突然パーティが解散された上に教官の役を押し付けられました
かわくや
瓦解
「……なぁ、このパーティ……解散しないか?」
「は?」
今日の仕事が終わった後のこと。
「話がある」と僕らを居間に呼んだリーダー、ラウルが最初に放った一言がこれだった。
それに思わず呆けたような声を漏らす。
傍から見れば、今の僕はさぞ滑稽な顔をしていることだろう。
だが……正直、こればっかりは誰でもこうなると思う。
なんせ僕らは子供の頃から一緒に組んでいるパーティなのだ。
「将来は、この国一番のパーティになる」なんて、青臭い誓いを立て、汗水たらして努力して。
そこまでして、僕たちは今や三人で暮らすには広すぎるほどの立派な屋敷を買えるまでに安定した地位と、名声を手にした。
それなのに突然のこの一言なのだ。
僕が胸中穏やかではいられなかったというのは言うまでもないだろう。
「な、なんで!確かに最近あまり目立った活躍は無かったけど……まだまだこれからじゃん!」
そう机に手を叩きつけながら声を上げるのは、僕ら三人パーティの中で唯一の後衛にして紅一点のルミだった。
いつもケラケラと声を上げて笑うルミからは想像できない程の剣幕で問いただすその様はその内容も合わせて、決意が決まった様子のラウルをたじろがせるのに十分なほどの説得力を持っていた。
そう、実際ルミの言う通り、僕たちはまさしくこれからなのだ。
前述の通り、僕らには少なからず信用されるほどの実績と、それに見合った実力が有る。
現に、舞い込んでくる依頼は段々と過酷なモノになってはいるが、僕らはしっかりとそれを捌けているのだ。
要するに、このまま順調に行けば、遠からずこの国の頂点も見えてくるということなのだが、もちろん、それを理解していないラウルでは無いだろう。
だったら何故……
そう考えたとき、ふと僕の頭にある一つのシーンがよぎった。
それは少し前の
この国の頂点と名高い『赤熱の燐光』の近くで魔物相手に奮闘していた時だった。
それは突然現れ、辺りの魔物をそれぞれ一刀のもとに切り伏せたかと思うと汗を拭い、ラウルに近づく。
その後、いくつか言葉を交わしたかと思うと、去り際にラウルの肩を叩いて、来た時と同様に一瞬で次の戦場へと消える。
遠目に目に入っただけだったので、流石に会話の内容までは聞こえなかったものの、そんな男が確かに居たのだ。
その時はさして気にも止めなかった……というより、目の前の魔物の対処で忙しかったのでじっくりは見てられなかったのだが、あの特徴的な赤髪と、踊るような剣舞が忘れられずに少し調べてみた所、どうやらその男は
その時は、「そんな大物が助けてくれたのか」程度にしか思えなかったのだが、今思い返せば良く分かる。
あれは………
「なぁ、ラウル。お前、引き抜かれたんだろ、赤熱に。」
「……」
ビンゴだ。
俺の言葉にうつむいて押し黙るラウルを見て、僕はそう判断した。
……当たってここまでうれしくないビンゴもそうそうないだろうが。
「……ねぇ、ホントなの?……」
すっかり押し黙ってしまったラウルから何かを察した様子で……けれど、その事実を拒絶するように引き攣った笑みを張り付け、そう尋ねるルミ。
そんな顔を向けられて、ついに耐えられなくなったのか、ラウルはブルブルと体を震わせると……
「すまん!!!!!」
床を割らんばかりに頭を地面に叩きつけ、ラウルは土下座をしたのだった。
「自分勝手なのはわかってんだ!だけど……だけど!!」
「もういいよ」
言葉にならない謝意を必死に吐き出そうとしているラウルを遮って、僕は淡々とそう告げた。
弾かれる様にして絶望に染まった顔をこちらに向けるラウル。
「そ、そんな……ち、違……」
そこまで口にして、自分の口が反射的に弁明しようとしたことに気づき、ハッと、口をつむぐ。
