第16話


「どうしよう⋯⋯。時間だ」


 今日は週末で、春歌の予備校がある日で、必ずと言っていいほど部屋に泊まる日だ。そろそろ授業が終わる時間で、いつもなら歩道橋に到着する時間でもある。

 そして今、わたしは部屋にいた。


 ――じゃあ、友達やめる。


 あの日、自分で言い放った言葉が、自身をがんじからめにして動けない。


 学校で言葉を交わしたりしないわたし達の世界はこの小さな部屋だけで、予備校終わりに迎えに行くことで、無理やりに春歌をこの部屋に縛り付けている。

 あの日、春歌が怒った理由を考えてみてもよくわからなかった。唯一の心当たりはやっぱりその言葉しかなくて⋯⋯。もしそうなら、友達やめるって言った友達じゃないわたしの部屋に来てくれるのかわからなくて、迎えに行くために部屋を出ることができずにいた。


「本当どうしよ⋯⋯」


 どうしたらいいのかわからず部屋で悶々としていても時間は等しく過ぎるわけで、もちろん春歌の授業終了はわたしが答えを出すまで待ってくれるわけもなく⋯⋯携帯が鳴る。


『今日は迎え来ない感じ?』


 一瞬で後悔した。迎え、行けば良かった⋯⋯。

 今更後悔しても今すぐ歩道橋に行けるわけもなくて、もう素直に白状するしかない。


『行かない』

『そっか、わかった』


 泣きたくなった。春歌が部屋に来てくれない。

 あんなこと言うんじゃなかった。素直に迎え行けば良かった。


『コンビニ寄ってくけどなんかいる?』


 ――えっ?


『春歌、部屋来るの?』

『はっ? 行くけど。予定でもあるの?』

『何もないけど』

『じゃあ問題ないじゃない』

『まって、今から迎え行く』


 いてもたってもいられなくて、上着も着ずに部屋を飛び出す。


『寒いから迎えいいよ。コンビニは? ほしいものないの?』


 玄関から飛び出したところで返信がきて、足が縫いつけらたようにその場に止まる。


『なにもいらない。春歌早く来て』


 もう動けなくて、携帯を握りしめながら玄関ドアの前で座り込んでしまう。寒いなんてどうでも良くて、少しでも早く春歌に会いたくて、部屋に入る気にはなれない。

 

『今コンビニ出たから、あと30分くらいかな』

『わかった。待ってる』


 

 もうだめだ、息が止まりそう⋯⋯。

 冷たい空気に肺が凍りついていくようで、蹲ったまま春歌を待つことしかできなかった。




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