第23話


「ねぇ、春歌。なんか廊下騒がしくない?」

 

 月曜日の朝、前の席に座る友達――佐々木結衣ささきゆいと話をしていると突然話題を遮り、結衣がそんなことを言い出した。

 言われてみれば、たしかに廊下が騒がしい。


「えっ? だれ?」

「転校生じゃない?」

「おい、めっちゃ可愛くないか?」

「うちのクラス? やべぇ! 美少女転校生来た!」

 そんな声が次々と聞こえてくる。


 私は教室の入口に目をやり、喧騒を引き連れ教室に入ってきた原因に意識を向ける。そして、喧騒の原因を正しく理解し、一瞬で頭が真っ白になった。

 


 ――は? 凌乃?



 教室の入口にいたのはたしかに凌乃で、それでいていつもの宮崎さんではなかった。

 何食わぬ顔で教室に入ってきた宮崎さんは、ブラウスの第一ボタンを外してネクタイを緩め、スカート丈も膝上まで短い。更に眼鏡を外しコンタクトをして、ほんのりメイクもしている。

 挙句の果て、いつも顔を隠すために伸ばしていた前髪をサッパリと切って、凌乃がいた。



 ⋯⋯やられた!

 週末の煮え切らない態度はこういうこと!?

 なに考えてんのよあいつ!


  

 凌乃は周りのざわめきになんて一切興味ないようで、素知らぬ顔で自分の席に座る。

 教室に入ってきて私と目を合わせることもない。

 ⋯⋯それは、いつもなかったわね。

 

 凌乃が席に座ると、ざわめきの中に戸惑いが混っていく。

「そこ宮崎さんの席⋯⋯、えっ?」

「はぁ!? 転校生じゃないの?」

「まじに宮崎さん?」

「たしかにどんな顔してるか記憶ないかも⋯⋯」

「でも、が本当に宮崎さん⋯⋯?」


 謎の転校生だと思っていた美少女が宮崎凌乃だとわかると、一転して教室が静まり返る。

 

 凌乃はひとりマイペースに机に筆記用具を出したりしていたが、さすがに注目されていることに気づいた⋯⋯いや、あれはわざと無視してたな。凌乃が気づかないわけがない。


「みんなおはよー。どうかした?」

 凌乃はしれっと何事も無かったかのように挨拶する


 途端、蜂の子をつついたように教室中が興奮につつまれる。凌乃はあっという間にクラスメイトに囲まれ、本当の転校生さながらに質問攻めにされる。


「まじに宮崎さんだったんだけど!?」

「はーい、宮崎凌乃だよー」

 

「いつもの眼鏡は!?」

「コンタクトにしたー」

 

「制服は!? 普通に着崩してるじゃん!」

「みんなのマネしてみたー」


「髪も切ってる!?」

「うん、長くなりすぎちゃったからー」


 凌乃は浴びせ掛けられるような質問に、淀みなく答えていく。終始、胡散臭いまでに笑顔だ。


「ってか、軽くメイクもしてるよね?」

「うん······。似合わない、かな?」

 凌乃がわざとらしく眉毛を下げながらほんのり潤んだ瞳で答える。

 更に上目遣いで、あざとさ全開だ。

「いやっ! そんなこと、ない⋯⋯、可愛いです」

 見つめられた女子生徒は、まんまと頬を赤くして弁明している。



 ――ムカつく。



「うわー。宮崎さんって、あんな美少女だったんだね。知らなかったわ。春歌気づいてた?」

 結衣が頬杖をつきながら凌乃を見ている。

 そんなジロジロ見ないでほしい。

 

「いや、宮崎さんと話すことなかったし」

「それもそうか。ってかあんな可愛いくて頭もいいなんてずるいわー」

「そう、ね」

「春歌ピンチじゃね?」

「はっ? なにが?」

 結衣の突然すぎる言葉に、思わず怪訝な顔をしてしまう。

 

「頭良くて美人で、しょっちゅう告白されてる春歌の地位を脅かすライバル登場! じゃない?」

「はぁ、いきなりなにを言うかと思えば。馬鹿らしい、そんなわけないじゃない。だいたい、そんな地位いらないわよ」

「まぁ、たしかに宮崎さん可愛い系だし、綺麗系の春歌とはキャラ被りしないか」

「そういうことじゃなくて⋯⋯」


 私と結衣がそんな話をしている間にも、凌乃は自分を囲むクラスメイトの質問に答えていた。


「ってか、宮崎さんの素顔ってこんな可愛かったんだね。どうして急に眼鏡やめたの?」

「えー? 高校生活も半分過ぎちゃったから? もっとみんなと仲良くなりたくて勇気出してみた」

「まじ? じゃあ放課後みんなで遊び行こうよ! カラオケ行ったことある?」

「家族で何度か⋯⋯。友達とは行ったことないかな。っていうか友達いなかったし、仲良くしてくれると嬉しい、です」

「そうなの!? よし、じゃあ決まり! 放課後カラオケ行けるヤツ挙手!」

 凌乃の周りにいたクラスメイトがみんな手を挙げる。


 ⋯⋯カラオケね。

 私、今日予備校ある日なんだけど。


「なんかカラオケ行くみたいよー。春歌も行く?」

「私は予備校あるから無理かな。結衣は予定ないの? せっかくだから参加すれば?」

「んー、どうしようかな。放課後までに気が向いたら行くかも」

「そっか」


 その後も予鈴が鳴るまで凌乃は囲まれ、ようやくざわめきが落ち着いた頃、本鈴が鳴り授業が始まる。教師も凌乃の変わりように驚いていたが、校則を破っているわけではないので、当然何かを言われることもなく、授業態度も相変わらず完璧だ。

 凌乃は休み時間の度にクラスメイトに囲まれ、私とは一言も口を利くことはなかった。




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