第15話


 ――えっ? なん、で?


 はじめての春歌からのキスに、心が乱れていく。わたしに覆いかぶさり、見下ろす春歌の目にも困惑が見て取れた。

 いつもお願いしないとしてくれないのに。本当はしたくないんじゃないの? わたしがしてって言うから仕方なくしてるんでしょ?


「また余計なこと考えてるでしょ」

「余計な···⋯こと」

「そうよ。ほら、凌乃。続きおねだりしないの?」

 春歌の目からは既に戸惑いが消え失せ、からかうような視線と軽いキスを落としてくる。

「しない⋯⋯」

 いつもしてることなのに、なぜかしたらいけないような気がして顔を背けてしまう。

「なに遠慮してるのよ。本当にらしくない」

「だって⋯⋯」

「じゃあ、やめる?」

 そう言いながらも、春歌はわたしの首筋にキスをする。


「やだ⋯⋯」

「凌乃は本当に甘えん坊だね。ほら、こっち向いて。どうしてほしいか言えるよね?」

 春歌はわたしの頬に手をやり、背けた視線を無理やりに合わせた。その目は嗜虐的な色を含んでいるかのようで、思わずゾクリとしたなにかが込み上げてくる。

 

「⋯⋯足りない」

「それじゃ全然わからない。どうしてほしいの?」

「春歌、もっとちゃんとキスしてほしい。わたしのこと、春歌でいっぱいにして」

「ん、よく言えました。ほら、凌乃。ご褒美⋯⋯」

 嬉しそうに目を細め、わたしの唇を軽く舐める。促されるままうっすらと口を開くと、春歌の舌がこじ開けるように差し込まれた。


「ん⋯⋯、はる、か、もっと⋯⋯」

 舌の裏側を撫でられ、唇を甘噛みされ、漏れ出た吐息が春歌の呼吸と混じり合う。わたしは春歌の首に腕を回して、少しでも隙間を埋めようとした。

 

「凌乃、気持ち⋯⋯い?」

「う、ん⋯⋯いい。春歌、お腹撫でてほしい」

「ふふ、お腹撫でるの? いいよ」

 春歌の手が、服の上から薔薇が咲いている辺りを撫でる。

 

 気持ちいい⋯⋯けど――

 

「春歌それじゃやだ。服の上からじゃなくてちゃんと撫でて」

「ようやくふてぶてしさが戻ってきたわね」

 春歌はクスクス笑いながら、わたしの頬を撫でるようにキスをする。

「ふてぶてしくない。お腹ちゃんと撫でてよ」

「はいはい、わかりました」

 パーカーの中に手が差し込まれ、春歌の指が薔薇にふれる。途端、ゾクリとした感覚が這い上がる。

「あっ、ん⋯⋯」

「凌乃、唇噛まないの。また切れる」

 無意識に噛んでいた唇にあやすようなキスをされ、わたしは体から力を抜いていく。

「うん⋯⋯」

「お腹、撫でられるの気持ちいいの?」

「他の人にさわられのはやだったけど、春歌にさわられるのは、気持ちいい」

「他の人⋯⋯」

 お腹を撫でていた手が不意に動きを止め、春歌は不快そうに眉を寄せた。


「春歌?」

「⋯⋯なんでもない。そろそろ寝るわよ」

 不機嫌そうな様子で隣に横になる春歌に、またザワザワした気持ちが湧き上がる。

「春歌⋯⋯、抱きしめてもいい?」

「ダメ。むこう向いて」

「えっ⋯⋯なん、で」

「いいから。むこう向く」

 頑なに断られたことがあまりにもショックで、それ以上なにも言えず春歌に背を向ける。


「今日は凌乃が抱き枕ね」

「えっ?」

 春歌の言葉を理解するより先に、春歌の腕がわたしを包み込む。気がついたときには、後ろから抱きしめられていた。

「⋯⋯このまま寝るの?」

「そうよ。なんか文句ある?」

「ないけど」

「ならいいわ」

 機嫌悪そうに言い放つ反面、わたしにふれる手は温かくて、優しくお腹を撫でてくれる。


 いつもより密着しているせいか、春歌の体温が移って境界線が曖昧になる。温かいお湯に浸かってるようで、わたしは久しぶりに眠ることができた。




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