魔法童貞の俺、放つと死ぬらしい

高間鴟梟

第1話

 魔法を使用するのは早い方が良いと魔術師の家系ではよく言われている。


 それこそ初級魔法が扱えるようになったらすぐにでも魔法を扱っておけば制御方法を身に付けるからと。


 だいたいそれが十歳前後くらいだ。張り巡らされた魔力を放つ際に術者は、今までにない快感にイってしまうらしい。

 それはさぞ気持ちがいいのだろう。


 女の子の事はわからないが、男なら何度も聞かされた。いわゆる自分で致す快感なんて比じゃない。


 連続で魔法を使用した奴は失神するほどにヤバいだとか沢山聞いたからだろうか。俺は何を思ったのかこう考えたのだ。


「最上級の魔法を使用したらもっと凄いのかもしれない」


 そんなこんなで俺は皆が魔法童貞を卒業していく中でひっそりとその事を隠してシコシコと魔力だけを練ってきたのだが……。


「あーこれは駄目ですね」


 魔力に関わることは女性の方が向いているのでその手の医師は大概女性だ。

 恥ずかしながら俺は直系の人間が亡くなっているので実質一人で暮らしてきた。本来なら幼い頃に師匠を作って同伴の元で初めての魔法を使うのだが俺にはいない為、仕方なく実家から離れた遠い都市まで来たのに。


 淡々と告げられたのはNGだった。

 俺よりも幼い少女でありながら苦労しているのか目が据わってる彼女の宣告は俺の頭にハテナを浮かばせる。


「あのね。なんでこんな事になるまで放っておいたの?」


 子供を諭すような言いぶりに心が痛くなる。


「すみません」


 謝ると大きなため息が聞こえる。


「あなた、今の状態でどんな魔法を使用しても死にますよ」


 死にますよ。その言葉がリフレインする。

 それってつまり、


「死ぬほど気持ちがいいって事ですか!?」

「言葉通り絶頂しすぎて死ぬんですよ!! 恥ずかしくないんですか!?」

「先生、どうにかならないですか!」

「どうもこうも出来ないです! それに今日でこの店畳むつもりなんで帰ってください!!」


 ここが閉店したら俺はまた別の医師にこの事をカミングアウトしなきゃいけないのか? 困る。このメスガキみたいな風貌の医師だからまだプライドを維持できたのだ。もし、妙齢の女性の医師にこの事を告げたら俺は一生外を歩ける自身がない。


「先生、どうして閉店するんですか。俺まだちゃんと診てもらえていないですよ」

「仕方ないでしょ。人が来ないからよ。来てもあなたと同じような事をいう患者ばかりが少数。それだけじゃ食っていけないの」

「じゃあ治るじゃないですか!」


 先生は何もわかっていないと言わんばかりにこれまた大きなため息を吐いた。


「良いですか? あなた今何歳だと思っているんですか?」

「……18歳ですけど」

「はぁ、同じ患者さんでもその子たちは遅くても13とかですよ。あなたの凝りに凝り固まったソレを数カ月単位でどうにかするなんて土台無理に決まってるでしょうに」


 先生は可哀そうな子を見る目で俺を見てくる。

 当たり前の事を聞くなと存外に言っているのだ。


「――じゃあ払います」

「ふぇ?」


 キョトンとした顔で先生は小首をかしげた。

 そうだ。ここが無くなってしまうなら先生を俺の専門医として雇おう。


「俺が先生を雇います」

「な、なに言って」

「俺が先生に初めてを診てもらいたいと思ってます!」

「わたしはそんなに安い女じゃないの!」


 ムスッとした顔をぷいっと逸らした先生はお冠だ。

 そんな先生の手を取った俺はしっかり告白するしかないと思った。今逃せば次はない。一生童貞だと。


「幾らだろうと支払います。俺、他の医師より(何とかメンツが保てそうな)先生が良いんだ。お願いします!」


 渾身の思いを告げて俺は頭を下げた。


「……いいよ。わたしが良いんだよね? わたしじゃないと嫌なんだよね?」

「はい。俺は先生じゃないと嫌だ」


 先生は涙ながらに承諾してくれた。

 これで俺は先生意外に誰にも知られることなく絶頂出来るんだ!

 わくわくで胸がいっぱいになりながら俺は相場を聞くことにした。


「それで幾らなんですか?」

「1万円です!」


 やっすい。大丈夫か先生。これは何か良からぬ者に騙されているんじゃないだろうか。


「今までもそんな値段で?」

「はい。どうかしたんですか? ……はっ!? もしかして高すぎて支払えないとか?」


 この人駄目だ! 騙されてるって!

 もしかしたら結構押し通したら何でも頷いてしまうタイプの人なのかもしれない。


「先生もしかして借金あったりします?」


 先生はビクリと体を震わせた。


「もしかしてその関係の方でした? ご、ごめんなさい! 期限までに返しますからどうか待ってください!」


 先生は縮こまるように涙をぽろぽろと零しながら訴えてくるも俺は別にあっちの人じゃない。


「それで幾らくらい貯め込んでいるんですか、500万とか?」


 ごにょごにょと口ごもる先生の口元に耳をもっていけば、


「6800万、です」


 思ったよりあるけど何の金だよこれ。

 先生の状態は明らかに栄養が足りてないようなのは目に見えてわかる。先生の顔色が来た時から悪かったのもその所為だろう。

 泣き止まない先生を宥めながら俺は詳細を聞いた。


 ***


 つまるところ借りる所が悪かった。

 魔法の研鑽だけをしてきた先生は技術があっても魔力の方がからきしだったので大手の医師団には入れてもらえなかった所を診療所を用意する代わりに開設する際の資金を借りることを強要されたのだろう。

 まあ、立地もこれまた劣悪な場所で俺のような特殊な奴くらいしか来なさそうな場所に建てられた為、返せる金もなく借金だけが増え続ける毎日。


 そろそろ身を売られてもおかしくないからこれ以上俺を診てあげられないというのが彼女の心境だった。


 相場のほうは客に高すぎると言われ続けた結果あんな値段が普通だと思うようになったと先生は嗚咽交じりにそう言った。幼げな先生に失礼なことを言わせてもらうが、文句を言いやすいのだろう。


 どうにかしよう。これは先生の為でもあるが俺の為でもある。

 俺が童貞を捨てるためにやらなくちゃいけないんだ。

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