第5話


「明日休みだし泊まっていきなよ」


 凌乃は部屋に入るなり、突然そんなことを言い出した。


「また勝手に。泊まらないよ」

「なんで? 親に怒られる?」

「⋯⋯怒られない、と思う」


 たぶん、私が家にいないことにすら気づかない。


「じゃあいいじゃん。先にシャワー浴びてきなよ。それとも一緒に入る?」

「はぁ!? なにバカなこと言ってんの!? 一緒になんて入るわけないでしょ!?」


 私は差し出されたバスタオルを勢いよく受け取り、浴室に向かった。


 ――しまった、つい受け取っちゃった。本当なにやってんだ私⋯⋯。


 後に引けずに、素直にシャワーを浴びて戻ると、凌乃は自分も入ると浴室に向かった。ひとり暮らしの小さな部屋だ。凌乃がシャワーを浴びてる音が聞こえる。


 ⋯⋯やっぱり帰ろう。


 借りたティーシャツから制服に着替えようと立ち上がると、ちょうどシャワーを終えた凌乃が出てきてタイミングを逃してしまう。

 凌乃が荒っぽく髪を拭きながら部屋に入ってくる。短めのキャミソールからは腹部が覗いていて、そこには青い薔薇のタトゥーが描かれていた。


「見すぎなんだけど」


 凌乃がいたずらっぽい表情で指摘してくる。


「えっ? あっ、みっ、見てない!」

「別にいいのに、どうせするんでしょ?」

「するって? なにを?」


 当たり前のように話を進める凌乃の言う言葉の意味がわからず、思わず眉間に皺を寄せる。


「なにって、えっちに決まってるじゃん」

「はぁ!? しないから!」

「えっ? しないの?」

「逆にびっくりしないでくれる!?」


 凌乃は本気で意外そうな顔で、私のことをまじまじと見てくる。


 ろくに話したこともなかったクラスメイトと、するわけないじゃない。なに考えてんのこいつ⋯⋯。


「そっかー、しないのか」

「するわけないでしょ」

「じゃあなんで来たの?」

「あんたが無理やり連れてきたんでしょ!」


 ほんの数時間前の出来事だ。忘れたなんて言わせないし、私が望んで来たみたいに言われるのは納得いかない。


「嫌なら振りほどけたじゃん」

「それは! そう、だけど⋯⋯」

「なんで振りほどかなかったの?」

「⋯⋯その、手が、温かかったのよ。悪くないなぁって思って、それで、なんとなく振りほどけなかっただけ」


 なんで振りほどかなかったかなんて、自分でもよくわからない。

 握られた手が温かかったから。たぶん、本当にそんな些細なことが理由で、なんでそんなことが理由になり得たのか、考えたくなかった⋯⋯。


「ふーん? なるほどね」


 凌乃はそう言うと、なぜか嬉しそう笑い、不意に私を抱きしめてくる。


「ちょっと! しないからね!?」

「うん、いいよ。春歌はわたしの抱き枕ね」

「は? 抱き枕?」

「そう、わたしの。寝よ?」


 ベッドに連れていかれ、凌乃は本当に何もせず、私を抱きしめて眠った。


 ――やっぱり、あったかい。




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