その潔いともいうべき姿勢は、本来評価に値するモノなのだろうが……そんなものはただ僕の苛立ちを加速させるだけだった。
「なぁ、ラウル。お前ももう気づいてるんだろうが……僕は今、少し怒ってるぞ」
「……あぁ、すまない」
こう言うと、より一層項垂れてしまうラウル。
……コイツ、僕が何に怒ってるのか分かってないな。
「はぁ……」
そう思い至って、思わずため息を一つ。
膝を折り、ラウルの顔に顔を近づけながら僕は言う。
「なぁ、ラウル。よく思い出せよ。そもそもこのパーティを立ち上げたのはお前だろ?」
「……あぁ」
孤児として、教会で暮らしていた僕ら三人は、揃って成人すると同時に教会を飛び出し、職を探すことから始まった。
そんなときに「三人で冒険者にならないか」と声を掛けてきたのが目の前のラウルだったのだ。
ルミはその案に賛成だったらしく、一も二も無く乗っかっていたのだが、残念ながら僕は違った。
僕としては、僕と一緒にゆりかごに入っていた手袋の形をした収納型の
いつ死ぬかもわからない冒険者なんてまっぴらごめんだ。
……そう考えていたのだが、その後の畳みかけるようなラウルとルミの執拗な勧誘に折れてしぶしぶ話に乗ったというのが、僕らのギルド発足のあらすじだった。
だからこそ。だからこそ……だ。
「だったら一番最初に僕たちに説明してくれるぐらいのことはしてくれてもいいんじゃないか?リーダー」
そう言うと同時に、ラウルの顔が驚いた時のものに変わる。
多分、もっと違うことについて責められると思っていたのだろう。
大方……「約束はうそだったのか~」とか、「友情より夢をとるのか~」あたりだと見た。
……無論、そういう気持ちも無いと言ってしまえば嘘になるが……どうせ僕は誘われただけの荷物持ちだ。
あの約束も、僕にとっては二人の夢を叶える手伝いをするという意味合いが強かったので、僕としては友達の夢が叶うのなら、場所がここで無いとしても、何の異論も無いのだった。
実際その予想は正しかったようで……
「……責めないのか?」
そう思わずと言った感じに、ラウルはそんな言葉を溢したのだった。
……抱え込むからこうなるんだ。
その憔悴しきった様子のラウルに心を痛めながらも僕は答える。
「責めないよ。ソレはお前の決めたことだろ?僕が怒ってんのはお前の悪癖の方だ。……直ぐに抱え込みやがって」
「……そうか。」
それだけ言うと、ラウルは身動き一つせず、静かに大粒の涙を溢し始めたのだった。
「もう落ち着いたか?」
涙を拭くようにと、ハンカチを渡しながら僕はそう尋ねる。
ラウルはそれを受け取り、涙を拭くと……
「……あぁ、すまん。みっともないとこ見せた。」
沈痛な面持ちでそう答えたのだった。
はぁ。
ルミも居る手前、安易に気にするな、とは言えないが、流石に気負い過ぎだ。
……そんな訳なので。
「ハッ、今更だろ」
そうおどける様に答えると、少し驚いた様に目を剥いた後、フッと表情を緩め、ラウルはこう言うのだった。
「そうだな。今更だ。」
その返ってきた言葉に僕も頬を緩め、一瞬、今の状況を忘れるような温かい空気に浸っていたのだが、それは直ぐに霧散した。
それは言うまでもなく……
「ねぇ、ラウルが行っちゃうってことは、やっぱりもう三人では居られないの?」
その空気の外に居たルミによって。
その言葉に思わず顔を見合わせる。
そうだな。
いい加減話してもらう頃合いだろう。
「なぁ、ラウル。」
「……あぁ、分かってる」
そう決意してラウルと正面から目を合わせると、ラウルも決意したかのように顔を引き締めながらそう言った。
「シビュラ。お前はもう察してるんだろうが、改めて言わせてもらう。俺はこないだの殲滅依頼中に誘われたんだ。『俺のパーティに入らないか』ってな」
そうして語り始めたのは、例のリーダーに誘われてからの葛藤の日々だった。
