第2話

 俺の家はそれなりにデカい。古い屋敷だが適度に補修を繰り返しているので使える部屋だけは沢山ある。

 幼少期に親が死んで以降は一人で暮らしてきた。魔術具の多いこの家を誰かに管理させるなどできないだろう。膨大な金だけあっても宝の持ち腐れだったが今ほどその金があったことに良かったと思うことはない。


「ここがあなたの家ですか。大きいですね!」


 先生をそのまま置いて帰るわけにもいかず連れてきた。

 夕刻になった空は赤く、屋敷を不気味に照らしている。この家ほんと誰も近寄らない。なんでなんだろうね。


「先生。ずっとあなた呼びされるとなんか変な気持ちになります」

「? ブラム君。これで良いですか?」


 危なかったぜ。ずっとあなた呼びなんてされたら幼妻でもできたかと錯覚しちまうだろうが。


 これで俺の性癖の扉をこじ開けられずに済むな!

 俺は年上好きなんだよ。こんなすっとんとんの先生は対象外だ。


「それなりに歩いたでしょう? 今日の先生は客人だ。俺がご馳走を用意しますよ」

「え、ブラム君がわたしに気を使う必要はないですよ?」

「この家に初めて招く記念日なんです。どうか俺のわがまま聞いてくれませんか」


 先生は苦笑して、でもすぐに今日一番の笑顔を咲かせた。






 料理のあれそれはわからないが記憶にある家庭料理を毎日作る俺にとって慣れた作業だ。

 下ごしらえの済んでいる食材を使っていつもの料理を作って振舞った。

 先生は胃が小さそうなので少なめに。


「ちゃんと料理を作れるのは偉いですね。街の医師は大概は外で済ませますから。わたしは……まあその」


 先生は恥ずかしそうに俯いた。

 俺もなんか恥ずかしくなってきた。こんな小さい子が働いて苦労してるのに俺はどうして快楽のために毎日家でだらだらとしていたのか。


 外なる言葉でニートなる秘文がある。家に籠る修行者のような者らしい。奴らも俺と同じく秘めたる魔力をため込む毎日なのかもしれないなと思いながら神妙な表情で先生の話を聞いた。


「それでなんですけどねブラム君」

「なんです先生。まだお腹空いてますか。デザートでも食べます?」

「……頂いても良いですか。いや、違います! ブラム君はそうやって話を逸らそうとしますね!」


 先生はジトッと俺を睨んだ。

 少し血色がよくなった唇を震わせている。


「大事な話なんです」

「知ってますよ。もちろん、先生の話は全部大事な話ですよ」

「……ブラム君は誰にでもそうやって誑かすんですか? ってまた話が逸れました!」

「それは先生が悪いんじゃ「なんですか?」――なんでもないです」


 小さな間を置いて先生は口を開いた。


「その、あの時はあんな風に言ったのですけど。本当に無理はしないで欲しいんです。ブラム君だって魔術師ならお金の大事さを知っていると思いますし」


 だってこれだけ大きな魔術師の家なら血筋もそれなりにあるのだろうことを先生は遠回しに言った。

 金はどこだって必要だ。それこそ今食事をしている食材を買うのにも必要なのは言わずもがな。


だが魔術師にとっては、魔法を使うものにとってお金は必要不可欠の媒体に他ならない。


「何度も言いますが俺は他でもない先生に診てもらいたい。その為だったらなんだってしますよ」


 だから期日までに払いに行こう。そう告げてこの話を俺は無理やり終わらせた。

 先生は未だに納得がいかないようで難しい顔をしながらデザートをちびちびと食べていた。





 夜がやってきた。

 先生は疲れていたのか、就寝の準備を終わらせたら気絶するように眠ってしまったのだ。相当疲れていただろう。俺は先生を客室のベッドに寝かせて部屋を出た。


「さて、行くか」


 俺は馬鹿正直に返しに来ましたでハイ終り! ってなる予想が出来ない。

 なにかしら先生にふっかける可能性の方が高いに決まってる。


「確かラグニという男に借りているんだったか」


 俺がニートについて考えていた時に先生は自分の状況を話していた。

 辛うじて覚えているのは借りた男の名前だけだ。

 まあなんとかなるだろう。俺は楽観的に考えていた。



 ***


 街の一区画は怪しい光を放ち煌びやかだ。妖艶な女の視線が道を歩く男達を誘惑している。

 俺は誰にも見つからないように気配を消して目的の場所に向かった。

 

