第一話 Alice
「自動運転」がレベル5に達してから何年経っただろうか。無人タクシーの微かな振動を感じながら、そんなことが頭をよぎった。
2045年、天才科学者が「Autonomous Learning and Integrated Cognitive Entity」、通称Aliceを開発して以来、世の中は目覚ましい発展を遂げた。今や、どんなテクノロジーにもAliceが組み込まれていて、Alice無しでは社会が成り立たないほどだ。
今、俺が乗っているこのタクシーもその一例だ。車両、通行人のデバイス、衛星…すべてがAliceによって一括管理され、制御されている。もし事故が起きそうになったら、事前に停車するよう設計されているらしい。
街中に配置された監視カメラや、都市の上空を飛行する大型ドローンが地上をリアルタイムで監視しているおかげで、火事や犯罪にも迅速に対応できるようになり、死傷者数や犯罪件数も大幅に減少したと聞く。
世界を見渡せば、人口は90億人を超え、食糧問題や水不足、環境問題が深刻化している。だけど、Aliceは人類には到底理解できないハイテクノロジーを自ら開発し、次々と解決策を提示してきた。
たとえば、超効率的な遺伝子組み換え農業技術、海水を淡水に変える革新技術、環境データのリアルタイム監視と予測、再生可能エネルギーの革命、廃棄物の高度なリサイクル技術。どれもAliceがなければ不可能だっただろう。
Aliceはまさに人類の「救世主」といっても過言じゃない。資源を奪い合い、自滅の道を辿ろうとしていた人類を、たった一つの人工知能が支えている。このタクシーの窓から見える都市の風景も、Aliceがいるからこそ成り立っているんだ。
まるで、あの某猫型ロボットが出てくる漫画の世界観みたいだな。俺はそう呟きながら、手首のデバイスで時刻を確認する。
――PM 23:54
そろそろ日付が変わる。車内には微かなモーター音だけが響いていて、まるで子守唄みたいに心地よい。少しずつ睡魔が襲ってくる。
タクシーを拾ってからどれくらい経っただろうか。自宅まではそんなに遠くないはずだが、やけに時間がかかっている気がする。
――瞼が重い。連日の調査であちこち歩き回ったせいで、身体が限界を迎えている様だ。
Aliceが社会を監視することで犯罪は減ったが、完全になくなったわけじゃない。行方不明者の数も目覚ましい勢いで減っているが、ゼロではない。事件性があれば警察も動いてくれるが、未だに民事不介入と判断されると捜索してくれないケースも少なくないようだ。
まあ、そういう案件があるおかげで、俺たちみたいな探偵にも仕事が回ってくるんだけどな。そんなことを考えながら、今回の依頼を思い返す。
今回の依頼は富裕層の家庭からだった。娘が行方不明になったから探してほしい、と憔悴しきった父親から依頼を受けた。警察にも相談したらしいが、反抗期で元から素行が悪く、何度か補導されたこともある問題児だったため、まともに取り合ってもらえなかったそうだ。
結局、仲違いからの家出だと早々に断定され、ろくに捜索もしてもらえなかったらしい。確かに、最初に話を聞いたときは、俺もただの家出じゃないか、ちょろい仕事だと高を括っていた。
"あの噂"を相棒から聞くまでは…。
先進技術で怪奇現象を解決する話 色 しおり @kohinata_Chinatu
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