第14話


「春歌、わたし勉強の邪魔したい訳じゃないから。気にしないで勉強してよ」


 いつものように部屋に来た春歌は、いつもより早い時間に寝ようとしていた。帰ってきてすぐにシャワーを浴びて、既にベッドの上にいる。

 絶対におかしい。

 あまり眠れていないわたしの睡眠時間を確保する為か、春歌はあの日から部屋で勉強をしていなかった。


「気使ってるとかじゃないから。期末試験も終わったし、少しゆっくりしたいだけ」

「でも、いつも模試とかあるからって勉強してたじゃん」

「もう年内は模試ないわよ。次は年明け」

「⋯⋯あの日から勉強してないじゃん。わたしが眠れないせいなんでしょ?」

「まぁ、抱き枕としては気になるところではあるわね」

「やっぱり気使ってるじゃん」

「凌乃、考えすぎ。いいからおいで?」

 春歌にベッドの上から手招きをされ、一瞬迷いもしたけど結局誘惑に負ける。


「目の下、クマできてる」

 大人しくベッドに座るわたしの頬に手をやり、目の下を甘やかすようにちょいちょいさわる。ちょっとくすぐったいけど落ち着く。


「んー、大丈夫」

「薬は? 前に言ってたやつ。飲んでないの?」

「春歌がいない日は飲むけど、頭痛くなるからあんまり飲みたくないんだよねぇ」

「そっか。まだザワザワしてる?」

「してるー。気持ち悪い」

「ザワザワしてるから眠れないの?」

「たぶん。全然眠れてない訳じゃないけど」

「無理してるでしょ? すっかり弱ってるじゃない。いつものふてぶてしさが足りてない」

 春歌がわたしの頬を軽くつまむ。


「ふてぶてしくないもん」

「一位様は自覚が足りないわね」

「あっ、一位だったんだ」

「確認してないの? 昨日張り出されてたわよ」

「別に興味ないから」

「それで相変わらず一位なんだから嫌になるわ」

「⋯⋯勉強しか取り柄ないからね」

「はっ? そんなことないでしょ」

「そんなことある」

 春歌いわく弱っているわたしは俯くが、春歌がそれを許さない。顎を下からすくわれ、無理やり顔を上げさせられた。

 

「顔だけとってもかなり可愛い顔してるわよ?」

 至近距離でわたしを覗き込みながら、春歌は真顔でそんなことを言う。

「そう⋯⋯なのかな」

「学校でもトップクラスに可愛いんじゃない? 普段顔隠してるの勿体ないくらい」

「それなら、殴られた痕残んなくて良かった」

「あぁ、それはそうね。顔にタトゥー入れる訳にもいかないしね」

 春歌がわたしのお腹に手をあて、薔薇が咲いている辺りを服の上から撫でる。傷痕にふれられるのは嫌だったのに、春歌にさわられるのは気持ち良くて好きだ。もっとふれてほしくなる。


「確かに見た目の需要はあったかも」

「需要? なんの話?」

「なんでもない。春歌はわたしの顔好き?」

「んー、まぁそうね。顔で友達選ぶ訳じゃないけど、可愛いとは思うかな」

 ⋯⋯また、友達。なんか、ザワザワするのが強くなった気がする。やだな、気持ち悪い。


 込み上げる不快な気持ちをどうにかして払い除けたくて、わたしは春歌を抱きしめる。春歌は突然抱き着いてきたわたしを受け止めきれず、ベッドにふたりで倒れ込んだ。


「ちょっと凌乃、急に抱き着いてきたら危ない」

「ねぇ、春歌。えっちしようよ」

「はぁ? またいきなり、なに言い出すのよ」

「いいじゃん。わたしの顔好きなんでしょ?」

「だからしないし、顔で友達選んでるわけじゃ――」

「それ、いやなんだけど!」

 

 遮るように大きな声をあげたわたしに、春歌が驚いた顔をしていた。


「それって、どれのこと言ってるの?」

 突然大きな声を出して取り乱したわたしに、春歌は優しい声で問いかける。春歌の声にザワザワした気持ちが少しだけ落ち着く。


「⋯⋯春歌にわたしのこと拒まれるの」

「別に凌乃を拒んでる訳じゃないでしょ?」

「だってしないって、拒んでるじゃん」

「えっちは最初からしないよって言ってたよね?」

「そうだけど⋯⋯」

 まともに目を合わせられなくて、抱き着いたまま春歌の胸元に顔を埋める。


「どうしてそんなにしたいの?」

「⋯⋯言いたくない」

「凌乃、それじゃどうしてあげたらいいのかわからないよ」

 春歌は困った様子で、それでも根気強くわたしと向き合ってくれているのがわかった。


 ――わたしが困らせてるのに止まらない⋯⋯。

 もうやだ、気持ち悪い⋯···。


「えっちしてくれたらいいじゃん」

「友達とはしないから」

 ベッドに横になりながら、わたしの髪を梳かすように撫でてくれる。あやすような春歌の撫で方。

 いつもは落ち着くのに、今日は込み上げるザワザワした気持ちにイライラが止まらない。

 

「じゃあ、友達やめる」


 思わず口をついて出た言葉に、私を撫でていた春歌の手が止まる。

「凌乃。それ、本気で言ってる?」

「だってザワザワして気持ち悪い」

「友達やめたら落ち着くの?」

「わかんない⋯⋯」

「はぁ⋯⋯。もういいよ、わかった」

 ため息を吐きながら、春歌が手を引こうとする。

 

「やだっ!」

 わたしは自分で言い出したくせに、引かれた春歌の手を咄嗟に掴む。

「やだっ、春歌⋯⋯」

 今手を離したら全てが壊れる気がして、泣きそうな気持ちをこらえながら、掴んだ春歌の手を離せなかった。

「あぁ、もう⋯⋯こっちの気も知らないで。えっちはしないからね」


 ほんの少しだけため息を混ぜこみながら、春歌がわたしの口を塞ぐ。




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