先進技術で怪奇現象を解決する話
色 しおり
無人幽霊タクシーの話
プロローグ 失踪
最近、家にいるのが息苦しくてたまらない。私の父親は一流大学を卒業して銀行の役員まで登りつめた所謂エリートだ。そんな父親の期待に応えられなかった私は大学に入ってから何度となく彼から嫌味を言われるようになった。
「お前は本当に努力が足りなかったんだ。だから第一志望に落ちたんだ」
顔を合わせるたびに聞かされるその言葉が耳にこびりつき、心に突き刺さる。
高校時代、私は死に物狂いで勉強した。友人と遊びに行きたいのを我慢し、夜遅くまで机に向かい父親の期待に応えようとした。だが結果は、父親が望んだ第一志望の大学に落ち、結局は妥協した第二志望に進学することになった。それ以来、父親はことあるごとに私を責めるようになり、家の中は冷たい空気に包まれている。
母親は私を庇ってくれるが、それはどこか形だけのものに感じられた。甘い母は、私が夜遊びに出かけるたびに口では心配しているようなことを言いながらも、結局はお金を渡してくるだけで無関心だった。そんな母に対しても、私は心のどこかで苛立ちを感じていた。家にいても居心地が悪くなるばかりで、次第に夜な夜な街に出るようになった。
大学では、自分と同じように家庭に問題を抱えた連中とつるむようになった。彼らの親も金持ちではあるため、親からの援助で授業もバイトもせず遊び回っていた。
私もいつの間にかその中に溶け込んでいった。彼らと過ごしていると、嫌なことを忘れられる気がした。深夜まで遊んで騒いで、家に帰るのはいつも明け方近く。今日もまた、そんな夜の始まりだった。
時計が深夜を指し、私は一人で家を出た。今夜も、いつもの仲間たちが待つ溜まり場へ向かうつもりだった。夜の街は静まり返り、薄暗い街灯が頼りなげに道を照らしている。歩きながらスマホを弄っていると、前方からタクシーが近づいてくるのが見えた。
「丁度いいや…」
私は手を挙げてそのタクシーを停める。車が止まり、近づいてみると確かに空車の表示が見えた。何も気にせず、後部座席に滑り込む。
しかし、ドアが閉まり車が動き出すと、私はすぐに違和感に気づいた。前方には、誰もいないはずの運転席に人影が見えたのだ。
「……運転手がいる?」
なぜ運転手がいるのだろうか?一瞬、背筋に冷たいものが走る。都市部では、Aliceが完全自動化した無人タクシーが走っており、有人タクシーはほとんど見かけることがない。田舎の方ではまだ有人タクシーが走っていると聞いたことがあるが、ここは都市部だ。
運転手は私の気配に気づいたのか、ミラー越しで気さくに話しかけてきた。
「お嬢さん、こんばんは。有人タクシーは珍しいかい?お嬢さんは運が良いよ」
私が訝しそうな顔をしてたのだろう、運転手はにこやかに笑いながら話を続けた。
「実は、田舎からこっちまで長距離の客を運んできた帰りなんだよ。それで、どうせならと安く乗せてあげようと思ってね。無人タクシーと違って、僕が運転する方が安上がりなんだよ。《Alice》と違って事故を起こすリスクがあるってのがその理由だけどさ、酷い話だよね」
その説明に、私は少しほっとした。まあ、別にどうでもいいか。タクシーが動いているのなら、それでいい。今はただ早く溜まり場に着いて、嫌な気分を忘れたい。
「……何でもいいから、早くして」
私は無愛想にそう告げ、スマホを取り出してメッセージを打ち始めた。運転手は気を悪くすることなく、再び前を向いてタクシーを走らせた。
タクシーの心地良い振動を感じたせいか急に眠気が襲ってきた。まぶたが重くなり、スマホを握る手も力が入らなくなる。いつも通りお昼まで寝ていたため不思議に思いつつ眠気に抗おうとするが、意識はどんどん遠のいていく。
あれ、おかしいな。スマホが手から滑り落ちてしまい拾おうとするが動きが鈍い。
考えが纏まらならず、私の意識は闇の中に引き込まれていく。
「お嬢さん、君は本当に運が良いね」
ぼんやりとした意識の中で、運転手の声が耳に入った。彼の声はまるで子守唄のように心地よく、私はそのまま深い眠りに引きずり込まれていった。
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