君がいる場所

ぺぽっく

君がいる場所

「やあ、今日も来たんだね。」

その少女は、いつもと同じように何も無いこの草原にただ1つポツンと置かれた椅子に座っていた。


「やあ、元気?」なんて、当たり障りのない挨拶をしてみる。

「元気だよ。立ち話もいいけど、座ったら?」

そう言うと、いつの間に用意されたのか、少女の座る椅子と同じものが僕の後ろに置かれていた。これも、いつもの光景だ。

「ねえ、これってどうやってるの?どこからもってきたの?」

椅子に腰掛けながら、少女に質問する。

「んー、君が持ってきたんだよ。多分ね。そこに椅子があると思うならあるんだろうね。」

いつもと同じように少女は困ったような笑みを浮かべながら曖昧な返事をする。

そんな時、いつも本当は椅子なんてないのか?なんてことを考える。そしたらさっきまで座っていたはずの椅子がぼんやりと見え始めて、座っているのかいないのかすら感じられなくなる。

でもそれなら自分はいま空気椅子でもしてるのか?いや、そんなはずはない。だって僕にそんなことしてられる体力ないだろ?そしたらほら、やっぱりちゃんと椅子はある。

少し硬いけど、木材の柔らかさを感じる。色は落ち着いてて、マホガニーかな?心地いい匂いもする。でも、この椅子、どこかで見たような、、、どこだろう?ひろい背もたれ、なめらかな肘掛、何となく懐かしい。

そんなことを考えていると、少女がこちらを優しく見つめていることに気がついた。

「どうしたの?」

「君はいつも考え事をしているね。」

「君が不思議なこと言うからさ。」

「だって本当のことだもの。」

「でも椅子はちゃんとここにあるし、僕はこの椅子を持ってきてない。」

「えー、椅子が無いとは言ってないでしょ?」

少女はいたずらっ子のするような、からかうような顔をした。

そんなとき、この少女はいくつなんだろう。と考える。いつもは儚げで、美しさをその華奢な身体に纏っているのに、さっきのような表情をするときには、無邪気さと、幼さが代わって少女の身体を満たす。歳なんてこの少女の前では、この椅子のようにあるかどうかすら感じさせないものなのかもしれない。

少女は、すくっと立ち上がると、自分の椅子を僕の隣に引っ張って持ってくる。

「並んでおしゃべりしよ。」

そう言ってこちらをにこにこ見てくる。そんなとき僕は、この子がとても愛しく思えるのだ。

そこからは、ただただ2人での他愛もない話をする。今日の晩ご飯の話、出先で見かけたものの話、学校の話、、、

あぁ、自分はなんてつまらない人間だろう。こんなとき他の人だったら、面白い話の一つや二つ聞かせてやれるのだろうか。

「退屈だろ?こんな話聞いても」

「そうだね、いつも同じ話を聞いてるような気がするよ。」

少女の正直な意見が、卑屈な僕の胸に突き刺さる。自分で言っておきながら、少女がそんなことないよ、とでも言ってくれるのを期待していたのだ。馬鹿だ。

「でもね、話の内容なんてどうでもいいの。君とおしゃべりしてることが楽しいから。」彼女はそう言って無邪気に笑った。

嬉しい。そんな気持ちだけが心の中でこだまし続けた。

僕は有頂天になってまた似たり寄ったりな話を続けた。やっぱり馬鹿だ。

どのくらい話しただろう。たくさん話したような気がするけど、時間がどれほど経ったのかは分からない。時計もないこの場所では時の流れを感じられない。

「ねえ、どうしてここには何も無いんだ?」

「何も無いわけじゃないよ。今日は出てこないだけ。」

「じゃあ、明日には何か出てくるってこと?」

「さあね、明日私はいないかもしれないから分からない。」

そんな話をしていたら、さっきまでしっかりあった足元がだんだんと不安定になってきた。

理由は分からないけど、体の全てが僕の頭に警告をしてくる。だめだ。考えてはいけない。


「大丈夫?」

少女の心配そうな顔が、僕をこの世界へと引き戻した。

「ああ、大丈夫だよ。心配しないで」

「よかったあ。」

少女の安心したような笑顔を見て、僕も安心する。

「ねえ、寝っ転がってお話してみない?」

少女に誘われるままに僕は草原に横たわる。

草の匂いが鼻腔を満たしてきて、とても心地良い。

少女はその手を僕の方へ伸ばしてきた。2人の手が重なり、そして離れないようしっかり繋いだ。

思っていたよりもずっと、小さかった君の手は、この世界の何よりも綺麗で温かく感じた。


青空を見上げながら話していると、僕はあることに気づいてしまった。

「ねえ、どうしてこの世界には太陽がないの?」

だめだ。聞いてはいけない。

「分からない、だって最初からなかったんだもの。」

「でも、僕らはいま陽射しを感じるじゃないか。」

やめろ。そんなこと聞かなくてもいいだろ。

「そうね、でもそれのどこがおかしいの?」

「ちぐはぐじゃないか、日が無いのに日が差すなんて。」

再び地面が不安定になり始める。

「この世界は全部ちぐはぐだ、さっきまであった椅子も消えてるし、こんなに長い時間いるのに空の色も変わらない。」

地面が波打つように揺れ始めた。地面だけじゃない、僕らを包むこの世界が全部揺れている。止めなければいけないのはわかってる。

だけど、口が勝手に動いていた。マリオネットが紐に引っ張られたようにしか動けないように、最初からそう動くよう決められていたみたいだ。

「第一、、、」

これだけは言ってはだめだ。口元に力を入れて止めようとするが、うまく力が伝わらない。

「第一、君はどこから来たんだ?」

少女は儚げに答える。

「どこからだろうね、君がいると思ったならいるんだろうね。」

その曖昧な返事を聞くだけで、本当は少女なんて存在しなかったのか、なんて考えてしまう。

世界の揺れに合わせるように、少女の姿も揺れ始めた。

ああ、もうだめだ。きっと手遅れなんだ。

涙のせいなのか、揺れているせいなのか、少女の姿がだんだんぼやけてはっきりしなくなる。繋いでいたはずの手もいつの間にか消えかかっていた。

君を失いたくないんだ。



見慣れた天井が目に入る。あぁ、そうだ、見慣れた光景。知っていた。心のどこかで気づいてたんだ。

自然と涙が止まらなくなる。ほんの数分前のことのようなのに、少女のことすら曖昧で。君はどんな姿だった?君はどんな声だった?君はどんな風に笑っていた?

少女がいなくなったことよりも、少女がいなかったことになるのが辛いんだ。


結局、少女に会うことはあれから1度もなかった。そもそも、少女にはあのときの1回しかあったことがなかったような気もする。そのことを僕が悲しんだかというとそうでもなく、ただ、忘れてしまった誰かがいる、そのことだけが僕の心に重く響いた。

そんなある日、じいちゃんが引っ越すというので、じいちゃんの家まで荷造りを手伝いに行った。

それは、そこにあった。

マホガニーの背もたれのひろい、なめらかな手すりのついた椅子が。ああ、良かったよ。もう会えないなんて思ってた。最初からいなかったなんてことにはならない。嘘じゃない。それだけは自信を持ってはっきりと言える。



確かに君はここにいた──。

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君がいる場所 ぺぽっく @zinjusaiku

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