他人の重み

「……はぁ」


 あの子たちの教官になりなさい。

 つい忘れていたそんな罰ゲームの様な内容を改めて突き付けられ、僕は思わずそんなため息を漏らした。

 というかそもそもだ。


 「大体、なんで僕がそんなことをする前提なんだよ。依頼を受けた訳でもあるまいし、」


 そう拗ねるようにして僕は吐き捨てた。

 ……いや、正確に言えば依頼はされたのだが、正規の物ではないという方が正しいか。

 

 声高らかに突然宣言したトリ姉の姿を思い起こしながら僕はそう思いなおす。

 というのも、僕ら冒険者というものは、口約束だけで依頼人と契約するわけにはいかないのだ。

 それは、仲介料として金をとりたいギルドの思惑と、金払いを渋るタチの悪い依頼人から冒険者から身を守るためというお互いのメリットのためだったりするのだがそれはそれとして。

 

 長年、孤児院の運営でカツカツだったトリ姉は、依頼することも無かっただろうし、依頼というものがどういうものかを知らなかったようだ。

 無知につけ入るようで申し訳ないが、今回はそれを利用させてもらうとしよう。


「ごほん」


 そんなことを考えながら僕は咳ばらいをする。

 改めてトリ姉の目がこちらに向いたことを確認しながら僕はトリ姉にギルドの仕組みを教えようと息を吸うと……


 スッ、と。

 自然な動作でトリ姉の腰元から小さな羊皮紙が顔を覗かせた。

 これは……ギルドの依頼書?今から書くとでもいうのだろうか。

 仮に書くとしても、直接契約するには依頼主と、それを受注した冒険者のサインが必要だ。

 わざわざ僕がそんなことをする筈が……筈が?


 まるで僕の思考は読めているとでも言いたげに自信満々の様子で羊皮紙を揺らすトリ姉の様子を疑問に思い、その羊皮紙を注視した僕は目を剥いた。

 そうしてトリ姉に近づき、ひったくるようにしてその紙を奪い取る。


 目を擦る。

 事実は変わらない。

 今度は紙を擦る。

 やはり事実は変わらない。


「な、なんで……」


 混乱の極致には有ったが、トリ姉に視線を向け、かろうじて疑問を示す言葉を口にする。


「なんで僕の名前があるんだよ」


 そう呟く様にして溢した言葉は、トリ姉の自慢げな笑みの前に、静かに地に落ちた。

 その様子に自慢げな笑みを浮かべたかと思うと、トリ姉は楽しそうに、


「昨日アンタが酔っ払った時にちょろっとね~」


 そんなことを言うのだった。

 くそっ、それがホントに「母親」のすることか!!


 ニヤニヤとしたその口元に、そんな言葉が飛び出しそうになったが、これを言ってしまえばうまい具合に丸め込まれそうなので咄嗟に口をつぐんだ。

 そうして何も言えずにいると、


「は~い、それじゃあ行きましょうね~」


 まるで小さな子供に言い聞かせる様な口調と共に、トリ姉は僕の耳を引いてクソガキの元へと向かったのだった。


 そして……


「ほらアンタら、あいさつしなさい」


「……ルカ」

「ラトス・テライム……です」

「ミ、ミーナ……」


「はい、んでこっちが~」


「……シビュラウス・アーテルハイト」


「はい、コレが今日からアンタ等の教官ね!仲良くするように!」


 ギルドに借りた小さな一室の中。僕と例の三人は、トリ姉を境にして、向かい合う様にして座っていた。

 ってか、これ……


「いや、無理だろ」


 敵意、不安、警戒。

 三種の視線にさらされながら、僕はトリ姉に向かってそう口を開いた。

 というのも、ギルドの教員と、その生徒の間にはある程度の信頼が必要となる。

 それは野宿や、非常事態における統率力など、命に関わる環境において、お互いに信じらなければ、いくら教員が優れていようが、生徒もろともに死にかねない。そう言った理由があるのだ。

 加えてトリ姉は知る由もないかも知れないが、そのつながりは意外と長く続く。

 それだからここのつながりを選ぶときは、教えを乞う側が自分、あるいは自分たちに合いそうな教官を選ぶのが通例なのだが……


 そんなことを考えながらトリ姉を見ると、何故か楽しそうな顔でこんなことを言うのだった。


「なぁに、信頼については大丈夫よ。だって……ほら、ラトス?」


 突然呼ばれて驚いたらしく、肩を跳ねさせ、真ん中に座っていた少年は顔を上げた。

 そんな少年の顔をのぞき込むようにしてトリ姉は尋ねる。

 

「う、うん。さっきは怖かったけど……僕!貴方たちにあこがれて冒険者を目指したんだ!」


 背筋を伸ばし、緊張から肩を張って。

 そんなガチガチの様子ではあったものの、視線だけはまっすぐこちらを向いて、真ん中の少年……ラトスは叫ぶようにしてそう声を上げたのだった。


「……」


 わからない。

 そんな言葉を受けて、真っ先に浮かんだのがそんな言葉だった。

 パーティとしての最高ランクはSだ。そして、僕たちのパーティはその二つ下であるB。確かに上から数えた方が早い様なパーティではあったものの、正直言って同ランク内でも、僕たちはあまり有名な方では無かった様に思う。

