第5話
「おつかれー。待った?」
客で溢れる店内のカウンターにエマを見つけたリサが、いつもの調子で声を掛けてくる。
「ううん、お店に入ってから5分も経ってないよ。」エマが返事をする。
仕事終わり金曜の夜。久方ぶりにリサに誘われて、二人がよく利用するレストラン・バーを訪れていた。
伝統料理のフェジョアーダを若者向けにアレンジして出すカジュアルな店で、いつも賑わっている人気店だ。
「あ、おねーさん、カイピリーニャを2つ!ひとつはアルコール弱めでお願い!」
リサが少し離れた所にいるグラマラスな女性店員に注文すると、店員はニコリとウインクを返してきた。
カイピリーニャとは、サトウキビを原料とした蒸留酒にライムと砂糖を加えて作る、甘くて強い、この国の伝統的なカクテルだ。
エマにとっては度数が強すぎるので、いつもアルコール薄めでオーダーする。
「エマとふたりで飲むの、久しぶりだね。」
「そうだね。コウセイさんが来てから忙しかったから。」
ふふっとはにかむエマ。
「研究は順調なの?」
「うん、コウセイさんが開発したシステムのロボットへの組み込みが完了してね。これが想像以上の成果を出してくれてるの。」
コウセイが研究室にアサインしてから四ヶ月。機嫌の良さそうなエマの様子にリサも安心する。
「となると、コウセイくんを紹介したあたしの功績も大きいわね!」
「本当にそうね、繋いでくれてありがとう、リサ。」
丁寧に礼を述べるエマ。
金色のショートボブとその美貌からにじみ出る知的な雰囲気が、南国の活気溢れる若い男性からみると殊更魅力的に映る。快活な表情のリサも男性に受けがよく、二人でいると声を掛けられることも多い。
そして男性を上手にいなして追い返すのはもっぱらリサの役目だ。
「今日はそういうの、いらない日なんだよね。ごめんねー。」
「今日じゃなきゃいいの?」
「まぁ、気分次第ね・・!」
目を細めてニヤリとするリサだった。
「それよりさー、コウセイくんとはどうなの?もう言い寄られた?」
「・・・そうくると思ってたわ・・・」
付き合いが長い二人。リサが何を言い出すかはよく分かっている。
「残念ですけど、リサが期待するようなことはありません!」
「ホントかなー?・・・コウセイくんていいやつだと思わない?いっしょにオンラインゲームやってると思うんだ、よくサポートしてくれるし、尽くしてくれるタイプよね?」
何を言わせようとしているのか。
「・・・真面目で立派な研究者ですよ。実力もあるしね。」
「そして美少女・エマのために研究を支えてくれるのね。」
「コウセイさん自身が、進むべき道を自分で選んで来てくれたのよ。自分のため、仲間のため、世界の人々のため、よ。」
あくまで正論で返す。
「やっぱいいヤツじゃん。あたしさ、思うんだ。エマって時々研究に夢中になって突っ走っちゃうところがあるじゃない?そういうときに、コウセイくんみたいにサポートに回ってくれる人がそばにいると安心よね。」
「う〜、突っ走っちゃうてとこは反論できないけどね。でも、だからって他人に頼るのは良くないでしょう?」
痛いところを突かれはしたが、それとこれとは別問題だ。
「自助努力は大事だと思うよ?でもね、助け合いもまた人間としてあるべき姿よ。信頼のおけるパートナーとか、家族とか、手を取り合い助け合って生きていく。尊いことだと思わない?」
「それはありがたい事だと思う。」
自分に力を貸してくれたエレナのことを思う。
「仕事は完全無欠のエマさんも、私生活では誰かを必要としている。あれ?尽くすタイプのコウセイくんがぴったりハマるんじゃ・・・!?」
「今日はそういう風に結論づけるわけね。そんなにコウセイさんを持ち上げるなんて、本当はリサの方こそコウセイさんに気があるんじゃないの?」
エマが反撃の狼煙を上げる。
「あーあたしはホラ、それこそ尽くす女でしょ?コウセイくんと同じタイプで相性悪そうだから。」白々しく言ってのける。
「そうだっけ?なら私とリサが付き合えば、一番手っ取り早いじゃない。」
およそエマらしくないことを真面目な顔でしれっとつぶやいた。意表をつかれたリサが吹き出す。
「ぶっ!・・あははっ、そう来る?あーそうね、そりゃ違いないわ。そうしよっか!?」
今度は二人して笑い出した。楽しい夜だ。
女性店員がカイピリーニャを運んできた。カクテルグラスを受け取る。
「はー、今日はエマに負けたわ。じゃ乾杯しましょ!」
グラスを掲げる。
今ごろコウセイはくしゃみをしているに違いない。
■ ■ ■
エマは夢を見ていた。
久しぶりにリサと楽しい時間を過ごした一週間前の週末の夜の夢。
リサったら、私にコウセイさんがどうのってしつこかった。
そんなに繰り返し言われると、人間って意識しちゃうものなのよ・・・
コウセイさん・・・
「・・・!」
エマが目覚める。周りを見渡す。仄暗いフットランプに照らされた、見慣れない天井と壁が見える。心拍を図るディスプレイが備え付けられ、右腕に点滴のチューブが取り付けられている。入院患者用の物に着替えさせられ、ベッドに横たわっていた。
どうやら病室に居るらしい。頭がぼんやりしているが少しずつ思いだす。
研究所のソファーで眠り込んでしまって、朝起きたらコウセイさんが机で寝てて・・・私は朝食の準備を・・・
そうだ、あのあと私は急に胸が苦しくなって倒れたんだ。そこからあとの記憶が無い。気を失って運ばれたってことか・・・
多分、コウセイさんが助けてくれた。迷惑かけちゃったな・・・謝らないと。
リサの言葉が浮かぶ。
コウセイくんみたいにサポートに回ってくれる人がそばにいると安心よね。
(でも、私は・・・)
病室の時計が微かに光っている。午前2時。意識は明瞭とは程遠い。朝まで休ませてもらって、起きたらみんなに謝ろう・・・
何故倒れたか、という疑問は無い。自分の体のことをエマは把握している、つもりだった。だが想像していたより遥かに良くないようだと自覚した。もう避けようが無くなりつつある自分の体の異変のことを、少し悲しく思いながら再び眠りに落ちていった。
■ ■ ■
朝が来て、再び目覚めたエマの耳に飛び込んできたのはリサの怒声だった。
「・・・コウセイくんに謝って!」
看護師の制服を着たリサが顔を真赤にして怒っている。二日間研究室に泊まり込んで作業していた事は、問い詰められて正直に説明している。
「ごめん、リサ・・・」
「あたしじゃない、コウセイくんによ!」
「リサさん、落ち着いて。僕にも責任がありますから。それよりもエマさん、体調はどうですか?」
「コウセイさん、ほんとうにごめんなさい・・・!」
昨日の日曜日の朝。物音に気づいて目覚めたコウセイが見たのは、真っ青な顔で震えて倒れているエマだった。
浅くなっている呼吸にゾッとした。だが事は急を要する。すぐに緊急医療用AIを起動。迅速にスキャンを実行した結果、何らか処置をするよりも救急病院への連絡が最優先と診断され、そのままAIに連絡させた。幸いにも研究施設内に病院が併設されており、速やかに収容することができた。
だが、日曜日ということもあり病院スタッフの人手が少ない。エレナもソフィアも出張ですぐにはもどれない。必然的にコウセイが付添人となった。日が明けて月曜日の朝。こうしてリサが出勤し今に至る。
「薬、効かなくなってきた?今回で三度目だよ。」
「あ、うん・・・」
「・・・もうすぐ外来診療がはじまるからあたしは行くけど、もう絶対無理しちゃだめだよ、エマ。」
「わかったわ。リサ。」
リサの怒りの感情は少し収まり、替わりに悲しみの感情が現れていた。
「コウセイくん、エレナさんが来てくれるそうだから、それまでもう少しお願いします。」
「はい、わかりました。」
リサが仕事に戻るため、病室を出ていく。言葉は短く、いつもの軽妙さは微塵もない。こんなリサを見るのは初めてだ。
薬?何のことだ。三度目ってなんだ?
不穏な空気を感じ、コウセイの胸がザワつく。
一方、エマの心は悔恨に沈んでいた。
「少し落ち着いたみたいで良かったです。エマさん。」
リサの言う薬については一旦脇に置き、話しかける。
「コウセイさん、私・・・!」
「大丈夫、今は休んで下さい。それこそまたリサさんが怒っちゃいます。」
エマは言葉を飲み込んだ。今は何を言っても言い訳にしかならない。
「僕たちはチームだってエマさんが言ってくれたんですよ。心配しないで。」
「はい・・・」辛うじてその返事だけ絞り出した。そして心の中で思う。
コウセイさんってこんなに落ち着いた人だったかな・・・
なんだかとても大人と言うか、いや、そもそも私より歳上なんだけど・・・
コウセイが日本を出て四ヶ月。彼も少しずつ変化していた。エマという才能を目の当たりにし、助けられ、認め合い、研究を続けてきた。そのことがコウセイを強く刺激し、仲間にも恵まれ、結果を出した。失われていた自信を取り戻す事ができた。
自信が深まると今度は視野が広がった。すると疑問が湧いた。最初はただ自分の技能を発揮し、求められるままロボットの開発に勤しんできたが、漠然とした空虚さを感じるようになる。これは何だ?
その気持ちの正体は、自分のマインドアップロード技術に対する無知さだった。
エマは話してくれた。彼女の両親は、マインドアップロードで苦しむ人を救おうとしていたと。マインドアップロード技術でそんなことができるなんて発想は自分には無かった。それ以前に自分はマインドアップロードについて何も分かっていない。知らないことが多すぎる。
コウセイはまだまだ自分は未熟だ、と自覚する。それが謙虚さにつながっている。エマはそんなコウセイの変化を感じ取り、落ち着いている、と表現したのだった。
「大丈夫!?エマ!」
病室のドアが開き、ソフィアとエレナが到着した。出張の日程を繰り上げて戻ってきた。エマに駆け寄ったソフィアが彼女の手を握る。
「もう、何やってるのよ、私とエレナさんがいつも無理するなって言ってるのに・・・!」ソフィアが姉御肌でエマをたしなめる。心配しているのが良く分かる。「ごめんなさい、ソフィアさん・・・エレナさんも・・」
コクリ、とうなずくエレナ。
「キリヤマくん、エマに付いていてくれてありがとう。本当に助かったわ。」
エレナは、エマを叱るのをソフィアに任せ、コウセイの労をねぎらった。
「いえ、無理矢理でもエマさんを家に帰すべきだったんです。それをしなかった僕に責任があります。」
「そんな事はないわ。エマももう、一人前の大人なんだしね。」
室長たる厳しさと、母親のような優しさの間で揺れ動く口調だった。
「あなたも疲れたでしょう。今日は休んでも構わないわ。土日は休日出勤、今日は特別休暇扱いにするけどどうする?」
状況は事前に概ね伝えていた。コウセイにとっては、ここでひとまずお役御免として良いタイミングではある。
「そうですね、エレナさんたちが来てくれたので、そうさせてもらおうと思います、が・・・その前に、ちょっと伺いたいことがありあます。」
廊下へ、とエレナを誘う。
「さっきまでリサさんが来てたんですが、そのときにエマさんに薬の効き目について指摘してたんです。それと、今回で三回目だとか。なんの事かわからないけど嫌な予感がして、気になってしまって。」
それを聞いたエレナは、しばし沈黙した。
(リサちゃんがキリヤマくんのいるところでそれを言ったのか・・・彼を信頼してるのね。あの子も私と同じ気持ちみたいね。)
その時、エマの担当医師がやってきた。エレナが軽く挨拶し、礼を述べる。コウセイも合わせて会釈する。
「ご無沙汰してます。モーリスさん。ヤマグチさんの検査結果が出たのでお話ししておきたい事があります。今、お時間よろしいでしょうか。」
「はい、わかりました。伺います。」
エレナに話を聞く機会が失われてしまうと思ったコウセイは追い縋った。
「エレナさん、後で時間を作ってください!」
「・・これはエマ個人の事だから、あの子に話を通す必要があるわ。」
「だったらそうしてください。僕がエマさんと直接話すよりも、間に入ってもらう方が良さそうな気がしますし。」
「心配してくれるの?」
「もちろんです。彼女は僕らの大切なリーダー・・・ですから。」
そこでコウセイは軽く沈黙する。そして自問する。
チームに対するリーダーだから、か?
「夜には連絡するわ。でも、まずはあなたも休んだ方がいい。ひとまず任せて、ね。」
エレナが優しく微笑む。
「・・・はい、よろしくお願いします。」
■ ■ ■
病院から自宅に戻ったコウセイは、自分が疲れていたことにようやく気づき、ベッドに横になった。出かける前に、洗濯して敷き直しておいたシーツが心地よい。
研究施設の敷地内にある、きれいだがこじんまりとしたワンルームマンションを借りていた。小さなキッチンと最低限の水回り、ベッドとデスク、ラップトップコンピュータ以外には何もない簡素な部屋だ。物が少ないので片付いているが、殺風景でもある。
コウセイの脳裏に様々な思考が去来する。
(あの病院の先生、エレナさんとは見知った様子だったな・・・エマさんの主治医なのか。)
(薬の効き具合・・・三回目・・・今回のようなことは初めてじゃなさそうだ。)
(過労で倒れたんだと思っていたけど、そうじゃない・・・)
そんなことを考えながら、ウトウトと浅い眠りについた。
手首に巻いたスマート端末がぽん、と鳴り目が覚める。エレナからメールが届いていた。午後18時を回っている。
内容を確認すると、返信もせずまっすぐキッチンの冷蔵庫に向かった。中からレトルト食品とミネラルウォーターを取り出し、手早く空腹を満たす。
5分後には部屋を後にしていた。
「もう着いたの?ずいぶん足が早いのね。」エレナが苦笑する。
コウセイが向かった先はメールで指示された研究施設内の共同のミーティングルームだった。研究室ではなくこの場所を指定したということは、少なくともまだ他のメンバーの耳には入れるつもりがない、ということか。エマの意思確認はできているのだろう。
「まぁ、そもそも距離的に近いですから。それよりも、エマさんの様子はどうですか・・・?」
心臓の下のあたりが重い。
「メールにも書いたけど、ひとまずは落ち着いてる。念のため数日入院して、それから復帰するわ。」
「とりあえずはよかったです。ですが・・・エマさんが倒れた理由は過労などでは無いんですか?」
エレナからの返事を待つ。多少の逡巡があるのか、沈黙が空気を支配した。
「・・・今から話すことは、研究室の関係者の中ではエマ本人を除くと私とリサちゃんしか知らないわ。ソフィアも知らないことよ。いずれは全員に明かす必要があるけれど、それはまだしばらく先。だけど、キリヤマくん、あなたには今話すわ。」
コウセイの緊張が高まる。
「エマのご両親が亡くなっていることは知っている?」
「・・・?はい、実は一昨日、その話をエマさんとしたばかりなんです。」
「そう・・。死因については?」
「事故とは聞きましたが、詳しくは・・・」
なぜ、その話が出てくる?しかし、詮索していては話が進まない。黙って聞き続ける。
「本当は事故ではないの。・・・本当の死因は、爆破テロに遭遇してしまったからなのよ。」
絶句するコウセイ。体が硬直する。息を呑んでエレナを見つめる。
「聞いたことは無いかしら。7年前、フランスで起きた世界初のナノマシン・テロ。」
「”灰のナノマシン”ですよね。概要くらいなら知っています。」
灰のナノマシン事件。とあるテロリストグループが起こした無差別爆破テロ事件だ。
政治家の汚職、難民と宗教問題、他国への軍事介入、貧富の差。政府への不満を爆発させた少人数の犯行グループによるテロ行為で、パリの大きなショッピングモールが爆弾で爆破された。
背後に大きな組織が存在したわけでもない、テロとしては小規模な事件だった。
だが、使われた爆発物が問題だった。破壊対象のそばにいる人間に対して、爆弾の内部に仕込まれたナノマシンを散布する機構が組み入れられていたのだ。
ナノマシンとは、ナノサイズのテクノロジーで組み上げられた微小な機械群を指す。人体よりエネルギーを摂取し、組み込まれたアルゴリズムに従い自律的に行動する能力がある。
爆発による衝撃で命を落とさなかったとしても、体内に侵入したナノマシンが人間の内部を攻撃し、遂には死に至らしめる。凶悪な手段が用いられたテロだった。爆風による粉塵と灰の中にナノマシンが潜んでいたことから”灰のナノマシン”と呼ばれるようになる。
一体どのようにしてナノマシンを入手したのか、犯行グループの逮捕後に警察による入念な捜査が行われた。
NATOと対立するユーラシア大陸のいずれかの共産主義国家から流れてきたらしい、という所で捜査の糸が途切れた。流れてきたのか流されたのか、真相は不明だ。
「エマの母親の母国がフランスでね。彼らが休暇を取って一時帰国していたときに、不幸にもその場に偶然居合わせて、巻き込まれてしまった・・・」
悲しみに満ちた声で、うつむきながら語るエレナ。
「そのテロの現場に、エマの両親がいた・・・」
「両親だけじゃないわ。・・・エマもいたのよ。その場所に。」
心臓がドクン、と脈打つ。
・・・今なんて?