当然ながらと言うべきか、最初に声を掛けられた時は「なんだコイツ」位の心持ちだったらしい。
駆け出しならまだしも、僕らはすでに中堅どころ。
いくら相手が今のトップ層とはいえ、いきなり声をかけられて「今のパーティを抜けてこっちに来い」なんて「ふざけんな」という話だ。
加えて、その誘ってきた相手は僕らの足で追い抜こうとしている相手。
そんないずれ追い抜く予定の奴らにそんなことを言われたところで、今更なんの魅力も感じないのだった。
その筈……だったのだが。
どうやらあちら側もなんの策もなしに話しかけてきたわけでは無かったらしい。
というのも、ラウルには毎朝早朝に単独で
具体的に言えば、自己鍛練がてら魔物を倒していると、その横からアドバイスを飛ばしてくる様になったらしい。
最初は煩わしく思い、移動したり攻撃したりしてもついてくるわ、避けられるわで仕方なく無視を決め込んでいたラウルだったのだが、あんまりに鬱陶しいんで少し言うとおりにしてみると、新たな世界が見える程の知見を得た……いや、得てしまったらしい。
それがあんまりに腹立たしかったそうで、ラウルはそのままの勢いでそのアドバイスを寄越してきた男に喧嘩を売ったのだそう。
その結果が……
「……惨敗だよ。勿論俺も全力を出したんだ。一切の出し惜しみもせずな。それでも奴はぜーんぶ往なしてきてさ。あん時は……いやぁ、キツかったな。」
だそうだ。
そう遠くを見るような目で語るラウルの言葉を聞いた僕は少なからず驚いていた。
ラウルの出し惜しみもせずというのは、文字通りの意味だ。
早朝の自己鍛練の時のみ貸している僕の聖遺物の中身から、足元の砂を蹴りあげる様な卑怯な手まで。
その場に有るありとあらゆる環境を利用出来る思考の柔軟さと、ラウルの持つ生来の剣の腕こそがラウルの強みなのだが、その化け物は、悉くを往なし、攻撃する余裕まであったのだという。
……あぁ、なるほど。
認めたくないがこれは……
「俺達はナメてたんだろう」
そう重々しく口を開くラウル。
それは期せずして僕の行き着いた結論と同じ答えだった。
「俺達はパーティの功績で上に登れた気になっていたが、奴らは個人の力を磨くことに重きを置いている。そもそも見てる世界が違ったんだ」
そう悔しそうに、けれど希望を見出だしたとでも言うような声色でラウルはそう語った。
……あぁ、なるほど。
今まであまりにも急な心変わりに催眠や暗示の類いを疑っていたが、これでよく分かった。
「お前が惹かれたのはそこなんだな」
コイツは何か卑怯な手で心変わりしたんじゃない。
ただ自分の夢の果てに行き着く道を見つけただけなんだ。
「……あぁ。」
そう思い至って溢した言葉は、どうやら正しかった様で、ラウルは、再び申し訳なさそうな顔をして俯いてしまったのだった。
それに僕は辺りを見渡す。
「……」
そこには、腫れた目から涙とともに全ての感情が抜け落ちた様に呆然と佇むルミの姿。
「なぁ、ルミ……」
そのあんまりな様子に覚悟を決めて声を掛けるも、返ってきたのは予想を裏切るようなやけに明るい声だった。
「あっ……フフッ。ごめんね!心配させて。私は大丈夫だから!」
そのあからさまな変わりように驚くと同時にきゅっと胸の奥が閉まる。
それはラウルも同じだったようで、何かに怒る様な、恐れる様な顔でじっとルミを見つめていた。
そんなラウルに追い打ちをかけるように、ルミは言葉を続ける。
「でも私……もうわからなくなちゃって……さ。だから……しばらくひとりにして?」
そう精一杯張り付けたであろう儚い笑顔をラウルに向け、ルミは出口に向かって走り去った。
そうして残ったのはルミの飛び出したドアから漏れるわずかな夜の呼気と魔炎の照明が揺れる音だけだった。
「……なぁ、これからどうするんだ?」
