第17話 広場へ向かって

 既に空の色が暗くなりかけていることも手伝って、人気の少ない校舎の裏手は余計に物寂しい風情だ。少し離れたところに見える校門では何人かの生徒が下校を始めていた。


「なんだって、こんなところで待ち合わせするんだ?」


 天然パーマの長身の少年、明彦が訳がわからないと言いたげに僕を見下ろしている。


「例の『袖振り広場』の場所へ向かうのには、この場所から始めるのがふさわしいからだよ」

「それって、例のおまじないをした場所がわかったっていうことなんだよね?」


 日野崎が少し驚いたように目を見開いた。


 僕らが今いるのは本校舎の裏手、下校のときに通る歩道から少し外れた場所である。あれから僕は大森さんと明彦たちに連絡して、放課後にこの場所へ集まってもらったのだ。


 日野崎の言葉に首肯したところで、隣の星原が「彼女が来たわ」と呟いた。見ると内気な雰囲気の少女、大森さんが昇降口の方から歩いてくる。


「お、お待たせしました。月ノ下さん。あの、『袖振り広場』の場所がわかったということなんですよね」

「ああ。ここから歩いてすぐの場所だ」

「でも、気になっているんですが。どうしてこんなに昇降口から離れた場所なんです?」


 彼女は不思議そうに首をかしげる。


「そのことなんだけど、僕らは勘違いをしていたんだよ」

「勘違い?」

「そうだ。活動記録にはこう書いてあった。『北側の昇降口』の『すぐ近くの階段』を昇ったと。まあ僕らが今使っているあの昇降口も西を向いているが、学校全体の位置関係としては北の方にあるから最初は何とも思わなかった。でもよく考えると変じゃないか? 昇降口は一つしかないのに、わざわざ『北側の』なんてつけるなんて」


 日野崎が「うーん」と唸って腕を組んだ。


「そういえばそうだね。まるで『北側にない昇降口』が別にあるみたいな言い方かも」

「そこだよ。それで僕は片倉先生にもう一度訊いてみた。すると十年前は実は昇降口が二つあったんだ」

「えっ? どこに?」


「あそこだ」と僕は昇降口側とは反対方向を指さした。そこにあったのは職員室へ続く出入り口だ。


「あの場所は教材とかの荷物を入れるのに使う『搬入口』だ。十年前はあそこも『昇降口』として使われていたらしい。でもその後で改装工事をしてすぐそばにあった職員室とつなげて、搬入口として使われるようになった」


 星原が「つまり十年前は西側と北側、両方に昇降口があった。だからあの記録では『北側の昇降口』という表現をしていたということなのね」と補足する。


「そうなんだ。思えば、一昨日の時点でもうすこし片倉先生につきつめて訊いていれば、その時点で解ったことだったな」


 僕は自省を込めてぼやいた。


 職員室に話を聞きに行ったとき、片倉先生は確認するようにこう言ったのだ。


『君の言う昇降口というのは、一階の西側にあるあれのことだよね?』


 あの言い回しは、当時は二つあったけれども北側の方の話をしているのではないねと念を押していたわけだ。


 幸い星原の話した兵士の手紙のエピソード、「第二次大戦があったから第一次大戦と呼ばれるようになった」という観点がヒントになって、二つあったから「北側」の昇降口と書かれていたんじゃないかという発想にたどり着くことができた。


 大森さんがここでおずおずと手を挙げる。


「つまり、池上さんはあの搬入口の前で待ち合わせをしたのですね。それでは『昇降口』の『すぐ近くにある階段』とはどこなのですか?」

「うん。本校舎の東側にある、かつて庭園があった小さな丘。ガレキ丘に続く登山道のことだよ」


 その返事に明彦が「なるほど」と反応した。


「そういえば、あの場所はここから突き当たってすぐだな。確かに丸太で土留をした階段もあるが。……ただ立ち入り禁止だったよな。どうするんだ?」

「実は今日、たまたま雑草研究部が野外調査でガレキ丘に入ることになっているんだ。片岡先生の引率でね。それでお願いして特別に同行させてもらうことにした」

「じゃあ、その先に問題の広場があるんだね。あたし、そんな場所があったなんて知らなかったよ」


 納得した日野崎が「早く行きたい」とでもいうかのように、期待に満ちた表情で足踏みをする。


「焦らなくても、広場は逃げたりしないよ。……そういうわけで雑草研究部とこの先のガレキ丘入り口の前で合流することになっているんだ。準備は良いかな? 大森さん」


 彼女が僕の確認に「はい」と頷いたところで、僕らは「それじゃあ行こうか」と歩き出したのだった。





 周囲の風景は進むにつれて、木々の密度がだんだん深くなってくる。また人通りもさらに少なく静かな雰囲気が漂い始めていた。


 僕らは本校舎の北側から東側の方へ回り込む形で移動しているところである。程なくして道沿いの雑木林の一角に何人か集まっているのが見えてきた。


「すみません。お待たせしましたか?」


 僕が呼びかけると「いや、大丈夫。こっちも準備ができたところだから」と眼鏡をかけた長髪の女性が返事をする。雑草研究部の顧問である片倉先生だ。流石に今日は白衣ではなく、動きやすそうなチノパンとワイシャツを纏っていた。


 雑草研究部の生田さんと蓮沼さんも僕を見て声をかけてくる。


「ああ、急に外部の見学者が参加するというので誰が来るのかと思ったら月ノ下さんでしたか」

「どうも、こんばんは。もしかして月ノ下さんも入部希望ですか?」


 人懐こく声をかけてくる蓮沼さんに、僕はいやいやと手を横に振った。


「ちょっと、この上にあるっていう広場が見たいという二年生がいて。同行させてもらうようにお願いしたんだ。ほら、みんなも大森さんも挨拶して」


「……急にすみません」と星原が頭を下げて、明彦と日野崎もそれぞれに片倉先生たちに会釈する。


「お邪魔しまーす!」

「ええと。よろしくお願いします」


 続いて大森さんも「私のために協力いただいてすみません」と片倉先生に頭を下げた。


 先生はかしこまった彼女に目を細める。


「別にいいんだよ。何か昔の学校の記録を見て、気になったんだって? 君にとってはきっと大切なことなんだよね。……納得がいく答えが得られると良いね」


 大森さんが「はい」と頷いたところで、生田さんが「それでは先生、行きましょう」と山道の最初の階段に足をかけつつ号令を出した。


 僕も星原たちを振り返って呼びかける。


「迷うようなところじゃないけど、僕が先導するから転ばないようにな」


 彼女たちは「わかったわ」「了解」と返事をして、僕に続き山道に入りこんだのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る