第14話 職員室での聞き込み

 昇降口の曲がり角で、挨拶を交わす生徒たちの姿がちらほらと目に入る。さらにその先に続く廊下を歩き進むと、一年生の教室と職員室や生活指導室の入り口が見えてきた。


 星原や大森さんたちと一緒に校内を調べて回ってから数時間後である。掃除当番を終えた僕は本校舎の一階廊下を通って、職員室へ向かっていたところだ。


 目的の一番奥の扉の前で、壁に貼られていた座席表を確認する。


 僕が話を聞こうと思っていたのは片倉かたくら先生という生物を担当している女性教師である。今年の四月から配属になった新任の先生だが、聞いたところでは十年前までこの天道館高校に在籍していたOGなのだそうだ。


 まだ慣れていないところはあるが真面目で優しい先生という印象だから、話を聞いてはくれると思う。


 片倉先生の席は入って手前側の一番右の机のようだ。さっそく扉に手をかけて「失礼します」と足を踏み入れる。職員室は普通教室の倍ほどの大きさで、六つほどの机の島に分かれていた。


 だが室内で目的の場所を探して近づいてみたものの、そこにいたのは片倉先生ではなかった。


「おや、月ノ下さん。こんにちは」

生田いくたさん。しばらくぶりだね」


 長髪の物静かな雰囲気の少女がそこに立っていた。彼女は生田早苗いくたさなえと言って「雑草研究部」というマイナーな部活に所属している二年生である。以前にある事件で頼みごとをしてきたので、僕と星原が対処したことがあったのだ。


「どう? 雑草研究部の活動は?」

「はい。つい先月に新しい部室に引っ越ししまして。相変わらず男手は足りないですが。新入部員はこの通り入ってきました」


 彼女の隣には肩まで伸ばした髪を頭の上で結い上げた活発な雰囲気の女生徒が並んで立っていた。一年生のジャージを着こんだその少女は「部長。この人は?」と小声で生田さんに尋ねる。


「この方は部室の移転関係でもめたときに力になってくれた月ノ下さんです。……月ノ下さん。この子は新入部員の蓮沼はすぬまさんです。草むらや森の中に入るのも嫌がらないし体力もある貴重な戦力なのですよ」


「えへへ。蓮沼神奈はすぬまかんなです。子供のころから兄に連れられて昆虫採集していましたし。中学は運動部だったから、高校はこういう変わった部活も良いなと思いまして」


 生田さんに紹介された蓮沼さんは恥ずかしそうに、はにかんでみせた。


 僕も「どうも。三年B組の月ノ下真守です。生田さんは頼りになるからいろいろ教わると良いよ」と蓮沼さんに挨拶を返す。


「実は、片倉先生に用事があってきたんだけど。二人は何をしているんだ?」

「以前に雑草研究部の顧問を担当していた先生が、他の学校に赴任してしまいまして。現在は片倉先生が後を引き継いで、新しい部活の顧問になってくださっているのです。そんなわけで先生に備品の相談と野外調査の許可をいただきに来たのですよ」


 生田さんがすました顔で僕の疑問に答えた。


 片倉先生は新任だから、部活の顧問のような時間外の指導監督を押し付けられたんじゃないかと想像してしまうが、生物の担当ならば植物関係の知識も豊富だろうし顧問としてうってつけかもしれない。


「ところで、野外調査って許可がいるようなものなのか?」


 雑草研究部ならば活動の性質上、野外の活動なんて普段からやっているように思えるが。


「ああ。今度、ガレキ丘に入るつもりなので、特別に許可を取る必要がありまして」

「へえ。あの場所に」


 本校舎の東側には小さな丘があって、その場所に先々代あたりの校長先生が自分の趣味もかねて庭園を造ったという話を聞いたことがある。しかし管理が大変であり、また池もあるので生徒が落ちたら危ないのではないかということもあって、今では入り口の山道は立ち入り禁止になっているはずだ。


