第3話 疑惑を呼ぶSNSの投稿

 ここまで話を聞いた僕は「ふうん」と鼻を鳴らす。


「つまり、復讐をするために沼部先生が大事にしている壺に悪戯をするつもりだった。しかし君の同級生たちが倉庫に入ったときにはなぜか壺が無くなっていた、とそういうこと?」


 僕の言葉に高輪くんはこくりと頷いた。そこで僕の隣に座っていた星原がすらりとした脚を組み換えながら「だけど」と疑問を口にする。


「さっきの巴ちゃんの話だと『盗まれた』という言いぶりだったわよね? 倉庫から消えていたというだけではまだ盗まれたとは断言できないと思うのだけれど」

「……話にはまだ、続きがありまして」


 黒髪の少女の発言に彼は小さく首を振って話を続ける。



 

 中延と長原の連絡を受けた後、彼は急いで陸上部の倉庫に向かった。倉庫の中には彼ら二人も待っていて、困惑した表情で倉庫内を見回していたのだそうだ。高輪くんも動揺しながら問題の陳列棚に目を向けるが、確かに自分が入ったときには置かれていた壺が無くなっていた。


 彼らは首をかしげながら互いに疑問を口にする。


「昨日の部活の時には確かにあったよな?」

「高輪が持っていったのか?」

「いや、そんなことしていないって!」


 その後、改めて倉庫内を探してみたものの結局、例の壺は見つからない。三人は不審に思いながらもこれ以上はどうにもならないとその場は解散したのだった。


 しかし家に帰ってからも、高輪くんは内心では気が気でなかった。夜眠るときにも例の一件がどうしても頭をよぎってしまう。


 もし沼部先生が戻ってきて壺が無くなっていることに気が付いたらどうなる? 自分たちを真っ先に疑うのではないか?


 そんな焦燥に駆られて翌日も教室の席で唸っていると、三田さんが心配そうに「昨日から様子がおかしいけど、どうかしたの?」と話しかけてきた。


 自分一人で抱え込むことに限界を感じた彼は、彼女にここまでの事情を話したのだった。経緯を聞いた三田さんは「そんなことがあったんだ」と眉をしかめたが「別に高輪くんは壺を持って行ったわけじゃないんでしょう? 気にしても仕方ないよ」と慰めの言葉をかけてくれた。


 しかしその彼女がさらに翌日、思わぬ情報をもたらす。高輪くんの携帯電話に三田さんが『もしかして無くなった壺ってこれと関係しているのかな?』と画像を送信してきたのである。


 それはあるSNSの投稿をスクリーンショットで保存したものだった。内容は『都内の高校生であることを匂わせている匿名ユーザーが学校の教師が大事にしている壺を盗んだことを武勇伝のように語っている』という彼にとって引っかかる文章だ。


『うちの部活の顧問教師が日頃からつまんないことで揚げ足をとって説教してくる。この間も部員が大会の打ち上げにカフェバーに寄ったら、たまたま酒を出す店だったというだけで信じられない勢いで説教していた』


『でもその陰険教師、自分の趣味で集めている骨とう品を学校に持ち込んで保管しているんだよな。公私混同していて頭にきたから、そいつが大事にしている壺をがめてきたわ』


『調べたら古伊万里の壺みたいで結構値段するらしいんだよね。売るつもりだから高く買い取ってくれる店、知らない?』


 こんな犯罪を自慢するような文面が並んでいた状況だった。


 これには流石に非難の返信が集中しており『ネタで言ってんの? 本気なら警察に通報だよ』『何でこんな痛々しいことを堂々と語ってんだ、こいつ』『壺を売るより先に、社会に喧嘩を売ってんじゃねーか』というような調子で文章が書きこまれてから数時間で軽く炎上している様子だ。


 驚いた高輪くんは画像に映っていたSNSで問題のアカウントを検索して見たが、件のユーザーは騒ぎになることを恐れたのか既にアカウントを削除している。


 しかし文面の内容からしてどう考えても、これは自分たちの学校の陸上部の人間ではないか。彼は中延と長原に問題の画像を見せて「誰かがあの壺を盗んだらしい。心当たりはないか」と訊いてみたが、彼らの反応は驚いてはみせたものの「わかるわけないだろう」「おまえこそ、こいつと関係していないだろうな」という冷淡なものだった。



「そう。SNSでそんな書き込みをしていた人がいたわけね。確かにタイミングからして偶然ではなく、壺を盗んだ犯人がその匿名ユーザーという可能性が高いわね」


 星原は形の良い眉をしかめつつ、高輪くんの携帯電話に表示されたSNSの画像を見つめていた。僕はふと気になって高輪くんに尋ねてみる。


「そういえば沼部先生は? 法事から戻ってきたはずだよな。壺が無くなったことには気が付いていないのか?」

「毎日、壺を見に行っているわけではないですからね。幸いまだ気が付いていないのか、何も言ってきていないようです」


 眼鏡の奥の虚ろな目線を下に向けた彼は意気消沈しながらもぼそぼそと答えた。三田さんがそんな彼の言葉を補足するように続ける。


「でも、無くなったことに気が付いたら犯人扱いされるんじゃないかと不安になっていまして。疑心暗鬼で中延くんたちとも気まずくなっているんです。私は心配しなくても、やっていないのなら気にすることはないんじゃあないかと思っていますが。……それで、教室でそのことを話していたら日野崎さんが気遣って声をかけてくれたんです」


 ここで巴ちゃんが「えへへ」とはにかみながら軽く手を挙げた。


「月ノ下さんたちなら力になってくれるんじゃないかと思って。こういう面倒ごとに巻き込まれたときにいつも何とかしてくださいましたし」


「ご期待にそえられるかどうかはまだわからないけどね」と僕は肩をすくめる。


「でも、仮にこのアカウントの主が壺を盗んだ犯人なのだとしたら。たまたま高輪くんたちが壺に悪戯をしようとするのと同じタイミングで倉庫に入り込んで持ち出した、ということなのかしら。ちょっとした偶然ね」


 星原が疑問げに呟いたところで「それなんです」と高輪くんが僕らを見つめ返した。


「つまり、ひょっとして僕ははめられたんじゃないかって」

「はめられた?」


「はい」と反芻した彼女に彼は重い表情で頷いた。


「中延たちはクマベに理不尽な扱いを受けたことをしきりに悔しがって、僕を煽っていた。いや復讐したいと考えていたのは本当かもしれない。でもそれだけじゃなかったんじゃあないかと考えているんです」


 何を言わんとしているのかいまいち解らずにいる僕らの前で、高輪くんはさらに自説の主張を続ける。


「落書きをするくらいなんて悪戯で済ませるんじゃあなく、本当は盗んでやりたかった。そして金に換えれば自分の利益にもなる。だけれどもそこまでやれば大事になる可能性があるし、バレたら退学になるかもしれない。……つまり復讐はしたいが、バレて処分されるようなリスクは冒したくなかった。それで僕にわざと『最初に鍵を開けさせる役』をさせたんじゃあないか」

「要はこう言いたいのか。その中延くんと長原くんが犯人で、君に罪を押し付けようとしていた」

「ええ。だってそうでしょう。なんだかんだで中延たちは壺が無くなったときに出入りしていたけど、それは誰に見られていない。でも僕は職員室の管理表に名前を書いてしまっている。無くなる前に倉庫に入り込んでいた証拠を僕だけが残している。この状況で中延たちが犯人は僕だと証言したら、どう反論すればいいんですか。三田さんの証言だってどこまで信じてもらえるかわかりませんし」


 彼は青ざめた顔で身を縮こまらせていた。


 なるほど、仮に壺を盗んだと語っているアカウントが中延くんか長原くんなのだとしたら。高輪くんを巻き込むことで、自分たちは証拠を残さずに倉庫という密室に入り込むことができたという見方もできる。


 つまり復讐を達成し、壺を売りさばくことで利益を得て、疑われる危険は高輪くんに押し付けられる。一石二鳥どころか一石三鳥というわけだ。


 僕は高輪くんをなだめるように静かなトーンで声をかける。


「状況はわかったよ。君がやっていないというのなら調べてみて何とか無くなった壺の手掛かりを探してみよう。……巴ちゃんの頼みでもあるしね」


 名前を出された彼女は愛らしい瞳を僕に向けつつ「すみません。でも頼りにしていますので」と頭を下げた。年下のいたいけな女の子にこうも慕われると断りにくい。


「まあ、私も協力はするけれど」


 星原は基本的には自分のペースを大事にするところがあるが、懐かれている巴ちゃんからの話となると無下にはできないらしく苦笑いしつつ承諾してみせた。


「じゃあ、明日の昼休みにでもその陸上部倉庫を見せてもらおうか。何かわかるかもしれない。それから高輪くん、その中延と長原という二人の同級生からも話を聞きたいから、紹介してもらえないかな」


 彼は僕の提案に「はい、それでは二人にも明日の昼休みに来てもらうように頼んでみます」とすがるような目で頷いてみせる。


「まあ、私はそんなに心配していないですが。よろしくお願いしますね」


 対照的に三田さんは明るい声で軽く頭を下げて立ち上がり、「それでは」と巴ちゃんと高輪くんも一緒に部屋を後にしたのだった。


 二人だけになったところで、星原は「ううん」と小さく唸ってみせる。


「高輪くんは同級生の二人を疑っていたけれど、実際のところどうなのかしら」

「彼の言うとおり、動機もそろっているし二人で口裏を合わせれば自分たちが入ったときには無くなっていたと主張することは可能なんだよな。タイミングを思うと怪しいのは確かだ」 

「ええ。ただ、仮にだけれど。もしも彼ら以外に犯人がいるとしたら。その人物は高輪くんたちが沼部先生の大切な品に落書きをするために倉庫に入ることを知っていたことになる」

「そうだとすると彼ら三人に罪をかぶせることを目的としていたという可能性もあるな。もっとも問題は彼ら以外に復讐の計画を知っていた人間がいたのかってことだが。まあそのあたりも含めて明日調べてみるよ。しかし制服姿で酒類を出す店に出入りする生徒がいたと思えば、先生の私物を盗む生徒までいるとはね。こういうアウトローな行動をとる一部の人間のせいで校則がまた厳しくなったらたまらないな」


 彼女は僕の言葉に「そうね。でも……」と相槌を打ってからで悪戯っぽく笑って見せる。


「ルールや雰囲気をわきまえない行動をとる人は困るけれど、誰かさんもたまには男の子として少しは行動的になってほしいな、なんてね」


 僕は彼女の言葉に「コホン」と咳払いをして場の空気を誤魔化したのだった。

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