六脚犬

 外見的には中型犬と変わらない。毛の色はだいたい黒だが、まれに青に近い色をした個体もいる。

 近くで見れば前足と後足のちょうど中間あたり、つまりは腹のあたりにもう1対、足が生えていることがわかる。通称、中足。

 つまりは合計で6本の足が生えているわけで、だから六脚犬。


 中足自体の運動機能はあまり高くない。むしろ移動に際して邪魔になることもあるぐらいで、整地における移動速度は通常の犬に比べて低下している(というデータもある)。

 けれども中足の機能は姿勢の安定制御に大きく寄与しており、不整地における踏破能力が大幅に上昇している。閉鎖空間において壁、天井を利用しての立体的な機動に中足が役立っていると考えられる。

 それらの性質から六脚犬は廃墟に生息していることが多い。

 不安定な瓦礫の上の移動は得意とするところだし、見通しのきかない廃屋内での交戦となれば独壇場と言える。彼らは放棄された都市に上手に適応している。


 彼らとの戦闘を想定する場合、重視すべきポイントは2つ。

 1つはなるべく有利なフィールドで戦うこと。

 地面は完全に整備された平らな状態で、壁及び天井のない開放された空間であることが望ましい。相手の運動能力がいかされる状況に自ら飛び込むべきではない。

 もう1つはできる限り察知されないこと。

 たとえ遠距離から狙撃を行ったとしてもそれが六脚犬に知られていたとすれば、回避されたとしてもまったく不思議ではない。とりわけ立体的な跳躍が可能な状況では彼らの機動力は非常に高い。

 接近戦もやめておいた方が賢明だろう。まずこちらの攻撃は当たらないものと思っていた方がいい。


 来歴はよくわからない。

 一般的な犬から自然に変化していったとは考えにくい。外的な改造が加えられた可能性が高く、昆虫との交配説を唱えるものもいる。

 通常の犬との交配は不可能であると考えている研究者が多い。六脚犬と通常犬を雄雌そろえて閉鎖環境に入れておく実験が何度か行われたがいずれも六脚犬が通常犬を食い殺す結果で終わった。

 ここでついでに六脚犬と通常犬の戦闘力の差について述べておきたい。先に述べた六脚犬の得意フィールドを除いては通常の犬の方が優れている。

 だったらなぜ実験環境において通常犬は六脚犬に敗れたのか。

 通常犬は六脚犬に優位をとっても殺すことはしない。対する六脚犬は諦めずに何度も食らいつく。異常な攻撃性を示す。持久戦の末、通常犬は敗北する。


 六脚犬は一定の知性を有しており、自分たちには得意不得意があることも理解している。これは人間にとって歓迎すべき点でもある。

 彼らは縄張りから出てこない。領域に足を踏み入れるものには先制攻撃を加える事例もあったが、近くを通ってもその根城に侵入しない限り襲撃を仕掛けてくることはない。

 また侵入者に対する攻撃性も非常に限定的であると推察されている。

 縄張りにとどまる間、その攻撃は絶え間なくつづき執拗であるが、その外敵が縄張りから離脱すればもう追撃が加えられることはほとんどありえない。

 極端なケースでは、命からがら逃げだしたものの六脚犬の住む廃墟のすぐ外で気絶してしまったという男性は、攻撃を受けることなくそのまま目覚めた。

 恐ろしいほどに彼らは慎重だ。軽率であることを期待してはいけない。


 六脚犬への対処法として遭遇しないことが第一だ。

 遭遇してしまった場合、反撃は諦め、その領域から脱出することを優先しろ。

 排除を目的とするなら、その生息する廃墟ごと破壊するのがもっとも楽な方法である。

 長距離からの射撃は有効だ。たかが犬一匹におおげさじゃないかと思うなら接近戦を仕掛ければいい。そんなことは筆者の知ったところではない。


 接近した場合でも不意打ちが成功すれば駆除することはできるだろう。

 彼らの嗅覚は犬に準じる。まずその能力を麻痺させるためガスを散布する必要がある。匂いのきついやつならなんでもいい(まあこれをするなら毒ガスを撒いた方が話が早いが)。

 その後、六脚犬の視覚、聴覚をかいくぐって一撃加えてやればいい。耐久力自体は特別高くない。

 うん、ちょっと考えてみたけれどやはり接近戦は現実的じゃない。


 飼っているという話は聞いたことがない。

 だいたい普通の犬より脚が多い分、第一印象きもいと思う人が大半だと思う。そのアクセントがかっこいいと思う人もいるかもしれないけれど。

 先述したが六脚犬は縄張り意識が強くいっしょの空間で暮らすのは難しい。そのため人に馴れていくという過程を踏むことがほとんど不可能だ。

 幼犬から育てていけば可能性はある(そのためにはまず幼犬を手に入れてくる必要がある)。そうやって血統を重ねていったらいつかは人懐っこい六脚犬が出てくるかもしれない。

 最初にその事業に手をつける人はどうやっても命懸けだが。


※『なんでもいいから怖い話してくれ』「[23] 六脚」https://kakuyomu.jp/works/16817330652104476541/episodes/16817330654325875777を改変

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