自分の足跡

「……それで?久々に顔を見せてくれたと思ったら帰って最初にすることが先ずやけ酒?」

「頼むからちょっと放っておいてくれ。僕も感傷に浸りたいとき位有るんだよ」


 それからしばらくして。

 かくして家無き子となった僕は、僕の実家とも言えるハリエル孤児院まで足を運んでいた。

 距離は徒歩にして約10分という割と近場ではあったものの、まるで世界が変わってしまったかのような錯覚を覚えながら歩いていた僕は、結果的に30分かけて道中適当に買った酒瓶とともに、その門戸を叩くことになったのだった。

んで、そうして出てきたのが……


「大体アンタは薄情すぎるのよ。毎回お金を置いてくだけ置いてってさ。来たついでに育ての親の顔を見たいとか思わないワケ?」


 突っ伏す僕の隣で熱弁を振るうトリ姉なのだった。

 彼女の言う通り、彼女は僕の……というよりこの孤児院の孤児、その全ての育ての親をしていた女性だった。

 性格としては……なんといえばいいのだろう。

 母親と親友を足して二で割った感じ?

 とにかく距離感を掴みにくい存在であることは間違いない。

 ただその分、本人としても上下関係を大して気にする様子はなく、老若男女問わず超ド近距離で世話を焼いてくれるため、性を自覚するきっかけが彼女だったという孤児も決して少なくはないそうだ。

 あいにく僕とは無縁な話だったが……

 

「もう、だからうるさいってば。結局こうして会いに来たじゃないか。今までのことは忘れておくれよ」


 慣れない酔いの所為か、ついつい懐古したがる脳みそを振り切ってトリ姉に抗議の声を飛ばす。

 だが、まぁそこはトリ姉だ。

 そんな素直に聞き入れる様な人じゃない。


「いーえ、そんな簡単にはいきません。いくら私の可愛い息子でも母親をないがしろにした罪はしっかりお仕置きしないと気が済まないお母さんなのでした。」


 というわけで!突然そう宣言したかと思うと、すでに開けた酒瓶を一気に傾け、ごっごっと喉を鳴らしてラッパ飲みを始めるトリ姉。

 あんまりの唐突さに面食らって、じっとトリ姉を見ていると、半分ほど残っていた酒を全部飲み干したことを示すように、瓶を逆さに向け、荒っぽく袖で口元を拭きとる。

 意外と様になっていたその獰猛な目つきと荒っぽい所作に驚き、何も言えずにいると、トリ姉は目を緩め、僕の隣の席にどっかと腰を下ろすと、こちらの目をじっと見つめながら優しくこういうのだった。


