幕間 誰でもない誰かの繰り言

 一頻り発狂したところでふと冷静になった。


 これって自分のせいだろうか、と。


 これというのはもちろん、なんかダンジョンとかが出現して魔物が跋扈し死んだら哲学的ゾンビになって黄泉帰るとかいうけったいな病気だかなんだかが蔓延り空が崩壊して世界自体が終わってしまう――終末のことだ。


 確かにその元凶は自分かもしれないが、責任の所在はまた別だと思う。


 いやもちろん、実行犯に罪がないとは言わない。

 騙して教唆したほうが罪が重いという話だ。


 むしろどちらかというと自分は被害者なのでは?

 少なくとも一方的に加害者だと謗られる謂れはない。


 もちろん実際に被害を受けた人々にとってはどうでもいい話であり、自分が責められる立場であることを否定しているわけではない。

 人の感情としてそれは当然のことだと思うし、誰がどう思うべきかなんて決めつけるのは傲慢極まりないと思う。


 というか、考えたら別にどうでもいい。そもそも集団の秩序を守るために罪という概念があるのであって、その集団の外ではすべて感情の話だ。外にいた自分にその感情をぶつけられても、あ、そうですねとしか思えない。


 お前らだって自分が苦しんでいるときに何かしてくれたわけじゃないだろ?

 感情の話をするなら、そうなってしまう。


 知らなかったのは自分だって同じだ。そして知っていたからって自分に何かできたかといえばそれも違う。自害するなりしたところで、自分以外の誰かがきっと似たようなことをさせられただろう。

 というか、自分が知らないだけで他にもいたのかもしれない。考えてみれば自分一人というほうが不自然だ。仮にも世界単位の規模の事業だったのだ。たった一人でどうにかしたと考えるより、役割別で他にも誰かが、それも複数いたと考えるのが自然に思える。


 探してみるか、同じ境遇の誰かを。


 我ながらとりとめのない思考経路でそんなことを思いつく。


 まあ見つからないだろうけど。


 仮にいたとして自分みたいに崩壊する故郷に送り返されたとは限らないし、この世界から拉致されたとも限らないし、そもそも用が済んだからと始末されたとも限らない――というところでまた疑問を思い付く。


 なぜ自分は始末されなかった?


 なぜわざわざ崩壊する故郷へと送り返した?


 気付いた当初に思ったのは、自分をこの世界に送り返すことで侵略の目印ビーコンにするというものだったが、それだと時系列がおかしい。明らかに自分が異世界に行っている間に崩壊は進行している。つまり略奪は自分がこの世界にいない間も続いていた。自分を送り返すという無駄なエネルギーを消費するまでもなく、その略奪するための経路自体を異世界側からは把握できていたはずなのだ。


 可能性は色々考えられるが――目印が新たに必要になったから送り返した。

 そう考えるのが、あの異世界での経験から導き出せる一番合理的な答えだった。


 つまり自分の前任者がいた可能性だ。


 入れ替わりだったら、自分が向こうで前任者と出会わなかったことにも説明が付く。


 この仮定が正しければ、やはり探しても無駄だ。

 すでに前任者はこの世界にいないということだから。

 少なくとも異世界はその彼ないし彼女を見失っている。


 けれど、何かが引っかかる。

 

