき始めた。ひそめるでもないその声は、当然私の耳に届いているわけで。


 いつもながら言い始めるのが早いのよね。それともわざと聞かせてるのかしら?

 あの3人はいつもあんな感じだから今更だけど、凌乃が私にを向けたことが⋯⋯。

 

 わざわざ苛々から逃げてきたのに、余計に苛々を溜める羽目になりため息をもらす。私は増加した苛々とため息と共に、体育館に戻った。



 ◇◇◇



「昼間なんであいつらと一緒にいたのよ」

 今日は予備校の日ではなかったが、昼間のこともあり私は凌乃の部屋に来ていた。

 

「部屋に来た途端なんの話し? 春歌そんなことよりも先にただいまでしょ」

「⋯⋯ただいま」

「うん、おかえり」

 ここ、私の家じゃないんだけど⋯⋯。


「それで、昼間ってなに?」

「体育のとき。川名さん達といたでしょ」

「あー、いたね。それで?」

「なんであいつらと一緒にいたの」

「んー、誘われたから?」

「誘われたら誰にでも付いてくわけ?」

「そういうわけしゃないけど」

「じゃあ一緒にいたのは凌乃の意思ってことね?」

「そうだね」

「どういうつもり?」

 あいつらのそばで私の悪口を聞いていたはずだ。

 なにより、すれ違いざまに私に向けたあの胡散臭い笑顔が許せなかった。


「んー、ないしょ」

「っ!」

 

 質問を軽くあしらわれ、苛々で埋め尽くされ頭に血が上る。

 感情にまかせてベッドに凌乃を押し倒し、昼間の苛々をぶつけるように乱暴なキスをした。

 

 私に無理やり押し倒されたにもかかわらず、凌乃は嫌がらなかった。それどころか、受け入れるように私の首に腕を回して乱暴なキスに応える始末だ。


 はっ? なんで嫌がらないの?


 自分でしたことなのに腑に落ちなくて、思わず動きを止めてしまう。凌乃が拒まないことに対しても苛々が募る。


「凌乃、拒まないの?」

「⋯⋯? わたしが春歌を拒むの? どうして?」

 自分でも驚くくらい不機嫌な声で聞く私に、心底理解できないといった様子で、凌乃が質問を返してくる。


「どうしてって⋯⋯、無理やりしてるから」

「んー、わたしが嫌がってないのに無理やりなの? もしそうだとしても、別にそれでもいいよ。春歌苛々してるし、わたしにぶつけて解消するならしたらいいよ」


 凌乃にそう言われて、ようやく自分が凌乃に何をしたのか理解した。自分がしたことに愕然として、目の前が真っ暗になる。

 こんなの、ただの子供じみた八つ当たりだ。

 

「ごめん⋯⋯。こんなこと、凌乃にするべきじゃなかった」

「よくわかんないけど、別にそんな気にしなくていいのに」

「逆に凌乃はもう少し気にしなさいよ」

「だって春歌がなんにイラついてるのかわかんないし」

「あー、なんでもな⋯⋯くはないんだけど。自分の問題だし凌乃に言うべきことじゃない」

「春歌、また悪い癖でてるよー」

「はっ?」

 私に押し倒されたまま、凌乃が私の頬に手をあてる。


「こうすべき、これはするべきじゃないって、また自分勝手に思い込んでる」

「あぁ⋯⋯。そう、ね」

 痛いところを指摘され力が抜ける。なんだか色々とショックで、ため息を吐きながら凌乃の隣に寝転がった。

 

「ね? だからいいんだよ。わたしが嫌じゃないんだから」

「でも、凌乃はなにも悪くないのに⋯⋯」

「春歌って、意外と頑固だよねぇ」

「⋯⋯うるさいわね」

 頑固なのは自分でよくわかってる。けど、今回は絶対に私が悪い。


「なに気にしてるか知らないけど、わたしがいいなら別にいいじゃん」

「そういう問題じゃない」

「んー、やっぱり頑固だね。じゃあ、そんな春歌にいいこと教えてあげる」

「なによ」

「ハグもキスも、ストレスを軽減してくれるらしいよ?」

「⋯⋯だからなに」

「なんかストレスを溜めてるご様子の春歌をわたしが癒してあげよう。キス、してもいいよ?」

 凌乃はうつ伏せで頬杖をつきながら、人差し指を自分の唇にあてる。

 

「はぁ⋯⋯、なにを言うかと思えばそんなこと」

「そんなことじゃないー。大事なこと」

「凌乃は私に酷いことされたんだから怒っていいんだよ。私の為になにかしようとしなくていいから」

「別に酷いことなんてされてないのに。まぁ、そういうことなら?」

 

 凌乃はそう言うと、ニヤリと笑い起き上がる。

 急に起き上がった凌乃は、仰向けに寝転がっていた私の上に馬乗りになった。

 更に私の両手首を掴んだかと思うと、そのまま頭の上に押さえつける。



 ――はっ? なに、動けない⋯⋯!?


「わたしが春歌にしてあげる」

 


 私の上に跨った凌乃は、やたらと爽やかな笑顔でとんでもないことを言い出した。




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