第11話 部活動の記録

 蛍光灯で照らされた教室内には二十台のパソコンが並んでいる。そのうちの一台の前に大森さんは座り、僕らは後ろの席に腰かけていた。


「改めまして。……私、二年A組の大森ひなこと申します。まず、このディスクの中身を見てもらえませんか」

 

 大森さんは一枚のDVDディスクを取り出して見せる。


 僕らが今いるのは本校舎の二階にある「PC教室」という情報処理などのパソコンを使った授業で使用する部屋だ。あの後、大森さんは「相談を受けていただけるのなら、詳しくお話をしたいので」と告げ、場所を変えることになり連れてこられたのがこの教室だった。


 ちなみにこのPC教室は新聞部の部室としても使用されていて、「巻き込んだ張本人」である清瀬は少し離れたところで他の新聞部員たちと作業をしている。こちらの方に目も向けないあたり、もはや完全に僕らが請け負った形にしたつもりのようだ。


「そのディスクは何なの?」


 星原の質問に大森さんは「はい」と小さく頷いて答える。


「私はバスケ部のマネージャーをしているのですが、部室の掃除をしているときにこれを見つけたのです」

「部室っていうと作業教室棟よね? ふうん」


 わが校の部室はほとんどが部活に関連する実習室を使用しているが、野球部など専用の部室を与えられる部活もごく一部に存在している。しかしそれ以外の部活は作業教室棟という実習やレクリエーションに使用する多目的な部屋が集まった校舎の一角を与えられている形である。そしてバスケ部の部室も作業教室棟にあったはずだ。


 大森さんは説明を続ける。


「ですが、このディスク。バスケ部と関係しているものではなく、どうも以前に部屋を使用していた『別の部活』の部員が残していったものみたいなんです」

「以前にバスケ部の部室を使用していた部活?」


 僕の疑問に彼女は無言でディスクをパソコンのDVDドライブに差し込んだ。程なくして内容が表示される。どうやら何かの文書ファイルのようだ。そのタイトルは……。


「オカルト研究部活動記録……?」

「そんな部活がうちにあったの?」


 僕と星原は困惑して顔を見合わせた。そう、画面には十年前の日付と「オカルト研究部活動記録」そして「三年C組 池上 恭子」という作成者と思しき名前が表示されていたのだ。大森さんは「そうなんです」と頷いて、マウスを操作しながら説明を続ける。


「今ではもう部員不足で廃部になってしまったらしいですが、どうやら十年ほど前までは現在のバスケ部室にあたる部屋で活動をしていたみたいなのです」

「へえ。どんな活動をしていたんだ?」


 僕が少し気になって身を乗り出すと、大森さんは活動記録のページを続けて表示した。目次や断片的な見出しがいくつか目に入ってくる。


『ジプシーのおまじないで金運が上がるのか挑戦』

『ブードゥー呪術で嫌いな相手に不幸を呼び込むことは可能か』

『ダウジングで期末テストの出題範囲を予測した結果』

『タロットカードの的中率を体育祭の競技結果で検証』


「見ての通り、おまじないや占いなどを実践してどの程度の効果があるのか実践することを目的にしていたようですね」

「……なるほど」

「まあ、迷信とされている伝承が本当なのか実践してみるっていうのは、ある種の学問的な意義があるのかもね」


 隣の星原がパソコンの画面を眺めながら呟いた。大森さんも「はい」と相槌を打つ。


「私も『ちょっと面白いな』なんて思いながら読んでいたのですが……ここを見てください」


 彼女がマウスを動かして表示したのは活動記録の最後のページだった。


「何も書かれていないみたいだが」


 画面に表示されたドキュメントの終点はただの『空白』だ。真っ白な何も書かれていないだけのページで、特に気になるものがあるようには見えない。


「ですが、この空白。二ページほどに及んでいるのです。いや、私も最初は『印刷するときに裏表紙か何かのつもりでこうしたのかな』と考えていました。……でもこうすると」


 不意に大森さんはマウスを空白ページの前から最終行までドラッグさせた。すると反転して黒くなった画面に文章が浮かび上がってきたではないか。


「なるほど。このページだけ文字を白いフォントで設定して、見えないように文章を入力していたのね」


 星原が納得したように小さく頷いた。一方、僕は片手で頭を掻きながら疑問を口にする。


「でも文字を隠して見せたくないようなことなら、そもそも残さなければいいじゃないか。……なんでわざわざそんな面倒なことを?」

「それは、読んでもらえればわかると思います」

「ほう?」


 僕は彼女の言葉を受けて、表示された文章を読んでみる。タイトルは『最後の検証:片思いの相手と結ばれるおまじない』となっていた。要約すると、ざっとこんな内容だ。


 池上恭子というこの文書を残した女子生徒は「他にはない面白い部を創りたい」と考えて、おまじないを検証する部活「オカルト研究部」を設立した。しかし当初は参加してくれた同級生たちも数か月で飽きてしまったようで、顔を出さなくなってしまう。そんな中で、たった一人だけ「折角だから付き合うよ」と残って一緒に部活動をしてくれた男子生徒がいたらしい。


 彼が自分のお遊びのような活動を手伝ってくれたおかげで、部活としての体裁を保つだけの活動を続けてこられた。放課後を共に過ごすうちに彼女は彼に想いを寄せるようになる。そこで何とか彼と関係を作りたいと三年の夏休みが来る前に恋愛成就のおまじないをすることにしたのだそうだ。



『このおまじないは本来の効果を伏せて、『願い事を叶えるもの』という建前で彼に協力してもらっている。そのため活動記録としては表に出すことはできないが、大切な思い出としてこういう形で記そうと思う』


『おまじないの手順』


『一、自分の髪の毛と結ばれたい相手の髪の毛を一本ずつ、そして蝋燭を用意する』


『二、満月の夜に月光がよく当たる場所を探す』


『三、月の光を浴びながら、蝋燭の火で二本の髪の毛を同時に燃やす。この時に好きな相手のことを強く念じる』


『備考:由来はジプシーに伝わるおまじないの一種で、本来は一人で自分の髪の毛だけで行うものだが手順は一部アレンジした。人目につくところではやりづらいが、校内で周囲から目立たない場所はたいてい建物などの陰になっていて月が見えない。そこで『袖振り広場』で行うことにした。あの場所なら条件に合うし、下校時間に人が通ることもないだろう』


『実施記録:当日、私は浩司くんと待ち合わせをした。場所は北側の昇降口だ。そしてすぐ近くの階段を昇った先にある広場で予定通りにおまじないを実践した。『願いを叶えるおまじない』だと嘘をついたのが少し心苦しい。願いを叶えると言っても実際は縁結びのおまじないなのだから、効果があったとしても叶うのは『ずっと彼のそばにいたい』という私の願いなのだ』


『火事にならないようにペットボトルに入れた水も準備し、月光の中で蝋燭に火をともしてから二人で結び付けた髪の毛をそっとくべた。手が触れたときに多分私は顔が赤くなっていただろうが、蝋燭の火に照らされて彼は気付いてはいないだろう』


『おまじないを終えたあとで、眼下の星々のような灯を眺めながら二人でベンチに座り、さりげなく進路の話や卒業までの過ごし方の話題を持ち掛ける。それから『私たちの関係についても話したい』と切り出して、どうにか気持ちを伝えた』


『結果検証:成功。効果あり』



 文章はここで終わっていた。読み終えた僕は「なるほど」と呟く。


「自分にとっての大事な思い出を部活の記録に残しておいたわけだ。誰かに見られても詳しく調べられなければわからないだろうし」

「この池上さんという女の子は『浩司くん』という男子におまじないという名目でつきあってもらって、それを告白のきっかけにしたというわけね。自分にだけわかれば良い個人的な記録だから、あえて苗字までは正確に書かなかったのかしら」


 膝の上で手を組んだ星原は、顔も知らない少女の青春の足跡に想いを馳せるように静かに目を伏せていた。そんな僕らをよそに大森さんはパソコンをシャットダウンしながら、もごもごと言葉を紡ぐ。


「そ、それでですね。私もバスケ部に親しくなりたい男子が、い、居まして。このおまじないをやってみたいと思ったのです。一人でやっても良いようですし」

「やればいいじゃないか」


 この子にも効果があるのかはわからないが。


「そこなんです。このおまじないを実行したという『袖振り広場』とは何処なんですか?」

「え?」


 僕は一瞬、戸惑って声を漏らす。


 袖振り広場とは本校舎と野球部のグラウンドの合間にある広場のことである。主に文化祭のイベントや部活の勧誘などで使われることが多い。


 もっとも正式な名前ではなく生徒間で言い習わしている俗称だが、入ったばかりの一年生ならいざ知らず二年生以上なら大抵知っているはずの場所だ。


「どこって。そんなの……」


 昇降口の裏手にあるグラウンド前の広場に決まっているだろう。そう説明しかけたとき、星原が「待って」と僕を目で制した。


「月ノ下くん。何か……おかしいわ」

「おかしいって何が?」

「この文章の中で池上さんが広場へ向かう所の記述をよく読んでみて。『昇降口のすぐ近くの階段を上がったところにある広場』とある。あの近くに階段なんてあったかしら?」


 僕は彼女の疑問に思わず一瞬、沈黙する。


 昇降口から少し離れた本校舎の裏側に非常階段ならばある。しかしその先は当然、建物に繋がっていて広場などはないのだ。また袖振り広場そのものは昇降口を出てすぐ脇にあるのだが、その経路で階段を通る必要などないはずである。


 頭にまとわりつく違和感を振り払う思いで、僕は振り返って「清瀬」と呼び掛けた。しかし横で話を聞いていたのであろう新聞部員の少女は僕の疑問を先回りして、こう答える。


「十年前の学校の見取り図ならうちの部も資料として持っていたからね。すぐに調べたよ。でもあの場所に階段なんてなかった。条件に合いそうな小高くて見晴らしの良い広場もね」

「何だって?」


 それでは、池上恭子という少女は十年前に、昇降口から何処へどう向かっておまじないをしたというのか。


 困惑する僕を大森さんが悩みを宿した瞳で見あげていた。彼女は改めて僕に問いかける。


「教えてください。この記録に書かれた『広場』とはいったい何処のことなのですか?」

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