 少し考えれば簡単にその引っ掛かりに気付いた。


 自分が送り返されたときにはすでに崩壊寸前であり、それはこの世界から略取できるものが禄に残っていないということを意味する。

 例えて言えば、もはや枯渇寸前の鉱山に追加で投資するなんてことがあるか、という話だ。新たな資源が見つかればまだしも、鉱山自体が崩壊しているのだからそれもない。

 目印が必要なくらいだ。

 異世界側からはこの世界にもう採れるものがないことを把握できていないのかもしれない。

 けれど、あのシステムが、一つの世界から採れる量を計算できなかったというのは納得できない。


 最初の仮定から間違っている、というのもやはり納得できない。

 何かあのシステムらしい非人間的な理由があるはずなのだ。

 間違っても温情ではありえないのだから。

 崩壊する故郷で諸共に果てさせることが温情かといえば意見の分かれるところだろうけど。


 つまり逆だ。

 あのシステムの計算外のことが、この世界で起きている。だからそれを調査するために自分という目印を送り込む必要が出てきた。


 その計算外を起こしたのが、あるいは前任者なのかもしれない。

 だとしたら、前任者はもしかして、逃れているのかもしれない。


 興味が湧いた。


 何も確かな証拠はない。

 論理としてもどこかが破綻している気もする。

 かなりの希望的観測だ。


 ただ、いたらいいなと思えた。


 そんな、システムの思惑デザインから逃れられた者がいるならば。


 会いたい。


 そして手掛かりがないわけではない。


 記憶が正しければ、この世界の魔法とはフィクションだったはずだ。

 それが世界崩壊が観測され始めた頃から一般に『実際にあるもの』として普及され始めた。

 いや、普及というにはひどく緩やかな広がり方ではあったようだが。

 哲学的ゾンビになってしまえばそれを扱う能力が失われるということもあって、その実在証明と有用性の確立にはかなりの時間を要したようだった。


 挙げ句に、海外では魔女狩りの再来まであったらしい。

 世界の崩壊が人々が魔法を使うために進行するのだという主張による弾圧である。

 魔物に殺されれば哲学的ゾンビとなり、魔法能力が失われるのだからと、魔物のいる場所や、それが湧く場所――ダンジョンに放り込まれる『裁判』が行われたのだとか。そして魔女はいなくなったが、崩壊は更に進行した、というオチだ。もちろん全員が哲学的ゾンビになったために、それを認識できる者もいなくなったわけだが。なぜそれで全員なのかというと、放り込んだ者たちも自ら魔物に殺されにいったからだ。きっと直視できなかったのだろう、自らの行いの結果を。もちろん全員が全員そうではなかったのだろうけど、大部分はきっと。単に哲学的ゾンビが羨ましかっただけ、なんてのは少数だろう、おそらく。


 まあ結果的に、魔法の存在とその使用に崩壊は関係なく、そして魔物に殺されればそれだけ崩壊が進行するという貴重な実証データが得られたわけだ。


 ちなみにそれ以前には魔法は『魔法』という呼び名ではなく、他の何かもっともらしい学名めいた名称だったそうだが、皮肉にもその魔女狩りの再来があったことによって全世界的に『魔法』という俗称が定着したそうだ。もちろんそれぞれの言語でそれに対応する言葉という意味だ。

 また、そうして哲学的ゾンビが増えた結果として、個人を超人化することのできる魔法の有用性が向上した、と。

 まあ余談である。


 手掛かりとは魔法のことだ。


 今の話を枕に考えれば、魔法と崩壊の関係性は薄いはずだ。それなのにそれらが台頭した時期が一致している。

 誰かが何かをしたとしたらそれはその時期という可能性が非常に高い。


 だから最高の魔法使いとされる【賢者】は候補に入らない。

 彼は若すぎるから。さすがに数えで1歳にそんな大それたことができたとは思えない。

 だから彼を最高の魔法使いに育てた誰かが、有力候補となる。


 もちろん、すべては憶測だ。

 けれどもうあまり時間はない。彼に会うことだって叶うかどうか。

 当てずっぽうでもなんでも、現時点で考えられる一番の可能性に当たって砕けるしかない。


 哲学的ゾンビであっても魔法については知識だけはある。故に彼は覚えているはずだ。彼にそれを授けた誰かについても。


 ついでだから、魔法とは何なのか、【賢者】の意見を聞かせてもらおう。


 異世界還りの自分にも、魔法とは不可解なものだから。


 それが聞けるだけでも、彼に会いに行く理由としては十分だ。

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俺の屍は遺らない 葛哲矢 @kuzu-tetuya

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