第8話


「成績はさ、伯父さんのためにキープしてるだけだから」


 予備校のあった平日、部屋でダラダラしていると凌乃が突然そんなことを言い出した。


「伯父さん? どういうこと?」

「父親があんなだからさ、伯父さんが見かねてわたしを養子にしてくれたんだよね」


 凌乃はお腹に手をあてて、眉間に皺を寄せる。

 その手の下には、相変わらず青い薔薇が咲いてるはずだ。


「伯父さんが今は父親ってこと?」

「戸籍上はね。本当にいい人で、家族もわたしのこと受け入れてくれてた。一緒に暮らしてたこともあるよ」

「そうなんだ、なんで今はひとり暮らしなの?」

「温かい家庭に、わたしが馴染めなくてさ。みんな凄く優しくて、それが余計に苦しかったんだよね。どうしても耐えきれなくなって、ひとり暮らし許してもらった」


 それは、なんとなく⋯⋯、わかるな。


「それで成績?」

「うん、これ以上迷惑かけたくないから」

「それで首位キープできるのも凄いけどね」


 話し終わったのか、凌乃がめずらしく真剣な目で見つめてくる。


「なによ⋯⋯」


 いつもなら気にしない沈黙が、今日に限って妙に居心地が悪い。


「春歌はさ、どうしてあの日、歩道橋にいたの?」


 急にふられた話題に、心臓がドクンと強くはねる。


「それ、は⋯⋯。帰り道だから⋯⋯」


 そう誤魔化しながらも、背中には嫌な汗が伝う。


「予備校から駅まで、あの歩道橋渡る必要ないよね?」


 どうやら、見逃してくれる気はないらしい⋯⋯。


「⋯⋯はぁ、わかった。話す」


 私はため息を吐きながら、観念して話をする。


「あの日も言ったけど、別に死ぬ気なんてなかったから。ただ、なんていうか、なんのために頑張ってたのかわからなくなっただけ」

「どうして?」

「私、兄がいたんだけど、小学生のとき事故で亡くなってるんだよね。それで、周りからお兄さんの分まで頑張れとか、お母さんが悲しんでるんだから支えてあげてとか⋯⋯。なんか、色々言われて。疲れてただけだと思う」


 他にも理由はあったけど、なんとなく口に出来なくて言葉を濁してしまう。

 

「ふーん? なるほどね」

「⋯⋯なによ」

「別に?」


 見慣れない真剣な眼差しに思わず目をそらす。

 見透かされているような気がして落ち着かない。


「なんかそれって呪いみたい」

「――えっ? 呪い?」

「お兄さんのために、お母さんのために。そうするべき、こうあるべきだって、少しずつ毒を注いでいってさ? それってもう立派な呪いだよね」

「⋯⋯っ! ちが、う」


 違う、だって私は⋯⋯。


「違わないよ。おかしくない? 春歌は春歌のために頑張ればいいのに」

「えっ? 私のため、に⋯⋯?」

「そうだよ、春歌の人生でしょ?」

「私の⋯⋯」


 今まで誰からもそんなこと言われたことなくて、私は言葉を失ってしまった。




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