傷跡
「コラ!」
「あいたっ!」
そのまま訓練場の門をくぐろうとした僕の頭に振り下ろされる拳骨。
その痛みに頭を押さえながら僕は、
「痛ったいな。なんだよトリ姉」
門のすぐそばで僕を待ち構えていた鬼ババに目を向けた。
「『なんだよ』じゃないでしょ!どーすんのよアレ」
そうしてやれやれとでも言いたげに向けたトリ姉の指先には、未だ煙を上げながら気を失っている様子のクソガキと、その周りを心配するようにうろうろするパーティメンバーとおぼしき二人の子供。
へっ、ざまあ見……
「……」
「でっ!?」
その無様さを見て、思わずそう笑った瞬間に、再び拳骨が振り下ろされた。
無言で振り下ろされたそれに僕の視界が火花で満ちる。
くそぅ、ポカポカ殴りやがって……
内心そう唸るが、実際逆らっても勝てないので、間違っても牙は向けない。
ある程度の実力を持った冒険者というのは、相手の力量を見極める目についても肥えているものだ。
そんなわけなのでせめてもの反抗として、頭を押さえながら睨みつけていると、トリ姉はフッと雰囲気を緩めるとこういうのだった。
「アンタは変わらないねぇ。いつまでたっても怒りん坊で、我儘で。」
「……」
そう懐かしむようにして呟いたトリ姉のその言葉に僕は思わず黙り込んだ。
本人としてはそんな気は無いのだろうが……以前から何も変わっていない自分を指摘されたような気がしたのだ。
「ほら、とりあえず治療してきなさい。」
幸いというべきか。露骨に落ち込んだ僕の様子に気づく様子も無かったトリ姉は、そう腕を組みながら喧嘩相手と仲直りしに行く我が子を見守る様な表情をしてそう言った。
子供の喧嘩じゃねぇんだぞ。ったく……
「……チッ」
そうして歩き出した僕は、左手にポーションの入った瓶を呼び出しながら思わず舌を打つ。
それが一体何を理由とするものなのかは、自分自身よく分からない。
それは人の繊細な部分を無自覚に掻きまわして平気な顔をしているトリ姉にか。
はたまた、先ほど自覚した自分の成長の無さに腹が立ったからか。
それとも、未だ耳朶に残る悲鳴の残響にか。
そんなことを考えているうちに、僕は白目を剥いたクソガキまでほんのあと一歩という所で足を止めていた。
そして……
「おい、どけよ」
その最後の一歩を阻んでいる原因に声を掛ける。
「ど、どかない!」
(こくこく)
そこには、先程遠目に見たクソガキのパーティメンバーである少年少女が居た。
少年の方は両手をひろげて僕の歩みを止めており、少女はその影から、言葉も発さずに首肯を繰り返している。どうやら僕はクソガキにとどめを刺しに来たと思われているらしい。なんとも失礼な……いや、あれを見たら当然か。
そんなことを考えながら、心当たりのあるシーンを幾つか想起していると、
「ルカは僕たちが守るんだ!!」
(こくこく)
そう必死にさえずる少年の声が下から響いてきた。
うーん、なんとも面倒だ。
こいつらに恨みは無いんだが……
ボッ
右手に薬瓶を移してから、先ほど吸い込んだ火炎の一部を空に向けて放つ。
「お前らも焼くぞ」
「ッ――!!」
そう声を低くして放った脅しは効果抜群だったようで、少女は膝から崩れ落ち、少年は全身の毛穴が逆立ったような表情を見せていた。
ただ……
「ほう」
それでも少年はかたくなにその両手を閉じようとはしなかった。足は既に膝が笑い、そのひろげた頼りない腕でさえもプルプルと震えている。ただ、それでもその目は僕をじっと睨みつけていた。
良い目だ。その目から感じる迫力に僕はそう感じた。覚悟と輝きに満ちた、真っ赤な目。
そういやアイツも昔はこんな目をしてたんだっけ。
そんな感想に、ふと思い起こす。
最近はどうだったか……あぁ、そういや最近では目も合わせて無かったんだっけ。
ふと思い起こして得た新たな気付きと、目の前の落差を感じて……
「はぁ……」
僕はそう一つ溜め息を吐いた。
