第4話

 大いなる道筋として存在する女神様の作った物語は、確定された予言は、絶対のもと辿る魔法である。


 灰の始まり以降途切れ途切れに存在する概念で取り込んだ生物物体は神の舞台に強制的に載せられることになるだろう。


 運命転輪の鱗を持つ者は灰の始まりに予言を食い荒らし舞台を壊したことで隔離世に葬られたのだ。 


 ――竜燐書の一文から抜粋。


 ▼


 眠い目を擦りながら欠伸を噛みしめて俺は昨夜の事を思い出す。

 やっぱ人と話すのって緊張するな。

 こんな事ならもう少し会話の練習をしておくべきだった。


(先生の事、俺は何にも知らなかったな)


 昨日会ったばかりの先生。

 名前も知らない先生。


「おはようございます先生」

「……ほぇ」


 先生は低血圧気味なのかもしれない。俺より眠ったはずなのに薄目を開いてぼーっと呆けている。

 口端に入った銀の髪を払いのけることなく部屋を見渡して。

 ぐっと瞼が急に大きく開いた。


「な、な、ななん」

「ななん?」

「なんでいるんですか!?」

「それは俺の家だからだとしか言えないですけど」

「そうでした!」


 あわあわとし始めた先生を横目に俺は朝食の準備のために部屋を出ようとする。


「あの。ブラム君」

「なんですか?」


 先生は大きく伸びをして、それから俺に朝を告げた。



「おはよう!」


 

***


 先生と朝食を一緒しながら俺はこれからの事を決めた。

 先生は頑固な人だから大金を持たせようとしても嫌がる。


 昨日今日あっただけの人に正当な対価だと急に借金返済額全部とか言われても困惑するのかもしれないけれど、俺からすれば真っ当な金だと思うが先生は快く思っていないのが透けて見えた。


 彼女の中の自己肯定感の低さも相まって余計こじらせているようだった。

 先生が初めて泣いたのは借金から解放されることのソレではなかった。自分を認めてくれることの嬉しさを感じたのがわかった。


 ならもう少し好感度を稼いで親密になれば俺の言葉にもっと耳を傾けてくれるかもしれない。


 期日は今日を含めて残り5日間だ。俺はどうにか先生と仲良くなるためにアプローチを仕掛けることにする。どうせ契約しているのだ。期間までは泳がせてくれるだろう。


「先生は今日どうされますか?」

「勿論決まってます」


 間髪入れずに先生は俺の体に指を指す。


「今日はしっかりとブラム君の身体状況について説明しますからね」


 ついでに魔法知識の把握テストも行いたいようだった。


「東では善は急げって言葉もあるくらいですから。さっそくやっていきましょうね!」


 先生に引きずられるように俺は屋敷裏の広場にやって来た。

 雑草一つ生えていないその一帯に俺と先生は向かい合って立っている。


「ブラム君、質問です。魔術師の本懐を知っていますか?」

「魔法を使うことなんじゃないですか。それこそ凄い魔法を」

「そうですね。でも大昔、それこそ御伽噺に出てくる魔術師達は魔法なんて使えなかったんですよ?」

「じゃあ何を使っていたんですか」

「ふふん、魔術ですよ。それを今日実践しようと思いました!」


 先生は得意げだ。

 何故だか得意げだ。


「古き魔術師達は『魔法』を使用するために魔術の研鑽を行ってきました。世界の楔が途切れた今、私達は魔法を主体として使ってきて久しいので魔術は現代にあまり残ってないのがショックです」


 懐から取り出したのは見知った物だった。


「ただの魔石ですよね」

「はい! それも最低ランクの質ですよ」


 でもそれで良いんです、と先生はぎゅっと魔石を握り込んだ。


「魔石の使い道はギルドで換金が妥当なんですけど、その他にもあります。例えばわたし達魔術師なら――召喚サモン!」


 魔法陣が先生の前方に現れる。大仰にもその紋様から這い出てきたのは可愛らしい小型犬程の大きさの兎だった。


「えッ!?――はぁ……はぁ。これが……はひぃ、ですよ」


 息切れ気味に先生はもう疲労困憊と言わんばかりで、そのままぺたりと座り込んでしまった。

 俺が思っていた以上に深刻な魔力量なのか……?

 この魔法がどの程度のものなのか比較できないんだが。


 兎は疲労困憊な先生の周りを元気に走り回っている。

 あ、先生を押し倒した。

 のそのそと身じろぎする先生の上に乗っかって寛ぎ始めた。


「ふぎゃあ!? おも、い……たすけ」


 今の先生には致命傷すぎる。

 虫の息で助けを呼ぶ先生を助けることにした。






「――ということで、魔法を使用して呼び出す際はこうする訳ですよ」


 先生は少し頬を紅潮させて俺に説明し始める。

 兎は広場で勝手に寛いでいる。それを見ないことにし始めた先生はポーションを呷って今回俺に教えるべき本題に入った。


魔法サモンで呼び出した魔獣は、ああなります。憶えていてください」

「ああ、さっきみたいに」

「さっきのは忘れてください!」


 どっちだよ。

 先生は恥ずかしさを紛らわす為に咳ばらいをして、一指し指を立てた。


「まず、基本的に独立して行動することが出来ます。関係は契約魔獣とほぼ変わらないですね。魔獣にとって肉体の再構成をされた程度の感覚でしかないですから」


 先生はまた指を追加する。


「一度呼び出した魔獣は返還するか、再生不可能な欠損や魔石を破壊されない限りは最初に使用した魔力だけで肉体を維持し続けることが出来ます」

「へえ、便利ですね」

「その分、硬貨の消費量が多いのが傷なんですけど。わたしは手持ちがあまりないので魔力で補ったからああなったんですよ? そうじゃなかったら断じてあんな醜態晒すつもりなんてなかったんです!」

「……はい」

「あー! なんですか、その信じてなさそうな返事は!」



 先生の説教は随分と長引きそうだ。

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