 売春宿が連なる建物のそのまた奥。大きな建物の間をうねるように細い通路が幾つもあるこの場所に足を踏み入れるのは表で生きるのが難しい者達か、その日暮らしの奇人くらいなものだ。

 ……たぶん先生も奇人なのかもしれない。


 俺、普段だったらこんな所に昼間でも踏み込みたくないんだが。

 ダンジョンだった時の名残りを残しながらも魔導技術に取り込まれた複数の建物が密集した一つの建物みたいになっているのはこの辺りではここだけだろう。


 旅人がよってはいけないトップ1は今日も獣染みた匂いをかすかに漂わせ、夜の風が唸って鳴いた。


「ここに貸し付けの店があるって聞いたが」


 寿命を感じさせる魔導機器のライトが点滅する先はどこか無機質な通路。簡素な白磁を思わせるツルツルした材質の扉の前に一人の男が違法ポーションを片手にうずくまっている。


「聞いているのか? ――ッ!?」


 無音。それでいて風を切るほどの鋭利な刃がついさっき俺の首があった場所を狙った。

 一拍置くように点滅するライトが余計視界をおかしくさせるようだ。男の姿がライトの点滅を期に位置が変わる。


 パッパッパッパ。


 その度に急所を狙って飛び交う刃物を避ける。

 

 ――なんで暗闇で襲ってこない?


 俺はライトが付いた瞬間を思い出す。確か、


「死ね」


 瞬間に俺は体を逸らしてそのまま、頭上にあるライトに硬貨をぶん投げ破壊した。

 パリンと乾いた音を立てて暗闇になると共にジュっと目の前の得物が纏っていた魔力が消失するのを目の先から感じた。


 ――あっぶねえ。


 右の目玉に触れる刃の先がどれだけ貫こうと押しても文字通り意味をなさないだろう。

 それが属性武器という物だ。

 条件下以外ではナマクラ以下になるのは俺の家にある魔術具で実証済みだ。


「あーやめやめ。アンタには敵いそうにないや」


 男はだるそうにポーションを飲み干すとそう言った。


 いや、一歩間違えてたら目玉どころか頭の半数が消し飛んでましたが?


「それで何の用やっけ?」






「いやあ、すまんね。やばいのが来たと思ってちょっと試したくなったんよ」


 いやいや、死ねって思いっ切り言ってたが。コイツは鳥頭なのか。

 お前の方がやばいよ。口にしないも侮蔑の目を俺は抑えられないでいた。

 一緒に居たくない下卑た笑みで整った顔を歪ませているのが暗闇に慣れたことで鮮明に見えた。


「俺はトルクライツ。気軽にトルクと呼んでくれあんちゃん。俺は強い奴が好きだ」


 トルクは煤けた上着から2本の薬品管を取り出した。


「一本どうよ。あねさんが作るポーションは格別なんだぜ?」

「俺はポーション苦手なんだ」

「さいか。なら仕方ない。俺が飲む!」


 少しの間続いた自由過ぎるトルクの聞くに堪えない話を遮るようにドアに取り付けられたベルが数度鳴った。


「じゃあ行ってこいよ兄ちゃん。旦那の準備が出来たらしいぜ」









「なんだよ。聞こえてんじゃねえか」


 俺の呟きに誰も答えない。

 後ろを振り返ればトルクの姿はなく、静かな闇が広がっていた。

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