エマさんが?そのテロの現場に?
「父親と母親が身を挺してエマをかばった。そのおかげでエマは爆風に晒されずに済んだ。でも・・・」
まさか・・
「ナノマシンからは逃げられなかった。浴びてしまったのよ。灰を。」
そんな・・・
「ナノマシンが体内に侵入したことはすぐに分かった。治療が行われて一命をとりとめたわ。」
首筋を、汗が流れる。
「だけど、その時の医療技術では分からなかったの。ナノマシンが体内に潜伏し、活動を一時停止していたことが。」
再びドクン、と心臓が脈打つ。
「通常の細胞に偽装し、時間をかけて増殖し、全身に広がっていった。これはただのナノマシンじゃない。ウイルスに酷似した機能を持つ、ナノマシン・ウイルスだ。後になってそれがわかったとき、ナノマシンは恐ろしく高度に進化した存在に変容していた。」
どうして、なぜ気づかなかったんだ?
「対抗措置として、すぐにナノマシン・ワクチンが開発され、投与されたわ。効果はあった。ナノマシン・ウイルスを次々に駆逐していった。でも、ナノマシン・ウイルスは驚異的な自己進化能力を持っていた。」
やめろ
「ナノマシン・ウイルスとナノマシン・ワクチンはお互いを滅ぼし合い、自己進化を続けていった。研究開発が進むに連れて、徐々にワクチンの方が優位に立つようになった。でも間に合わなかった。エマの体の細胞は、取り返しがつかないほどに破壊されてしまったの・・・」
やめてくれ
「今日、病院の先生から診断がでたわ。・・・・・・エマの体は、持ってあと1年よ・・・」
エレナが声を詰まらせ、手で顔を覆う。
コウセイの心臓の鼓動は重く、鈍い音を立て、今にも破裂しそうなほどに乱高下していた。
自分は、今、何を聞いている?
分からない。何も分かりたくない。
激しい拒絶感が全身に突き刺さる。
この心臓を捨てたい。何もかもが嫌だ。
「エマが昨日倒れてしまった理由はこれよ。いずれみんなには、この事実は明かさなければならない時が来る。でも、いつ、どうやって伝えるべきか、わからなかった。悩んでいたの。」
気力を振り絞って顔を上げたエレナの表情は、苦しみに歪んでいた。
「最初にあなたにこの話をしたのは私のエゴよ。あなたとエマが、とても良い関係に思えたから。近すぎず、遠すぎず、信頼で結ばれた、とても良い関係。まるで・・・」
「・・・やめてください!」
コウセイが大声で怒鳴った。
「迷惑・・よね。悪かったわ。」
「違います、そうじゃありません。わからないんです、本当にわからない。エマさんは大切な人です。自分はこの話を知るべきだと思います。でも、こんな事って・・・」
大切な人、とコウセイは言った。
コウセイの両目がわずかに潤む。怖い。恐ろしい。両肩が震えている。
「やっぱり私は自分勝手な人間だわ・・・あなたをこんな気持ちに突き落とすなんて・・・」
コウセイは下を向きながら、首を振って無言で否定する。
「もう打つ手は何も無いんですか・・・?」
”灰のナノマシン”事件を生き延びた被害者は他にも数人いた。そして事件後、何人かがナノマシン・ウイルスの手にかかかり死亡したとの報道が流れたことも覚えている。
だから、その質問は絶望と隣り合わせだった。
「もう治療は間に合わない。けれど、エマが取り得る道がひとつある。」エレナが答える。
コウセイは、必死になってエレナの目を見る。
「・・・マインドアップロード、よ。」
意識創生:Beyond the Eternal Mind - ビヨンド・ザ・エターナル・マインド hossy @hossy000
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