群星のアストラル・ベガ 〜信仰=力のスキルを獲得したので、世界を救うために超巨大宗教教団を作ります!
春出唯舞
第1話 死んだと思ったらなんと生き返って、ついでに何やらすごい能力も手に入れちゃいました。
青草の臭いが鼻腔を貫く。僕は地面に倒れている。
まだ陽が登りきっていない夏の日の涼しい朝に、僕は死んだ。
いつものように、村から少し離れたところにある牧場で飼っている家畜の様子を見に行った時だった。朝のルーティーンをこなしている時に背後を取られ、喉を掻き切られた。
一緒に様子を見に行っていた幼馴染のリトシーの叫び声が耳の奥で木霊している。僕が最後に聞いたのは、首から血を吹き出しながら倒れていく僕を見た彼女の叫び声だった。
だんだんと自分の体が冷たくなっていくのを感じ、そして僕は息絶えた、はずだった。
「う、う〜ん」
まるで今まで仮眠を取っていたかのような間抜けな声で僕は目を覚ました。
そしてすぐに事態を理解する。僕は生き返ったのだ。
首元に手をやる。さっきまで短刀の冷たい刃の感触があったが、そこに刺し傷は無かった。だけど血は流れていたようで、僕の血が首元と服、地面に付着している。血は既に乾いていた。
この出血は確かに首の傷から流れたものだ。だけどその傷は消えてしまっている。おかしなことの連続だ。だけど一番おかしな点、僕が生き返ったことに比べれば、そんなに大したことではないのかもしれない。
その時、ふと思い返した。リトシーは一体どうなったのか。異常事態が起きた自分の身体のことで頭がいっぱいになっていた僕は自分のことは一旦置いて、村の方向に振り向いた。
村は炎に包まれていた。僕が生まれてから、この日まで育ってきたカロン村は誰かが放った炎で焼かれていた。
僕は全速力で村へと向かう。誰がこの村に火を放ったのかを突き止めて、一刻も早くそれを止めなくては。
牧場にはリトシーの姿はなかった。あるのは僕と同じように首元を掻き切られた家畜だけ。リトシーは殺されていない。村を襲撃した連中に連れ去られたのだろう。おそらくリトシーはカロン村にいる。
カロン村へと通じる道を走る。道中では村人の死体が何体も転がっていた。カロン村は村人が百人にも満たない小さな村だ。だから村人の全員とは顔見知りだ。当然死体となって倒れている人とも面識がある。近くで倒れているのは、僕が小さい時によくお菓子をくれた、ちょっと怪しいけど優しいおじさんだ。
村の皆が心配になる。この死体を見てしまうとリトシーが無事であると確信を持てなくなる。それだけじゃない。父と母の安否も心配になる。僕は皆の無事を祈って足に力を込める。
カロン村の中央部にたどり着いた。途中襲撃犯と鉢合わせになる危険もあったが、それは杞憂に終わった。襲撃犯は全員カロン村中央の広場に集まっていたのだ。だから僕はバレずにここまで来ることができた。
襲撃犯は全員武装をしていた。強固な鉄の鎧と兜を身につけ、腰には片手剣を提げている。戦争でも起こそうというような出立ちだ。それに鎧に付いているあの模様、あれは隣の大国スカイディア帝国の模様だ。
話が少しずつ読めてきた。隣国のスカイディア帝国はついにここ、ベルーサ連合同盟に戦争を吹っ掛けることにしたのだ。その前哨戦として、スカイディア帝国側に面しているカロン村を襲撃することにした。
中央の広場には大勢の村人が集まっていた。彼らを取り囲むように、武装したスカイディア帝国兵が立っている。彼らの手にはボウガンが握られている。もし逃げ出そうものなら、ボウガンで狙い撃たれてお陀仏だ。
中央に集められた村人には父と母の姿もあった。父と母は帝国軍の兵士に心底怯えている。僕はその様子を近くの建物の陰から眺めることしかできない。
村人の中にリトシーの姿がないことに気づいた。リトシーは村人達から少し離れたところで一人両手を後ろに縛られていた。リトシーのすぐ近くに帝国兵が二人立っている。監視というよりも護衛のほうが近い。
