苛立ちに身を任せ
「……どうしてこうなった。」
目の前に広がった地獄と見まごうほどの火炎を前に、僕は思わずそう呟く。
とはいってみたものの、この炎の原因については明確だった。
というか、わからないという奴なんてこの場に居ないのではないだろうか。
なんせ……
「ハハハハハ!どうだ見たか!これがオレの力だ!ハハハハハ!」
これを起こした当の本人が逃げるでもなく、堂々と、その嵐の中心にいるのだから。
「はぁ……」
その嵐の中で叫び散らす悪ガキのあまりの痛々しさに思わずため息を漏らす。
ホントに……ホントに……
「なんでこんな厄ネタ押し付けてきたんだよ、トリ姉……」
というのも、事は三時間ほど前にさかのぼる。
突然声高らかに宣言したトリ姉の話を聞くところからこの件は始まった。
どうやら、最近孤児院を出たという冒険者志望の子供たちの一人には、生まれつき強大な力を持っていた奴が居たらしく、本来初心者の指導につくべきギルド本部の教官の方が先に音を上げてしまったというのだ。
そうなってしまえば、力を持っただけの子供が増長してしまうと言うのは言うまでもないだろう。だからそうなる前に立ちはだかる壁として俺をぶつけてしまおうというのがトリ姉の話だった。
当然僕としてはそういうめんどくさい話はお断りだったので、第一声に丁重なお断りの言葉を発した……はずだったのだが、あれよあれよという間に何故だか僕が行くことになっていたというのが事のあらましである。
いやぁ、ホント。こういうところが有るからトリ姉は怖いんだ。
……いや、もしかして、僕が押しに弱かったりするだけなのだろうか。
とまぁ、真剣に不安を覚え始めた僕はさておき。
そうして、トリ姉に背中を押されながらギルドに赴けばちょうどその子供たちがおり、僕を倒したらなんでもしてあげると、突然とんでもないことを賜ったトリ姉にきれいに乗せられ、現在、僕と名前も知らない悪ガキはギルド隣の青空訓練場で対峙しているという訳だった。
んで……どうしたもんか。
我ながらけだるげに悪ガキを見遣りつつ、これからどう動くかを考える。
あの悪ガキが使っているのは、恐らく魔術でもなんでもないただの魔力放出だ。
……それにしちゃあ規模も持続時間も長すぎる点については疑問を抱かざるを得ないが……まぁ、なんかからくりが有るんだろう。
とりあえずはまぁ……本人をぶっ飛ばす。
うん、これに限るな。
そう考えつつ、僕は右手を悪ガキに向け、その手のひらに意識を向ける。
その次の瞬間。
「がっ……」
突然何かに強く殴られたように、悪ガキは腹を抑えてうずくまった。
「な、何を……」
そう悔しそうにこちらを睨みつける悪ガキだったが、やってることとしてはその本人とたいして差異はない。
ただ違うのは、魔力放出に指向性を持たせたかどうかと、波長を無属性にしたかどうかだ。
それだけで、無駄な消費も抑えられ、相手に物理的なダメージを与えられる遠距離攻撃の完成だ。
その程度の低さから普段使いする人はなかなか少ないが、個人的には貴重なほぼノーモーションの遠距離攻撃なので、牽制として重宝しているのだった。
まぁ、それを戦闘中にわざわざ教えてやるほど僕は優しくはないのだが。
そんなわけで、続いて二発、三発と悪ガキに弾を撃ち込んでいく。
それはそれぞれ、頭、肩と当たり、大きくその体をのけぞらせた。
その様を淡々と見つめながら僕は前進を始め、再び撃とうと照準を合わせなおした時だった。
「ちょっと待て!」
悪ガキは突然そう声を上げたのだった。
その言葉に僕は足を止める。
ここで素直に降参してくれたらいいんだが……
「ふざけんなよ!」
……まぁ、違うよな。
「なんでオレの知らないことばっかりしてくるんだよ!アンタ大人だろ!大人げないとは思わねぇのか!」
肩で大きく息をしながら指を向けてこちらを糾弾してくるクソガキ。
最早これ以上言葉を聞いてやる義理も無いと思うが……まぁ、良いよ。
さっさと終わらせて、どういうつもりでこの依頼とやらを出したのかトリ姉を問い詰めたかったんだが、どちらにせよさしてかかる時間も変わるまい。
内心そう溜息を吐きながら判断した僕は右手を下し、ゆっくりと走りだした。
それを見てクソガキは嗤う。
「ハッ!バーカ!素手でこの炎相手にどう立ち回るってんだよ!」
そのまま右手を振ったかと思うと、クソガキの周りを包んでいた炎がまるで意思を持つかのようにこちらへ向かってくる。
その横殴りしてくる炎の腕が目の前まで迫ってきたところで、僕は右腕を突き出し、魔力の影響で物理的な質量を得たそれを受け止めた。
「そーだ!そのまま燃え尽きろ!ハハハハハ!」
それに勝ちを確信したのか、再び高笑いを始めるクソガキ。
チッ!なんの策も無く突っ込むわけねぇだろ、馬鹿が!
身の程知らずな奴の発言に、自らの信条を破りかけるほどに苛立ちつつ、僕は掴んでいる炎を一気に吸い取った。
僕の右腕。その先を覆う、品の良い光沢を放つ黒い手袋。
すなわち僕の聖遺物にて。
「は?」
その光景に呆然とつぶやくクソガキ。
自慢の炎がまさか吸い取られるとは考えてもみなかったんだろう。
ただ、どんなにショックだったとしても、その隙は致命的だ。
こんな練習だと、訓練を目的とする人は待ってくれるのかもしれないが、今の僕は教官ではなくただの敵だ。
敵がわざわざ相手に遠慮したりするはずが無いだろう。
それから僕は即座に走りだすと……
「は!?ちょッ!ま!」
奴が正気に戻るより早く、僕の右腕は奴の顔面を正確に打ち抜いた。
「ぐあっ!!」
それにみっともない声を上げて吹き飛ぶクソガキ。
……比べるまでも無いが、やはり奴とは大違いだ。覚悟も。強さも。
そのふとよぎった思考に余計苛立ちを煽られながら、僕はクソガキの元へと向かう。
「う、うぐぅ……」
それまでは鼻を抑え、痛がっていた様子のクソガキだったが、こちらが向かってくるのを視認すると、必死に立ち上がって逃げようとしていた。
いい加減あきらめろよ。
その様子を見て、僕は再び走りだし……
「ぴぎゅ!」
再び奴を殴りつけ、地面へと叩きつける。
それから僕は左手、すなわち白い手袋で奴の右腕を掴み……
「ぎゃあああああああああ!!!!!」
二秒間。
辺りに響く絶叫と、焼け焦げた肉のにおい。
左手の聖遺物から奴が放った炎を返してやった結果だった。
この結果だけでもしばらく増長することは無いだろうが、あんなことを大声で言える様な奴だ。
また調子に乗らないとも考えにくい。
そう考えた僕は白目を剥いた奴の耳元に顔を近づけ、
「この傷を忘れるな」
それだけ言って僕はここの出口に向かって歩き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます