第18話


「凌乃はなにをそんなに不安がってるの?」


 不安? わたしが?


「なに、どういうこと?」

「はっ? どういうことって⋯⋯。凌乃、それ無自覚?」

「⋯⋯それって?」 

「なにかに怯えてるみたいに、私に縋り付いて離さないその手。ずっと震えてるわよ?」

「えっ?」

 意識を自分に向けてみれば、たしかに春歌の服を掴む手は震えていた。言われて初めて気がつく。


「自分で気づいてなかった? さっきから、ずっと身体も強ばってる。冷えたせいなのかとも思ったけど、どうもそれだけじゃないみたいだし。なにがそんなに怖いのよ」

「怖い⋯⋯。そっか、そうなのかも。ザワザワして気持ち悪いのも、そのせいなのかな?」

「まぁ、たぶんそうなんじゃない?」

 よくわからなかったザワザワした気持ちに理由がついて、ほんの少しだけ安心する。

 ザワザワの正体は、たぶん不安⋯⋯。


「それで? なにが不安かわかる?」

「なにって⋯⋯、春歌がいつまでもえっちしてくれないこと?」

「それは最初からでしょ? 今更どうして不安になるのよ。なにかそれ以外に原因あるんでしょ?」

「⋯⋯ある、と思う」

「話せる?」

 春歌のブラウスを握りしめ、肩に顔を埋めたまま黙り込んでしまう。

 話してしまったら、せっかく友達だと言ってくれたのに壊れてしまいそうで⋯⋯。

 そっか。わたし、本当に怖いんだ。


「凌乃? 大丈夫よ。話して?」

 春歌が俯くわたしの髪を梳きながら優しい声で聞くから、無意識に強ばっていた身体から少しずつ力が抜けていく。


「⋯⋯春歌が、わたしのこと友達だって言うから。それなのにえっちはしないって言ってて、それじゃ理由がない」

「理由? 友達が嫌なの?」

「違う。やなんじゃない。友達が、怖い⋯⋯」

「なかなか難しいわね。友達だと怖くて、セフレだと怖くないの?」

 きっと、わたしは今めちゃくちゃなことを言ってて、それでも春歌は根気強く話を聞いてくれる。


「わかんない⋯⋯」

「うん、ゆっくりでいいから」

「⋯⋯今までセフレだった人は、怖くなかったから」

「今までのセフレ⋯⋯」

 途端、春歌の声のトーンが下がる。

「春歌?」

 思わず顔を上げて春歌を見ると、眉間に皺を寄せて不機嫌そうな顔をしている。

 なんで、怒ってるの⋯⋯?


「⋯⋯はぁ、なんでもない。今はいいわ。それで?」

「えっ? あっ、えっと、だから春歌ともえっちしたら怖くなくなるかなと思って」

「それで最近やたらとしたがってたのね」

「うん、たぶんそう」

「それで解決しても、なんで怖いのか根本的に解決してないじゃない」

「そう、だね⋯⋯」

「そんなしょんぼりしないの。責めてるわけじゃないんだから」

 そう言いながら、春歌はあやすように頬を撫でてくれる。くすぐったい感覚に、落ち込んだ気持ちがちょっぴり浮上する。


「そもそも、セフレだとなんで怖くないの?」

「えっ、だってセフレはわたしの身体欲しがってくれるから」

「⋯⋯なかなかイラつくわね」

「えっ、なんで⋯⋯?」

「なんでもないわ。それが理由ってやつ?」

 

 なんで? どうしてさっきから機嫌悪そうなの? やっぱりこんな話、しちゃダメだったんだ⋯⋯。

 

「はぁ、そんな泣きそうな顔しないでよ。凌乃に怒ってるわけじゃない。これは私の問題だから。凌乃はなにも悪くないわ」

「だって、春歌、急に機嫌悪そう⋯⋯」

「凌乃のせいじゃない、大丈夫よ。ごめんね」

「でも⋯⋯やだ、よ⋯⋯」

 

 春歌の機嫌を害してしまったことがただただ悲しくて、わたしは春歌の肩に顔を埋めて泣いてしまった。




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