なぜリトシーだけ? と疑問に思うが、それはすぐに解決することになる。
村長の家から一人の男が現れた。男は二十代くらいの男性で、他の帝国軍兵士とは違って鎧を身につけておらず、代わりに赤色のローブを身に纏っている。当然カロン村の住人ではない。
村長の家の前に立っていた兵士が赤ローブの男に話しかける。
「オスカー隊長、具合はどうでしたか?」
金髪ロングヘアーのオスカーは髪をなびかせて答える。
「やはり田舎娘は駄目だな。顔と体は悪くなかったが、まるで気品がない。豚を抱いているみたいだった。次第に腹が立ってきたから、出し終わった後に腹を割いてきた」
そう言ってオスカーは右手に持っているナイフをこれみよがし見せつけてきた。ナイフの刃は血塗れている。
「それは気の毒でしたね」
「ああ、本当に」
兵士の顔が一瞬強張る。お前じゃねえよ、という心の声が読み取れる。
オスカーはリトシーに近づく。そして彼女の頬を優しく触り、顎をクイっと持ち上げる。
「お前はこの村の中で一番いいツラをしているから、特別に生かしておいてやる。俺好みに調教してやるぞ。光栄に思え」
「誰があなたに……、ミナにひどいことをしたあなたに付いて行くものか!」
確かに広場にミナの姿は無かった。ミナはリトシーと同じくらい綺麗な女の子だった。よく同い年の男友達の間で、リトシーとミナのどちらがタイプか話し合ったものだ。僕はリトシーを選んだが、ミナを選ぶ者も少なくなかった。
リトシーとミナはオスカーに気に入られたのだ。そしてオスカーはどちらかを犯すことにして、ミナが選ばれた。ミナは行為後、ナイフで殺されたのだ。ミナの惨たらしい死体が村長の部屋のベッドに横たわっているに違いない。
オスカーは涙目になっているリトシーを鼻で笑う。
「そういう反抗的な態度は嫌いじゃない。その強気な姿勢がボロボロに崩れる様子を見ると興奮するんだ。こんな風にな」
そう言って左手を広場の村人達に向ける。手のひらを広げると、火種も何もない空間から突如火の玉が発生する。
魔法だ。人類が未だ解明できていない奇跡の秘術。それが今繰り広げられている。
火球はどんどん大きくなっていき、一瞬にして半径五メートル程度の大きさまで膨れ上がる。火の玉というよりも極小の太陽に近い。
この場にいる全員がオスカーの意図を理解した。広場にいた兵士は村人から距離を取る。攻撃に巻き込まれないためだ。オスカーはリトシーを見る。リトシーは叫ぶ。
「やめて!」
「もう遅い」
オスカーは火球を放った。
僕はそれを止めようと咄嗟に陰から出て、叫ぶ。
「やめろぉ!」
しかし火球が止まることはなく、灼熱のエネルギー弾は広場に集められていた村人のところに激突し、大きな爆発と衝撃を与えた。
数十人の村人がいた広場には焼け焦げた地面と塵だけが残った。地面は抉れて大きな窪みが出来ている。それだけで火球が凄まじい威力を誇っていたことが窺える。
僕はその凄まじさに唖然とする。帝国軍の兵士もポカンとしている。しかしそれは火球の威力ではなく、突如として現れた僕の存在に対してだ。
「生き残りが隠れていたのか。殺せ」
オスカーの命令に従って近くにいた兵士の一人が近づいてくる。腰の鞘から片手剣を抜き、僕に斬り掛かる。僕は思わず両腕を出してそれを防御しようとする。剣の斬撃を腕で止められるはずがないのに。
だけど何故か、兵士の剣は僕の両手に触れるギリギリのところでビタっと止まってしまった。相手が情けを掛けたわけではない。時が止まったかのように兵士の剣が、僕に触れる一瞬手前で止まったのだ。
僕と同様に相手の兵士も動揺している。力を入れるが剣はそこから全く下りない。仕方なく剣を抜き、再び斬り掛かる。
さっきのような超常現象でまた命が助かる保障はない。今度はこっちからだと思い、僕は右手に拳を作り、兵士に殴りかかった。無謀はもとより承知の上、ここで逃げてリトシーを取り戻せなかったら、彼女に待ち受けているのは地獄だ。彼女が幸せになる可能性が少しでもあるのなら、僕はその可能性に賭けたい。
僕の右手と相手の剣がちょうど触れたその瞬間、相手の体に斬撃が走った。袈裟斬りにされた相手は自身に身に何が起きたのか理解することもないまま、地面に倒れた。
帝国兵士の間で動揺の声が上がる。
「魔法を使ったのか?」
「いや、こんな田舎村のガキが魔法を使えるはずがないだろう」
「じゃああれは一体なんだっていうんだ」
パン!と大きな音で周囲は静かになる。僕も含めて皆がその方を向く。音の主はオスカー。オスカーが手を叩いた音だった。
「魔法を防ぐ魔法か。面白い。こんな辺鄙な村の小僧がそのような大層な魔法を扱えるとはな。じゃあこれはどうだ?」
オスカーはさっきと同じように手の平から炎の球を生成して放出する。大きさは前よりも小さい。小手調べということだろう。
僕を魔法使いと勘違いしているが、生まれてこの方僕に魔法の心得はない。さっきのは全くの偶然なんだ。なぜさっきの攻撃を止めることができたのか、僕は皆目見当がつかないのだ。
火炎は僕の眼前に迫ってくる。そしてやはり、僕に触れるギリギリのところで火球は忽然と消えてしまった。
それを見てオスカーは恐れるばかりか、むしろニヤリと笑う。
「ほう、ではこれではどうだ?」
オスカーはリトシーを突き飛ばし、両手を構える。今度現れた火球は広場に放ったものとは桁違いの大きさを誇っていた。大きさはおよそ二倍。体積と威力が比例関係にあるとしたら、村の人達を塵にしたあれの二倍程度の破壊力が僕を襲うことになる。
火球が目の前にやってくる。まるで太陽が僕に目掛けて飛んできているみたいだ。僕は本当にこの時死を覚悟した。
だけどやはり、火球は僕に触れる寸前に消えてしまい、そして火の玉を放ったオスカーが視界に入る。
しかしオスカーはこの状況に危機感を覚えるどころか、むしろ高らかに笑い、僕に興味を示してくる。
「ははははは。お前、面白い魔法を持っているな。この村の住人はあそこの女以外、皆殺しにする予定だったが、気が変わった。お前も特別に生かしてやろう」
オスカーは僕の意見も聞かずに、勝手に色々と決めてくる。父と母を殺し、リトシーを連れ去ろうとする男に、なぜ付いていかなくてはならないのだ。少しずつオスカーに腹が立ってきた。いや、これは殺意だ。僕はオスカーに明確な殺意を抱いている。その時、どこからか声が聞こえた。
『右手をあの男に向けて構えてください』
明瞭に聞こえる女性の声。辺りを見渡すがそれらしき人は見当たらない。他の人達には聞こえていないようだ。僕の脳内だけに直接呼びかけているらしい。
『右手をあの男に向けて構えてください』
再び脳内に指示が入る。ここまで分からないことだらけの連続だ。仕方なく僕はその声に従って、右手をオスカーに向ける。
腕を向けられたオスカーは怪訝な顔をする。
「おい、何の真似だ」
僕はそれを無視し、声の指示通りにする。
『右手の人差し指と中指だけ伸ばして、「リリース」と唱えてください』
「りりー、す……?」
その時人差し指と中指の先端から赤く燃え上がる火炎が現れた。それはオスカーが僕に対して放ったものと全く同じ姿形をしていた。それは指先にいるオスカー目掛けて飛んでいった。
油断しきっていたオスカーは予想外の反撃(僕は反撃するつもりは一切無かったのだが)に対して咄嗟に反応することができず、僕の指先から発射された火球を避けることができなかった。火球はオスカーを包み込み、そしてオスカーの背後にある村長の家に激突する。村長の家は大きな爆発音とともに爆散した。
僕は確かにあの時死んで、そして生き返った。生き返るだけでも十分奇跡に近いが、その時神様は何か手違いを起こして、僕にこんな異能を授けたのかもしれない。
だがこの時僕はまだ知らなかった。生き返りやこの能力など、僕が得た本当の力に比べたら瑣末なものだということに。
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