その沈黙を嫌ったわけではないが、僕はそう尋ねる。
このままじゃいけないという強い確信が僕を動かしたのだ。
「これから……」
そう呆然と反芻するラウルを見て、ますますその思いを強くする。
非常に面倒なことに、僕はアレの想いを知ってしまっているのだ。
加えて、アレがどういう女であるかも同様に。
なればこそ、今のうちにストッパーを引いてやらねば、この先どう言うオチになるかは目に見えている。
だから……
「逃げるのか?」
僕は怒りとともにその言葉をラウルに叩きつけた。
「逃げる……そうか、そうなるのかもな」
その言葉すら、全てをあきらめたように受け入れるラウルに僕はますます苛立ちを募らせる。
それでも僕は努めて冷静に問い詰めた。
「……なぁ、もう一度聞くぞ。お前はアレをどうするんだ」
「……」
「アレがどういう奴かはお前が一番分かってんだろ?」
「……」
その必死に制御した意識の統制下の下の質問にも、答えは沈黙。
……そうかそうか。お前はそんな奴なんだな。
「ッ……!!」
次の瞬間、テーブルに突いた腕を軸に、僕は遠心力の乗った足をラウルのこめかみに叩き込んだ。
その勢いで、ソファを巻き込んで横に倒れこむラウル。
痛みによるうめき声すらも最小限に、突然蹴られたことに対する抗議の声さえ口にしない。
これだ。僕はお前のそういうところだけは好きになれなかった。
「なぁ、あんまり失望させてくれるなよ、親友。」
先に手を出してしまった以上今更意味は無いだろうが、僕は荒い息を押し殺し、努めて冷静に。テーブルの上から淡々とそう語り掛ける。
「お前が、夢に続く道を見つけただけならまだいいさ。僕も祝ってやる。だけどな……自分でまきこんだ奴放りだして逃げてんじゃねぇよ。逃げるなら逃げるで通すべき義理ってもんがあるだろ」
その言葉にのそりと体を起こすラウル。
そのまま立ち上がったかと思うと、ラウルはテーブルの脇を通り……
「……悪かったよ、親友。行ってくる。それと……今までありがとな、色々と。」
そう呟くように言って、ラウルはゆっくりと駆け出し、夜の闇へと消えていった。
「……はぁ。」
それを見届けてから、僕はテーブルの上で仰向けに倒れこんだ。
当然、頭をしたたかに打ち付けたが、その痛みすらも今は気にならない。
「ホントに……失望させないでくれよ」
誰に言うまでもなく、そう呟いてから、僕はむくりと起き上がり、辺りに僕の聖遺物の中身をぶちまけ始めた。
手元に残すのは僕がもともと持っている硬貨と道具。加えて僕の武器だけ。
残りは二人で分けるなり、好きにしてくれ。
それが終わると、僕はそのぶちまけた中身を整理し、そのまま出口へと向かった。
そのままドアを押そうそして……ふとためらった。
そのためらいの元を聖遺物から取り出す。
そうして出てきたのは使い込まれた木のグリップに、何度も刃を取り換えてきた短いナイフ。
僕がこのギルドに入ることの対価として幼いラウルが提示してきたメリットの一つだった。
結果として、心底これを気に入ってしまったのだから、奴の提示した条件にしてはまともだったんだろうが……こんなものにつられて入るなんて何を考えてたんだ。昔の僕は。
そう口元を緩めながら懐古する僕だったが、直にそれをもてあそぶようにポンポンと投げる。
昔はおっかなびっくりだったが、今や慣れたものだ。
そうしてしばらく遊んでいたのだが、直に満足すると、僕は室内に向けて腕を構え……
「今までありがとな」
ッタン!
そんな乾いた音を立て、さっきまで僕らが対面していたテーブルの中心にそのナイフは直立した。
それにどこかスッキリしたような、逆に鉛を飲み込んだ様な重さを抱え、僕は僕らの家を後にしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます