第24話


 予備校の帰り。凌乃は迎えに来ないと知りつつ、いつもの癖で歩道橋に足が向かう。

 凌乃は今日クラスメイトとカラオケに行くはずで、私の迎えになんて来ないとわかっていたのに⋯⋯。


「春歌おそーい」


なぜか今、私の目の前にいる。


「はっ? なんでいるの?」

「えっ? 予備校の終わる時間だから?」

「そういうことじゃなくて」

「⋯⋯? 予備校の後になんか予定あるとか言われてたっけ? ごめん聞いてなかったかも。ちゃんと待ってるから――」

「予定あるのはあんただから ! カラオケは!?」

 私が言いたいことをようやく理解したらしい凌乃は、納得の表情を浮かべる。


「あぁ、なんだそういうことか。春歌のお迎え時間だから帰ってきたよー」

「はぁ? なに、もう解散したの?」

「ん? いや、みんなはまだ遊んでるんじゃない? しらなーい。どうでもいいよ」

 凌乃は心底興味ないようで、クラスメイトのことなんてまったく気にかけていない様子だった。

 

「いやいや、凌乃の歓迎会? じゃないの?」

「あはは。歓迎会って、わたし元々クラスメイトだけど」

「それは、そうだけど」

「ずっと同じクラスにいたのにね。ちょっと見た目変えただけであんなはしゃいで、バカみたい」

 吐き捨てるようにそう言う凌乃の顔は、ゾッとするくらい冷たい。


 なに⋯⋯、機嫌悪い?

 

「⋯⋯じゃあなんで素顔晒したのよ」

「んー? ないしょー」

「胡散臭い笑顔振りまいてなにがしたいの?」

「あはは。胡散臭いなんてひどいなぁ。この笑顔、けっこう需要あるんだけど?」

「胡散臭い笑顔に需要があるんじゃなくて、元の顔に需要があるだけでしょ」

「それ褒めてくれてる? 春歌、わたしの顔好きだもんね?」

「まぁ、嫌いではないわね」

「素直じゃないなぁ」

 正確に言わないだけで素直よ。私は、凌乃のこと顔で好きになったわけじゃないから。

 

「ねぇ、春歌? クラスメイトにわたしの素顔は見せたけど、わたしと春歌の関係は秘密にしてくれる? 明日からも今まで通り、教室ではただのクラスメイト」 

「なによそれ、まだなにか企んでるの?」

「だーめ。今はまだ言わないよ。春歌、帰ろ?」

 凌乃はクスクス笑いながら、いたずらっ子のような表情で手を差し出す。


「もー、そんな嫌そうにしないでよ」

 顔には出してないはずなのに、相変わらず凌乃は私の心の機微に敏感だ。思わず舌打ちが漏れる。


「わぁ、美人さんの舌打ちって色気あるね」

 凌乃は特に気にした様子もなく、むしろ楽しそうにしている。

 いつもながら、こういうところは理解できない。

「⋯⋯はぁ、ムカつく」

「えー? ひどいなぁ。泣いちゃうよ?」

「そんな笑顔で言われてもね。もういいわ、帰るわよ」

「はーい」


 嬉しそうに返事をした凌乃は、歩き出した私の手を握り指を絡ませてくる。


「手握っていいって言ってないんだけど」

「ダメなの?」

「内緒でなにかしようとしてる人と、繋ぐ手はありません」

「ふーん? なるほど、ね?」

「っ!? ちょっと、手撫でないでよ!」

「春歌、不機嫌そうだから、気持ちよくなってもらおうと思って」

 凌乃はニヤニヤしながら手の甲にキスをする。


 こいつ! 本当にムカつく!!


「もういい、手離して」

「あっ、やだ。ごめん、もうしないから」

 私が本気でイラついてるのを察して、凌乃がすぐさま謝ってきた。振りほどこうとした手が強く握られる。


「春歌、ごめんね?」

「⋯⋯はぁ、わかったわよ。そんな不安そうな顔しないでいいから」

「もう、怒ってない?」

「怒ってるしイラついてる」

「えっ⋯⋯」

 凌乃が本気でショックを受けた顔をする。クラスメイトの前では胡散臭い笑顔しかしなかったのに、私の前では随分と表情豊かだ。

 そんな凌乃の様子に少しだけ溜飲を下げる。


「今日は抱き枕になってあげないから」

「えっ? なんで?」

「ただでさえ予備校で疲れているのに、誰かさんが余計疲れさせてくれたからね」

「⋯⋯ごめんなさい」

 凌乃が叱られた仔犬のようにしょんぼりする。


 私が怒ることわかってるくせに、なんで余計なことばかりするかな。本当にしょうがないやつね。

 

「今日は凌乃が私の抱き枕よ。なにか文句ある?」

「⋯⋯っ! ない、わたしが抱き枕になる」

「なら許してあげるわ」

「うん、春歌ありがとう」

 すっかり元気を取り戻した凌乃は、にこにこしながら私の腕を取り抱きついてくる。

 

「凌乃、歩きづらい。離して」

「やぁだー。離さない」

「はぁ、もういいわ」

「ため息吐かないでよ。傷つくじゃん」

「そんなしおらしい性格してないでしょ」

 ため息程度で傷ついてたら、今頃ボロボロになっているはずだ。


 今日だけでも、何回ため息吐かされたと思ってるのよ。


「んー、そうかも。ねぇ春歌、帰ったらキスして」

「はぁ? いきなりなに言いだすのよ」

「だって、クラスメイトと話してわたしも疲れたんだもん。癒してほしい」

「そんなの自業自得でしょ」

「疲れたことに変わりないんだから、原因なんてどうでもいいのー。ねぇ春歌。キス、してくれないの?」

「ぅぐっ⋯⋯」

 上目遣いにせがまれ、思わず言葉に詰まる。


「はぁ、わかったわよ。すればいいんでしょ」

「あと、だっこもしてほしいし、お腹も撫でて」

「⋯⋯いつにも増してわがままね」

「抱き枕の日は生意気言ってもいい日だって、春歌に習ったから」

「その認識、間違ってるからね!?」


 結局、惚れた弱みか。帰ったら凌乃のこと甘やかすことになるんだろうな。

 はぁ、どこで育て方間違えたんだろ⋯⋯。




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