先進技術で怪奇現象を解決する話
色 しおり
無人幽霊タクシーの話
プロローグ 失踪
最近、家にいるのが息苦しくてたまらない。私の父親は一流大学を卒業して銀行の役員まで登りつめた所謂エリートだ。そんな父親の期待に応えられなかった私は20歳になるこれまで何度となく彼から嫌味を言われ続けてきた。
「お前は努力が足りなかったんだ。期待するだけ無駄だ」
顔を合わせるたびに聞かされるその言葉が耳にこびりつき、心に突き刺さる。
高校時代、私は死に物狂いで勉強した。友人と遊びに行きたいのを我慢し、夜遅くまで机に向かい父親の期待に応えようとした。だが結果は、父親が望んだ第一志望の大学に落ち、結局は妥協した第二志望に進学することになった。それ以来、父親はことあるごとに私を責めるようになり、家の中は冷たい空気に包まれている。
母親は私を庇ってくれるが、それはどこか形だけのものに感じられた。甘い母は、私が夜遊びに出かけるたびに口では心配しているようなことを言いながらも、結局はお金を渡してくるだけで無関心だった。そんな母に対しても、私は心のどこかで苛立ちを感じていた。家にいても居心地が悪くなるばかりで、次第に夜な夜な街に出るようになった。
大学では、自分と同じように家庭に問題を抱えた連中とつるむようになった。彼らの親も金持ちではあるため、親からの援助で授業もバイトもせず遊び回っていた。
私もいつの間にかその中に溶け込んでいった。彼らと過ごしていると、嫌なことを忘れられる気がした。深夜まで遊んで騒いで、家に帰るのはいつも明け方近く。今日もまた、そんな夜の始まりだった。
時計が深夜を指し、私は一人で家を出た。今夜も、いつもの仲間たちが待つ溜まり場へ向かうつもりだった。夜の街は静まり返り、薄暗い街灯が頼りなげに道を照らしている。歩きながらスマホを弄っていると、前方からタクシーが近づいてくるのが見えた。
「丁度いいや…」
私は手を挙げてそのタクシーを停める。車が止まり、近づいてみると確かに空車の表示が見えた。何も気にせず、後部座席に滑り込む。
口頭で行き先を告げると、ドアが自動で閉まり、"無人タクシー"が静かに動き出した。
微かな振動を感じながら私はぼーっと車窓から外を眺めてため息を吐く。今日も素行の悪さを父から注意され言い争いになり半ば逃げるように家を飛び出してきた。
いつからだろうか、両親の期待が重荷に感じる様になったのは。昔は習い事で賞をとる度に褒めてもらえることが嬉しかった。両親と食卓を囲い、頑張ったことを得意げに話していたあの頃はこんな事になるとは微塵も思っていなかった。
「私が何したって言うのよ…」
そんな悪態をつくも静かな車内に吸い込まれて消えてしまう。
このままどこか遠い所にいけたら幸せになれるのかな、無意識にそうこぼしていた私はある違和感を覚えた。
前方には、誰もいないはずの運転席に人影が見えたのだ。私がタクシーに乗った際は確かに"無人"であった。仮に見落としていたとしても公共交通機関は『Alice』が管理しており完全自動化されているため運転する必要などないのだ。
……不審者?とういうか隠れてたの?なんで?
一瞬にして背筋に冷たいものが走り、思考を掻き乱された私は咄嗟に端末を広げる。
震える手で目の前に広げた空中ディスプレイから警察に通話をかけようとした時、私はもう一つの違和感を感じた。
なんで手があがらな…
視界が異常な速さでぼやけていき、私はこれが睡魔であることにやっと気づいた。まぶたが重くなり、意識はどんどん遠のいていく。
不審者がいる非常自体で焦る気持ちとは裏腹に思考が纏まらならず、私の意識は闇の中に引き込まれていく。
ぼんやりと消えいく意識の中で私が最後に眼にした光景はその人影がゆっくりと振り返ろうとしている姿だった。
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