 東屋や管理小屋なども建てたものの、ほとんど朽ちた廃墟のような状態で瓦礫が転がっていることからガレキ丘と呼ばれているのである。


「夕暮れに入り込むと危ないんじゃないかということもあって、先生に付き添ってもらう予定なのです。……ああ、そうそう。先生に用事があったんですよね」

「うん。ちょっと訊きたいことがあって」

「それなら教材の搬入に立ち会っているので、左奥の搬入口にいらっしゃると思いますよ。私たちは戻るまで待っているつもりですが、急ぎならばそちらに行った方が良いかもしれません」

「なるほどね、ありがとう」


 僕は生田さんに礼を言うと、彼女が指していた職員室の北側にある外部出入り口に目を向けた。生徒は職員室に用が無ければ入らないので気づかなかったが、教材などに荷物を搬入するための専用出入り口があったようだ。


 実際に覗き込んでみると、風防扉の向こうで業者が段ボールを下ろしているのが見える。その横で眼鏡をかけた白衣の女性が発注書らしいものを手に持って傍に立っていた。片倉先生である。


「片倉先生」

「ああ。月ノ下くんじゃないか。今、作業中なんだけど。何かな?」


 先生はちらりと僕に目を向けて、微笑を浮かべる。


「実は伺いたいことがありまして、時間は取らせませんので」

「んん……。少し待ってくれ」


 片倉先生は配達員の人に向きなおると、事務的なやり取りを始める。


「ああ、すみません。その荷物が最後なんですよね。品番は……はい、それで大丈夫です。後は運んでおくので置いておいてください」


 教材の受付作業を済ませた先生は「ふう」と小さくため息をついた。


「普段は、こういう学校の備品の受取りは経理事務の人がやってくれるんだけど。今日はお休みだったのでね。私がやることになったんだ。それで訊きたいことというのは?」

「ええと」 


 僕は彼女に十年前のことを尋ねようとして、言葉を選ぶ。やはり大森さんに配慮して、おまじないの件は伏せて訊くべきだろうか。


「実は後輩の女子に頼まれて、過去の学校の記録を調べていまして。そうしたら十年前に昇降口の近くに階段があったというような記述があったのですが」

「昇降口? 君の言う昇降口というのは、一階の西側にあるあれのことだよね?」

「はい。……あっ。校舎内の階段ではなく、屋外にあったんじゃないかという意味です」

「あの近くに階段? 私が学生として在籍していた時にも、そんなものはあの辺りには無かったな」


 十年前でもその状況は変わらないのか。


 僕は落胆しながらも、もう一つの質問をする。


「それでは、当時の新入生の部活勧誘のために声掛けをしていた場所に心当たりはありませんか?」

「新入生の勧誘? 主に野球部のグラウンド横の広場とか中庭でやっていたと思うけど」


 今日の昼休みに僕らが見て回った場所である。やはり今と十年前で特に何か変わったことがあるわけではないのだろうか。


 どうやらこれ以上片倉先生に話を聞いても、有用な情報は得られないようだ。


「そうでしたか。すみません。ありがとうございました」


 僕は先生に頭を下げて、職員室へ戻るべく踵を返す。


 手掛かりが得られるのではないかと期待していたのだが、残念だ。


 僕は風防扉を閉めて、室内に足を踏み入れる。だがふと、頭の中で微かな違和感が走った。先ほどの先生とのやり取りで何か引っかかることがある気がする。何だろう? 


「それでですね。今の時期ならガレキ丘の池のところで観られるかもしれません」

「へえ。私も楽しみです!」


 その時、背後で生田さんと蓮沼さんが何やら盛り上がっている声が耳に飛び込んできたために僕の思考は途切れた。そういえば彼女たちも片倉先生を待っていたのだったな。


 先生の席の所に並んでいた彼女たちに向きなおって、声をかける。


「ああ。生田さん? 片倉先生の搬入の立ち合いは終わったみたいだから、もうすぐ席に戻ってくると思うよ?」

「そうですか。ありがとうございます」


 礼を言う彼女たちに片手を振って、僕は職員室を後にしたのだった。

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