「おい、これが何か分かるか」
そう遣る瀬無い気分になりながらも、僕は膝を折って少年の目の前で薬瓶を揺らした。
それに少年は戸惑う様子を見せながら、
「……ポーション?」
そう答えた。
「あぁ、もっと言うなら準特級のな。」
見てろ。その肯定した答えにそう付け加えて、僕は右腕を左手で握った。そうして歯を食いしばると……
「ーーーーッ!!!!」
悶絶。
僕はその状態で先程の炎を呼び出した。
それはあのガキを焼いた時より一秒多く、きっかり三秒。
一番見せたい人物が気付くかどうかも知らないが、反省アピールというのはするだけ特だ。それは僕が目の前のガキぐらいのときに学んだ。……いや、あるいは、あのクソガキに何か一つでも負けているという事実が辛抱ならなかったからかもしれないが、まぁ、この際どうだって良い。
未だ痛みから幾重にもブレている景色と感情に八つ当たりに近い感情を覚えながら、僕は焼いた左腕からすぐ零れ落ちない様に、目の前で腕を横にした。
そうして水平にしたその腕にポーションの液体を……ぽとり。
変化は劇的だった。
どうやらあの熱は体の内側までも焼いていたようで、腕の内から新しくなっていく様なむず痒い感覚。
それは直に表面までいきわたり……
ぼとり
そう音を立てて、先ほどまでタトゥーの様に僕の腕を覆っていた生々しい火傷は、かさぶたとして地に落ちた。
「……」
「……」
その様子を見て、物珍しそうに目を輝かせるガキンチョ二人。こんな時でなければ、飽きるまで見せてやりたいんだが……
「これをそいつに使う。分かったら通せ」
そういうと、今度は大人しく道を開けたのだった。
「よし、良い子だ」
その左に除けたガキ共の頭を右手で撫で、僕はクソガキに近づいた。そうして、こっそりと火傷の一部に指を当てて……ぽとり。
雫が火傷に触れたのを確認だけして、僕はその場を後にした。
「おぉー!!!!」
「わぁ……」
その背後で上がる二人の歓声。それだけ聞けたら十分だろう。当の本人が直ぐに目覚めるかどうかは知らないが、もし起きてこちらを認識するようなことが有れば大変だ。なんせ敢えて傷を残したのだ。若干の痛みも残るだろうし、残った傷の形は指型だろうしで、隣で見ていた奴らまでこれに気づけば真っ先にトリ姉にチクりに行くかもしれない。
そう考えたら、一刻も早くこの場を離れることが先決だ。
へっ、わざわざ「この傷を忘れるな」なんて言った手前、そんな傷を簡単に直す訳ねぇだろ、バーカ。
内心、というか実際そうほくそ笑んでいた僕はその笑みを隠すためにうつむきながらトリ姉の元へ戻った。
「お疲れ様」
そんな僕に柔らかな声で語り掛けるトリ姉。
……その声を聞いて今度は申し訳なくなったため、僕はその顔を直視もできずに通り過ぎようとした。が。
「ちゃんと反省してたのね。」
「!?」
その出てきた言葉に弾かれるようにして僕はトリ姉の方を見た。
そこにはニコニコと嬉しそうにしながら自分の腕を左手で握っているトリ姉。
いやいや、まさか気付くとは思ってなかったというかなんというか……
そのあまりの驚きから思わず呆然としていると、
「良い子良い子」
そう言って正面から僕を抱きしめ、頭をなでるトリ姉。
普段なら跳ねのける様なそれも、気づいてくれたことへの驚きで内心喜んでいる僕の脳は、その温かさすらも感動の一部として取り入れようとしていた。
あ、ほら。今にも目から涙が……
「でもね、覚えてる?私、あの子たちの教官になれって言ったのよ?」
その続けられた心無い言葉に、涙どころかつい先ほどまで満ち足りていた感動すら引っ込んだ僕はゆっくりと顔を上げる。
そこにはすっかり忘れていた僕を見て楽しんでいる様子のトリ姉の姿が有ったのだった。
「……はぁ」
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