 何故なら、回りは大物を退治して一気に成り上がった様な大物に比べ、僕たちはこまごまとした依頼をこなし続けて、じわじわと昇級を繰り返してきた様なパーティだ。

 けして、他のパーティの様に、ファンが付く様な派手な活躍をしてきたわけではない。

 だからこそ目の前の少年が吐いた言葉は僕の頭に疑問符を植え付けたわけだが……


 そんなわけなので、そんなことを言う少年の意図はどこにあるのか考えていると、突然、少年はこういうのだった。


「……ホンゴ村って覚えてる?」


 ホンゴ?ホンゴ……ホン……


「あぁ‼‼」


 突然思い出した光景に思わずそう声を上げる。

 ホンゴ村。それは10年ほど前に僕たちが依頼途中に立ち寄った村だった。

 ちょうどその時飢饉に見舞われていたようで、その日寝る場所と引き換えに手袋の食料や芋を分けた所喜ばれたんだっけ。あの後、無事飢饉は解決したそうで、わざわざ村長がこちらまで挨拶しに来てくれたので良く印象に残っている。

 まさか今その名を聞くことになるとは思ってなかったが……


 そう考えつつ、少年に頷いて見せると、少年は続けてこう話した。


「僕がその村の出身なんだけど、小さいころからよく両親が言ってたんだ。この村の今が有るのは皆のおかげだって。さっきは聞いてた話と全然違ってびっくしたけど……やっぱりいい人みたいで良かった」


 えへへと頬を掻いて見せる少年に僕は思わず苦笑した。

 短いあいだではあったものの、僕にとってもあの村での生活は良い物だった。

 あそこの村人は大概気の良い人ばかりだったからなぁ。少なくともこっちに悪意を持って馬鹿にしてくるような奴はいなかった。


 そう考えながら例のクソガキをちらりと見ると、こちらを射殺さんばかりの眼力でじっとこちらを睨みつけていた。

 なんとも可愛げのないガキである。

 

 とまぁ、それはさておき、なるほど。とりあえず、この少年はそう言った理由らしい。

 それならまぁ、こちらを信用する理由として少しは信用できるかも知れない。

 だが、のこり二人は?……と言うより、


「なぁ、トリ姉。もしかしてここのやつらって全員昔の僕と関係してたりするのか?」


 そう訊ねた所、


「まぁ、今は聞きなさいな。次で最後よ」


 そうあしらわれたのだった。

 ……と言うより、次で最後?

 二人いるようだが、もしかして……


「あぁ、俺たちは兄妹だ。」


 案の定こちらを睨みつけながら、クソガキは立ち上がってそう言った。

 そのままこう続ける。


「ヴェルマウス、この名を忘れたとはまさか言わねぇよな」


 ガタッ


 その名を聞いた途端、僕は椅子からずり落ちた。

 

 あぁ、そうだ。忘れるはずも無い。忘れるはずも無いが……そこは今の今まで忘れていた。

 確か……あの場には子供が二人いた筈だ。

 

 地面に突き立てられた槍に串刺しにされた男女、辺りに響き渡る子供の泣き声、口に染み込んできた血の味……

 二度と思い出しもしないと思っていた記憶が次々と溢れてくる。


「おい、聞いてんのかよ」


 耳に飛び込んできたそんな声に思わずハッとした。

 どうやら呆けてしまっていたらしい。


「……聞いている。」

「じゃあ何か言うことはねぇのかよ」

 「あぁ、無い」

「……殺されたいのか」

「それをできなかったのが今のお前だろ」

「……チッ!」


 うつむいて淡々と答える僕にそう舌を鳴らし、ガキは音を立てて椅子に座りなおした。

 そんな兄におびえるようにして、妹もゆっくりと椅子に腰を下ろす。


「……望みはなんだ。」


 妹が腰を下ろした辺りを見計らい、僕はそう切り出した。

 

「望みぃ?」


 その言葉に怪訝そうにそう返すクソガキ。


「あぁ、お前たちが求めている物はなんだ。金か?名声か?それとも俺の命か?時間さえくれるなら大概の物は用意してやろう。命にしてもただ生き残ってしまっただけのクズの命だ。ほしけりゃくれてやる」


「……バカ」


 そう一息に言い切った後に響いたトリ姉の悪態だけが反響する空間。

 少しの時間を置いて、クソガキは口を開いた。


「じゃあ……俺を強くしろ」

「……は?」


 その意外な返答に、僕は思わず顔を上げた。

 それはトリ姉からの望みでもあるし、別にそうすることになんの抵抗も無いのだが……


「なんだ?恨んでないのか?」

「ハッ、ほざけバカ。」


 そう素直な疑問を口にした所、素直な罵倒が飛んできた。


「恨んでないわけないだろ。あの時もっとお前が時間を稼いでいれば、お前が一人で来なければ何とかなったんじゃなかったか。そんなもんはあの日から夕方が来る度に考えた。けど……」


 そう胸の前の拳を握りしめると、その熱を再確認するようにこういった。


 「何より腹が立つのはあの時見てることしかできなかった俺自身だ。だから俺を強くしろ」


 それに僕は、思わず感動してしまっていた。

 過去に捕らわれず、たらればに惑わされず、ただ残されたものをまっすぐに見つめている。

 それは24年生きてきた僕がついぞ成し遂げられなかったことだ。

 羨ましく思う。その縁が。妬ましく思う。その真っすぐさが。そして何より恥ずかしく思う。死体を踏みつけて生きている自分を。

 僕がそんなだからだろうか。気づけば僕はこんなことを口走っていた。


「……分かった。受けるよ。お前たちの教官。」


 あぁ、二度と他人など背負わないと決めていたのに。

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突然パーティーが解散されましたが他にしたいこともないので形見を引っ提げ自由に生きます かわくや @kawakuya

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