 「ここを出てから何が有ったのかを話すこと。それが私があなたに課す私への贖罪です」


 ……酔いも相まって、なぜだか不意に泣きそうになったのは内緒である。


 そうして僕はこれまで何が有ったのかをトリ姉にすっかり話してしまった。

 ラウルに誘われてギルドに入ったことは勿論。

 楽しかったこと。

 悲しかったこと。

 そして……

 ラウルが突然解散を宣言したこと。

 ルミが家を飛び出してしまったこと。


 そこまで話した頃には、僕の頬はすっかり涙で濡れてしまっていた。

 自分なんて所詮誘われた荷物持ちだとしか思ってなかったのに……僕は、いつの間にか想像以上にあの場所を気に入ってしまっていたようだった。


 そう思い至って、再び涙を流す。

 その間ずっとトリ姉はただただ僕の頭を撫でてくれるだけだった。

 それが今は何より有難い。

 その頭を撫でる小さな暖かさに包まれ、僕は気付けば深い眠りに落ちていた。



「……ん?」


 そうしてふと目が覚めた次の朝。

 見覚えの無い……いや、久しく見た天井に辺りを見渡す。


「ここは……うわっ、懐かしい。」


 目を下ろせば、知っている位置に知っている家具。

 そうだ、ここは……


「懐かしいでしょ、昔のアンタの部屋。今は他の子が使ってんだけどね。昨晩だけは私の部屋で一緒に寝てもらったよ」


 その言葉に目をやれば、扉の縁にもたれ、微笑むトリ姉の姿。

 あ、そうか。昨日は……


「その……ありがとう」


 昨晩の醜態を思い出し、そう呟く様にして吐き出す。

 それを耳敏く拾うと、心底楽しそうに口角を吊り上げ、トリ姉はこういうのだった。


「なんの、顔見れただけでも嬉しかったのにあのシビュラが弱味を見せてくれたんだ。私としては嬉しかったよ。すごくね。」


 そういって僕を照れさせるだけ照れさせたかと思うと、朝御飯だよ。と廊下に戻るトリ姉。

 やっぱり……今も昔も敵わないな。

 その変わらなさに、安心の様な、諦観の様なものを抱きつつ、僕はルミ姉を追いかけて歩き出した。

 そうして僕がルミ姉に追いつくころ、僕らは一つの長い机と、沢山の椅子が並んだ広い部屋に出た。

 そう、食堂である。

 机や椅子も、すっかり買い換えてしまったのか僕の頃とは全くデザインが異なるものの、その新しい物にも、昔同様、沢山の小さな傷だったり、椅子の足が少し欠けてガタガタしていたり。

 そんな子供たちが元気にやんちゃしていることを示すような証拠が数多く刻まれていた。

 まだ時間が早いため子供達は居ない様だが、目を閉じれば、今でも沢山の子供で賑わっている様がいとも容易く想像できる。


「ほら、アンタの朝飯だよ。ゆっくりおあがり。」


 そんな想像をしながら一人穏やかな気分になっていると、突然飛んだトリ姉の言葉に釣られて僕は食卓に目を遣った。

 そこにはポテトサラダに、パン。加えてやや小ぶりではあるものの、立派なステーキが……ってちょっと待て。


「なぁ、トリ姉。気持ちは嬉しいんだがそんなに奮ってくれなくても大丈夫だぞ」


 なぜ僕がこうも申し訳ない気持ちに包まれてるかというと、原因は目の前のステーキにあった。

 と言うのも簡単な話で、只でさえ30人以上を養っているこの孤児院では子供達の食費だけで収入の1/2が消し飛ぶんだそう。

 だからなるべく安く旨くを維持して頑張っていると、ルミ姉はいつも自慢げに話していたのだが……


 そうしてトリ姉を見上げれば、キッチンから両手に僕の物と同じようなサイズのステーキが乗った皿を僕に見せつけるようにして立っていた。

 最初はそんなにたくさん買って大丈夫なのかと不安になったりしたのだが、皿を持ち替え、同じようなステーキを取り出し、いたずらっ子のように笑みを深めるトリ姉を見て僕はトリ姉の言わんとすることに思い至った。


「もしかして……今は皆がこれを?」


 それに頷くと、トリ姉はニッと笑ってこういうのだった。


「そう、アンタのお陰なんだよ。シビュラ。」


 突然そういわれても何が何だかという感じだったので、頭をひねりながら考えていると、トリ姉は僕の正面に座ってすべてを話してくれた。それを聞く限りどうやらこういうことだったらしい。


 僕がまだあのパーティで仕事をしていたころ、僕は収入の殆どをこの孤児院への寄付に回していた。別にたいして趣味も無かった僕がするにしては最適の使い道だったと確信を持っているが、その金でなんとトリ姉は土地を買ったらしい。

 場所は近場の住宅街の一角で、広さにして、ここらの一軒家二つ分程度。家を作るには大きすぎ、畑を作るには小さすぎといった感じで、帯に短しタスキに長しを体現したような土地なのだが、わざわざトリ姉がここを買ったのには理由が有った。

 それが、ここを商人として独り立ちした孤児が新たな商会を立ち上げるということ。

 その一号店を立てる場所として提供するためにこの土地を買ったというのだ。

 いやはやなんとも、思い切りの良さといい、優しさといい、ルミ姉らしいとは思うのだが……

 

