第5話
魔人殺しは人殺し。
石喰らいは人殺し。
石を喰われて人でなし。
ああ、灰よ。灰が欲しい。
灰よ。我を、我らを連れていっておくれ。
――町の少女は楽しそうに歌った。
▼
「じゃあ、今度こそ本題の魔術をやりましょう!」
わーぱちぱち。
俺は先生のやる気に拍手を送る。
気分を良くした先生は心なしか弾んだ声で解説を始めた。
「魔術は無駄が多いです。目の前にいつでも頼めばすぐ料理が出てくるような人がいたとします。そんな人が自分で食べるために育てて料理しようなんて風変わりな人はそうそういないでしょう?」
「まあそりゃあ手間がかかるから」
「そうですね。でもそのルール外れのやり方が魔術なんです」
なんとなくわかるようなわからないような。
「無駄が多いって事は魔力も沢山いるってことですよね?」
「はい。それにお金が一切掛からないので魔力消費を対価で抑えれませんよ。つまり自身の力だけでどうにかしなきゃいけないデメリットが魔術にはあります」
でも、と先生は言う。
「だからこそわたしはブラム君が魔法を使う為に必要な技術を手に入れるための足掛かりになると思うんですよ」
「でもそれも魔法と変わらないと思うんですが。どちらにしろ魔術を使ったらイキ死ぬじゃないですか!」
行きつく先は魔力垂れ流しでみっともなくイキ死ぬ俺だ。
俺が今この場で魔力を体の隅から隅まで放てばそれだけで感度3000倍どころの騒ぎじゃない。
「別に魔力を流したり放ってもそれ自体が死に繋がるわけじゃないですよ?」
――違うの?
驚き過ぎて口から出た言葉に先生はクスクスと笑って肯定した。
「引き金となるトリガーに引っかからなければ問題ないです」
「それって存外に無理って言ってるんじゃ……」
「ふふん。その為にこれを持ってきました!」
掲げられた薄い冊子は年季が入っているようでボロボロだった。
先生の使う物は大概使い古されているのは悲しいかな懐事情であると思っていた。案外骨董品の類が好きなのか?
擦れて薄くなっている先生の魔導服に目を向ける度にそう思う。
「これはむかーし偉大な魔術師が記したとされる魔術書の一部、らしいです!」
「一部?」
「それがどういう訳か破られていて序章辺りまでしかないって言われまして」
「先生、それどこで手に入れたんですか」
「骨董市場ですよ」
先生それ絶対騙されてるって。
だがそんな事を口にできるほど俺は彼女の善意を無下に出来るわけがない。
「それって他の患者さんも試したり?」
先生は俺の言葉にあははと笑った。
「そんなわけないじゃないですか。どうにかできる範囲ならこうやって」
先生はおもむろに自分の手と俺の手を重ねた。
「魔力を流し反発させて少しづつ、ゆっくりと、押し流す方法を模索する。それだけのことなんですけど。血筋が似ていると魔力の質も似るので反発させにくいんです。だから医師に相談してくるケースが多いんですよ」
それでも少数で。
そして俺はその少数の中でもさらに、いや該当しない、例をみないケースだ。
「まあブラム君の場合は反発以前に押し返されてわたしが重度の魔力酔いでぽっくり逝ってしまうかもしれないですけど」
だから医師の資格のない者が身勝手に魔力を相手に流すのは重罪ですよと先生は言う。
「じゃあ、どんな魔術なのか手本を見せますね」
さっきと同じように先生は魔石を懐から取り出して握る。
もう片方の手には魔術書があり、先生は一節を詠む。
詠唱が始まる。
――今宵、星が舞い
――風は、詠う
――我が律する楔が契約
――力の代償を求め、宣とせよ
「故にわたしは『想起』する」
掌の中の魔石が指の間をすり抜けて溶けだした液体みたいにボタボタと落ちてる。
地面に垂れて、膨らんだ大きな粘体がブルブルと震えた。
それは時計の砂が両手分も昇らない内で四散し、灰になって空へと消えた。
「あの気持ち悪いのスライムですか。よく出来てますね!」
「……兎です」
「うん?」
ジッと先生を見れば、プイッと顔を背けられた。
形容し難い名前を付けるにはおこがましいあれが兎……だと?
先生の美的センスは壊滅的だった。
「仕方ないじゃないですか! 魔法には枠組みがありますけど、魔術は全て一からの生成ですよ! 丸く出来ただけでも凄いんです! それにまだ途中までしか出来ていなかったんですよ。言い訳じゃないったらないんです!」
魔力はからっきしだが技術自体はある方だとあの先生が胸を張るのは意外だ。
「観察してましたけど魔力が足りなくて……って感じじゃないみたいですね」
先生はそこまで疲れていないようだ。それこそ魔力を回復してそこまで経っていないのに息切れしていないのだから消費自体は軽微だったのだろう。
「魔法を扱った者は漏れなく拒絶されます。これでも長く続いたほうです」
魔術を発動まで持っていけたら消費量はその範疇じゃないですけどと先生は言った。
「魔法もそんな感じなんですか?」
「魔法はもっと楽ですよ。それこそ万能性を一時的に借りる気分ですよ――この万能感がブラム君を殺す要因なんですけど。詳しい話はまた今度にしましょう。魔術は魔法みたいに世界と繋がる感覚がないので問題ないと断言します」
イキ死ぬ要因。
昔、親戚が家にやって来た時に言っていた言葉をふと思い出した。
「ブラム! 知識の抱擁はとても暖かいのよ!」そう口にしていたような気がする。
なんとなく流した言葉は今になって俺の記憶から引き出されてきた。
「先生は初めてイク時、何考えてました?」そんな言葉が出かかって止める。なぜだか聞きたくなかった。
「じゃあはい。これ持ってください」
俺が無言だったからか先生はやるきを出したと勘違いしたらしく、俺の握っていた手を開いて魔石を置く。片手には魔術書を持たされた。
えーなになに、■■■■■■■を受容れよ。
その一文の後には先ほど先生が詠んだ祝詞が書かれている。他のページは読めないほどに痛んでいた。
先生の騙されやすさとは裏腹に魔術具の真贋はあるのかもしれないと素直に思い、俺は祝詞を口にする。
「――故に俺は『想起』する」
冷えた体を温めた時に血流の動きがわかるように、今俺の体では魔力の流れが力強くなって知覚できる。
拳の中の魔石の感触はもうない。びちゃりと地面に吸い込まれるように滴り落ちていくソレを俺は少しづつ集めようと考えた。
と、まあ早々上手く出来るはずもなく俺の構築はずっと行えるもののそれ以上の進展がない。くっつこうとするだけだ。
先生は魔力を流している間はずっと維持されると言っていた。その意味通り供給し続ける感覚はある。ただそれだけ。
実際魔力を使用したのは一歩前進なんじゃないかと思っている。先生も少しほっとしているようだし。
町の方からギルドの鐘が二度鳴った。昼の合図だ。
俺と先生は昼食を食べるために切り上げる。
「今日は街で食べませんか?」
俺は少しでも仲良くなるために出掛けることにした。
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