無意識

 それからしばらくして。

 かくして家なき子となった僕はどこをどう通ったのかも分からないまま、

 

「……」

 

 気づけば魔窟の中に居た。

 地形から察するにギルド管理下の簡単な部類の魔窟ではあるようだが……


 「はぁ」


 ふと見下ろせば、手袋の形をした黒と白の聖遺物が真っ赤な血で汚れていた。

 どうやらこの階層までの魔物を全て殴り殺して進んできたらしい。


「こういうのも、久々だなぁ。」


 自分の後ろに並ぶ魔物の死体を眺めながら一人ごちにそう呟く。

 僕らがまだ駆け出しのころは、あまりに厳しい師匠への八つ当たりと修行のため訓練の後にこうしてこの場所で訓練潜行縛りプレイをしたものだ。

 そのおかげか今じゃ無意識でも余裕である。


 「……とはいってもどうしたもんか。」


 ふと伸ばしていた鼻をひっこめて思わずつぶやく。

 そう、無意識で来たから当然なのだが、今回僕は何の用意もしてこなかったのだ。

 普段なら腐る程聖遺物に眠っている帰還糸ですら今はギルドハウスの中。

 あんな解散でもせめて後を引くようなことが無い様に全てを置いてきたのは良かったが、こうなるくらいなら少しは手元に残しておけば良かったのかもしれない。


 そう後悔しなくも無かったが……うん。まぁ、あの判断が間違えていたとも思えないし、まさかこの程度の魔窟で死ぬようなことも無いだろう。

 せめて今後のことでも考えながらまったり帰るとしようか。


 そんなことを考えていた矢先だった。


「たすけてくれぇーーーーーーーーーー!!!!」


 突然辺りにそんな絶叫が響いた。

 声から察するに……男児のものだろうか。

 こんな時間帯に子供を魔窟に入れるほどギルドの規制も緩くない。だったらなぜ……などと思わなくも無かったが、


「……取り敢えず急ぐか。」


 そう切り替えながら、僕は魔窟内を走り始めた。


 

 ……居ない、居ない、居ない、居ない。


 次々と現れる十字路。その左右を素早く確認しながら辺りを駆けていく。

 確かに帰還糸すらないが、他より多少の土地勘があることは確かなのだ。

 辺りで反響を繰り返している音は頼りにならないが、どこかに異変でもあれば直ぐにでも……


「ッ!ビンゴ!」


 ズザァッ、と。

 ついつい惰性でスルーしそうになった通路を何とか引き返す。

 その先には、わずかではあるが血痕が残っていたのだ。

 それも不自然にぽつぽつと。

 魔物なんかはこんな垂れる血を隠す様なマネはしない筈だ。だったら……


 「……居た」


 足音を消しながら血を辿り、十字路から右を覗くように伺うと、そこには三人の子供。

 そして、


 その子供の足を踏んづけ、脅すように顔を近づけている見るからに怪しい男達が居た。

 幸いその数は五人と少ないが……一体どういう状況だ?

 手出ししても問題は……


「だからさ、俺たちはそのペンダントが欲しい訳。それさえくれたら君たちには何もしないって……言ってるんだけどなぁ」

「で、でもそれはお、お母さんのだから!」


 ……あぁ、無駄な時間を過ごした。

 そんな会話を聞いて僕は地を蹴った。

 


              壁を蹴って、

 地を蹴って、             ……衝突。

       壁を蹴って、


 

 ぐちゅり。


 そう音を立て、聖遺物から取り出した投げナイフを子供に足をのせていた男の頭にねじ込む。

 

 死んだな。

 骨と臓器を抉る感触からそう判断すると同時に、右手の黒で体に触れ、その死体を聖遺物の中に取り込んだ。

 

「な、なんだお前!」


 その一連の動作を終えた所で、ようやく周りの男たちはそう声を上げ始めたのだが……


「対応が遅い、無防備過ぎる。向いてないんじゃないか?冒険者。」


 そう語りかけながら、僕は肉から引き抜いた真っ赤なナイフを声を上げた男の眉間に投げつけた。


 ドチャ


 そんな一投で、男はあっけなく正面に倒れた。

 他の連中はこの様子にしばらくあっけを取られていたようだが、


 「おい!怯むな!相手は一人だぞ!」


 一番奥に居た男がそう声を上げると、残った二人はハッとしたように顔を上げた。

 どうやらあの奥に居る野郎がリーダーらしい。

 そう判断し、僕は後方に向けて丸い石を投げ込んだ。それにリーダーは顔を防ぐが、もとより当てるつもりなどない。

 それは男から逸れ、ただ地に落ちる。

 そして、


 ぼぉっ


 そう音を立て、男たちの背後をあっという間に炎で包み込んだ。

 

 これはルミが仕込んでくれた魔道具。

 火を付けるのにも明かり代わりにも……相手の退路を断つのにも使った便利な道具だ。

 使い捨てな上にもはや供給は無いだろうが、渋って犯罪者を逃がすほうがアホだろう。

 

 そう考えながら僕は逃げ場がないことを示す様に手を招くように動かした。

 これ以上ないほどの分かり易い挑発だ。

 まっとうな奴ならこれに掛かることは先ず無いだろうが、


「クソッ!もうどうにでも……」

「バッ!……このクソッ!」


 馬鹿が一人掛かり、もう一人は馬鹿を連れ戻すより二人掛かりの方がまだ良いと考えたようだ。

 後ろの奴は少し頭を使ったようだが、やはり甘い。

 敵を招くのに罠の一つも無い訳がないだろう。

 そう呆れながら僕は奴らに向けて左の白を向け、


 最初に取り込んだ男の死体を取り出した。


「なっ!」

「ぐぉっ」


 その死体は二人を覆う形となって重力に従う。

 一瞬は堪えたようだが、いくら二人掛かりとはいえ人の死体とは相応に重い。

 なんの用意も出来ていなかったということも有ってか、二人はあっけなく死体にのしかかられてしまった。

 僕はそんな男たちの頭に投げナイフを落とし、刺さると同時に上から踏みつぶす。

 男たちの頭は悲鳴を上げることも無く弾けた。

 さて、


「ヒ、ヒィ!」


 残りは1だ。


「……何か遺言は」


 戦意はなさそうだったその男に、僕は左腕のナイフを構えたままそう尋ねる。

 それに男は一つ息を吸ってフッと笑うと、


「くたばりやがれ。」


 そう言ったのだった。


「……」


 その言葉を聞いて、僕はナイフを構えた左手を……


「なっ!」


 それに驚いたのは男の方だ。

 なんせ、男はナイフが眉間に飛んで来る事を想定してか、首をずらしていたのだ。

 決着をつけるつもりになって居る僕の裏をかいてあわよくばを狙ったのだろうが、やはり甘い。


「残念だったな。これで楽には死ねなくなった。」


 そう呟きながら僕は奴の腹目がけてナイフを投げる。


「ぐぅぅぅぅぅ!!」


 その痛みに男は唸るような悲鳴を上げた。

 だが、これで終わりではない。

 次は足、腕、と着実に動く部位を減らし……


「……」


 今僕の目の前に居るのはボロボロと血と涙を流すいっそ哀れな男。

 それに向け、


 とすっ


 僕は眉間にナイフを投げつけた。

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突然パーティが解散された上に教官の役を押し付けられました かわくや @kawakuya

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