「流石に人が良すぎないか?」


 そうあきれ顔でぼやいた僕にチッチと指を振るトリ姉。

 どうやら、ルミ姉はその土地を提供する条件として、いくつかの条件を課したらしい。

 

 一つ。どこかの商人に弟子入りして一人前のハンコを押されてからお店を開くこと。

 二つ。お互いに、経営がまずいときは、無利子で金を貸し付けること。

 三つ。仮にどちらかがつぶれるとしてももう片方を巻き込まないようにすること。

 そして四つ。商会、「ハリエル」は、孤児院に売り上げの5%を納めること。


 最近できたばっかりなので細かいところは後々詰めていく予定だが、数字まで出ている一番確実な四つ目のおかげで、今、この孤児院はそれなりの贅沢ができているらしい。

 5%で贅沢ということはその新しい商会とやらはさぞ儲かっているのだろう。

 そんなところが皆の資金源になってくれるのなら僕としても安心だ。

 だが、とはいっても……とトリ姉。

 

 「毎日ステーキとはいかないんだけどね。それでも……前よりかはずっといいでしょ」

 「うん、それは間違いない」


 お互い過去の貧相なここの食事を想起しつつ苦笑する。

 そうして出来た少しの沈黙の後、トリ姉はゆっくり口を開いた。


「なんか……さ。私、アンタに今までの全てが無駄だったって思って欲しくなくてさ。もう一緒には居られないかもしれないけど、あのころには戻れないかもしれないけど。それでもアンタたちが仕事をする上で作ってきたものってあるんじゃない?アンタがここに寄付し続けてくれたお金で私たちが救われたみたいにさ。これからはそういうものに頼ったりしながら生きていくのはどうかなってお母さん思うんだけど……どう?思い当たることはある?」


 そう自分でも言葉に出して確かめるようにして尋ねて来るトリ姉。

 仕事の上で積み上げてきたもの。そういったものは確かに存在する。

 信頼、実績、仕事仲間。

 僕らのパーティはそう言ったものにはよく縁が有った。

 だが……


 「頼るったって……どうすればいいのさ。」


 そう、自分で言うのもなんだが、僕はあまり他人を助けることはあっても他人に助けられたことは無かった。つまりは他人への頼り方なんて僕は知らないのだ。


 そういうと、トリ姉は呆れたように……

 

「そんなのただ助けてーって泣きつけばいいのよ。そうすればアンタを良く知る人間ならきっと助けてくれる。あ、じゃあ……そうね。」


 そう言うと、何か思いついたようにニッと口角を上げるトリ姉。

 僕の知る限り、こういう顔のトリ姉はろくなことを考えてない気がするんだが……

 その予想に応えるように、腰から一冊の手帳を引き抜いたかと思うと、何やらページをめくりだすトリ姉。


「……トリ姉、それは?」

「んー、ここの子供たちの卒院録。アンタに見せたいのが有るんだけど……ちょーっと、あ!あった!」


 突然そう声を上げたかと思うと、背表紙を叩きつけるようにして僕の目の前に手帳を広げるトリ姉。

 そのまま眺めた手帳には、卒院した年と、名前、何になったか、好きなものは……などなど、ここから出ていった孤児のプロフィールが所狭しと書き尽くしてあった。


「アンタに見て欲しいのは、ここ!」


 そういって、手帳の一点を指さしたトリ姉。

 そこには、卒院した孤児の名前、そして、冒険者になった旨を示す書き込みが三人分されているようだった。


「ほぉ、最近のやつにも冒険者を目指す奴なんていたんだな。僕らの頃は皆危ないって敬遠する奴がほとんどだったのに」

「まぁねー。最近は少しずつ平和になりつつあるからってのもあるんだろうけど……じゃなくて。」


 そうかぶりを振って仕切りなおすと、トリ姉は高らかにこういったのだった。


「私、トリミナス・二コラウトからシビュラウス・アーテルハイトへ、ここ、ハリエル孤児院を代表して依頼いたします。どうか、この子達、『タニファスの夜明けタニファスドーン』の教官になってあげて下さい!!」

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