半分男
――こんにちは。本日はよろしくお願いします。
こちらこそよろしくお願いします。
――早速ですが半分男とはなんですか?
半分しかない男です。半分もあるという考え方はできません。半分しかないのです。
――あなたは現在の状態を何かが欠けていると認識しているわけですね。半分というのは体積が半分なのですか、それとも質量が半分なのですか?
そこまで厳密なものではありません。いい加減な意味で半分であるということです。
――どう半分なのですか。上半分? 下半分? 左半分? 右半分?
日によって違います。今日は右肩から左わき腹にラインを引いてその上の部分だけです。それでは移動することができないと考えるかもしれませんが問題ありません。残りの半分は存在していませんが機能しています。ただし私を含めて誰もそれには接触できないというだけです。
――機能だけが残っているということですね。何か生活において不便はありますか?
私に人間的な生活というものは存在しません。基本的に狭い部屋のなかで私は暮らしています。その中で私は快適ですが直接に人と会うことはありません。時おり深夜の、人が寝静まった時間帯に出ることはあります。そうした時、暗闇の中で私を目撃する人もあるでしょう。大半の人は見間違いと思ってくれます。思ってくれない人はそんな夜中に出歩いていた当人の責任です。そこまで私には面倒みきれません。
――確かにそうかもしれません。逆に何かいいことってありましたか?
逆にですか。逆に……考えることが半分に減りました。半分になる前は考えることがあれやこれや多すぎたんですよ。それが減った、減りすぎたとも言えるかもしれない。もう少し増やす余裕はありますが、かといってむやみに詰め込むこともできない。でも考えることなんて多いより少ない方がいいでしょう。パソコンといっしょですよ。容量いっぱいにまでなっていれば動作に支障が出てくる。適当に余裕がある方がいいんです。何も常に限界に挑戦している必要なんてないんですよ。
――考え事がまったくなくてもつまらなそうですけど、60%ぐらいうまってるなら退屈はしなさそうですね。あなたはもともと半分だったのですか?
27歳までは普通の人間でした。僕はとある研究室に所属していてそこで事故が発生しました。それについて詳しく語ることはできません。沈黙することの代わりに金銭を得ているからです。あなたがたがそれ以上の金額を永続的に支払ってくれるならば語ることは可能になります。そんなにたいした額ではありませんよ。一般男性の平均年収と同じぐらいです。もしかすると彼らとあなたがたの間で値段の引き上げが起こるかもしれませんが。オークションみたいにね。僕としてはどっちでも構わないことです。
――残念ですがそれだけの金額をお渡しすることはできません。元の状態に、半分でない状態に戻りたいと思いますか?
よくわかりません。半分しかない状態があまりに長すぎました。いや、そうですね。その通りです。そもそも真剣に考える気がないです。復元が現実的でない以上、真面目に考えるのなんてバカらしい。なんでしょうか、まったく余裕というものを持っていないわけでもないのに。僕はこの点に関して遊ぶ気持ちになれないのだと思います。そこのところが僕にとって残っている半分なのかもしれません。
――そう言えばあなたと似たような怪異が存在しますね。あなたのように変化はせずに状況が固定されているという点が大きく異なりますが。
噂には聞いたことがあります。会ったことはありませんが。半分業界で言えば彼、あるいは彼女? の方が先輩筋にあたるでしょう。いずれなんらかの形であいさつにうかがうべきかもしれません。しかし僕たちは不安定な存在です。お互いに居場所を掴むことが難しい。あなただって僕の所在をつかむのにそれなりに苦労したことでしょう。同じ業界だからといって簡単に接触できるものではないのです。たまに、年に一度ぐらいに、パーティーなんてあるといいと思ってます。実現は困難極まるでしょうけど。
――復讐心のようなものは持ち合わせていないのですか? あなたをこの状態にした人たち、あるいはこの状態に押し込めている人たち、あるいはあなたのこの状態に関心を持たない人たちに対して。
それは持っていた方がいいものなのでしょうか。いえ、まあ、生活のひとつの張り合いになるかもしれませんね、あまりにそれにこだわりすぎては狭量にもなりましょうが、ひとつぐらい目標のある人生の方が道筋を定めやすい。個々のケースについて常にいちいち考えるという方法もあるでしょが、時間というのは決して無限ではないのだからそれは現実的ではない。いずれ検討しておきます。
――検討の結果は知らせていただかずとも構いません。最後の質問です。半分が男なら残り半分は何なんですか?
空白です。何もありません。そこに何かが入り込む余地すらないです。永遠に半分に固定されています。
――本日はありがとうございました。
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