モツ抜きジジイ

「肝試しに行こう」

 深夜、日付の変わる頃、俺の家でだらだらしていたところ友人がそんなことを言い出した。

「いいけどどこに」

「そこの廃病院」

 要するに俺たちは退屈していたのだろう。退屈ならばもう暗いのだから寝ればよかったのに! 残念なことに俺たちはそこまで賢くはなかった。

 廃病院は丘の上に立っている。昔は繁盛していたような気がするがはっきりしない。記憶の中のそれはずっと廃墟でそれ以前の姿をうまく思い描くことができない。

 細い月の下を歩きながら友人に話を聞く。

「確かになんか出そうだな」

「出そうじゃなくて出るんだよ」

「何が」

「モツ抜きジジイ」

「詳しく話せ」


 高い所に立っている高い建物だから遠くからでもその存在は認識できる。

 丘を登れば全体像が見えてきた。飾り気のない直方体を組み合わせた3階建て。

 気のせいだろうか? 一瞬何か赤い光が瞬いたように見えた。

「昔、そこの病院に天才外科医がいたんだよ」

「そういうのって大学病院とかにいるんじゃねえの」

「知らねえよ。とにかくいたんだよ」

 病院の門は閉ざされている。けれども力をこめると簡単に開いた。鍵はかかっていなかったようだ。

 中は放置されて荒れ放題。腰のあたりまで生えている草をかき分け進んでいく。

「おーけー、ひとまずいたってことで」

「でな、その天才外科医はいつだってスパスパチョンチョン患者を手術してたってわけ。けどあるとき奥さんが病気になって手術することになった」


 建物に扉は存在しなかった。先に来ただれかが壊したのかもしれない。するりと内部に侵入する。

「失敗したのか」

「展開が読めたとしても先に言うのはやめろ」

「すまん。それで?」

 1階から順に探索していく。中はがらんとしていてほとんど何もない。

「奥さんは死んで天才外科医も頭がおかしくなっちまった。そうして病院が潰れた今もその場所で自分の切り刻める相手を探してさまよい歩いてるって話だよ」

「いや医者がすき好んで人体切り刻んでるみたいな話じゃんそれ、もともと仕事でやってるだけだろ」

「仕事でやってることが楽しくない人がいれば楽しい人もいていいだろうが」

 1階の探索を終えれば入り口から見えていた2階への階段を上がる。


 正直なところ俺はいい加減な話だなと思っていた。あるいはそれは語り口のせいかもしれなかったが。

「それでその肝心のモツ抜きジジイってのはどんなやつなんだ」

「すりきれたボロボロの白衣を身にまとっていて、いつものこぎりを持っている、腰には赤色灯をぶらさげており、獲物を見つけるとジジイとは思えない俊敏さで襲いかかってくる、捕まったら最後全身バラバラにされて臓器という臓器をすべて奪われる」

 2階も特に何もなし。病室にはベッドの骨組みだけが残されている。

 3階に到着する。そこには赤色灯がゆらゆらと揺れていた。俺はその光を指さした。

「たとえばあんな感じか」

「そうそうちょうどあんな――」

 その語尾は綺麗にうすれていく。同時に友人の顔色は青く変化していった。


 猫は長く生きれば妖怪になるという。

 人間も同じように妖怪になれるのだろうか。

 単純にそれは実体のあるただの人間だったのかもしれない。

 もしくは実体のない幽霊のような存在だったとか。

 実際の怪談話においてそれらは確認されないものだ。

 なぜならばその確認するという行為によって危険に接近しすぎてしまうから。

 正体を見極めるには何かの代償を支払う必要がある。

 俺はその代償を支払う気にはなれなかった。


 なりふり構わず階段を駆け下りた。

 振り返る直前にしゃがれた鳴き声とそれから赤色灯が跳ね上がるのが見えた、気がした。

 遅れて後ろから友人が走ってついてきてるのがわかる

「あれやばくね?」

「多分やばい」

「だよな、全力で逃げろ」

 階段を1段、2段飛ばして駆け下りる。飛ばせば飛ばすほど足がもつれて転ぶリスクは上がるかもしれない。そんなもの気にしてられる状況ではなかった。多少のリスクを負ってでも距離をあけておきたい。

 あれはなんだろう?

 見間違いなら見間違いでいい。2人が目撃したとしてもそれは実在するものとは限らない。あるいはただの不審者か。廃墟にはそんなものが住んでいてもなんらかおかしな話ではない。


 無事に階段を降りて1階にたどり着いた。安定した地面をいとおしく思う。ただしのんびりしている時間はない。勢いのまま外に向かって走り出す。

 門の外まで出ればおそらく大丈夫だろう。根拠なくそう思った。

 草原を走れば門が見えてくる。閉まっている。開いておいたはずなのに。そのまま体当たりすれば開くだろう。肩からぶつかってく姿勢をイメージする。

 不意に後ろで何かが倒れる音、それから悲鳴。一瞬立ち止まろうとするがすぐにその選択肢を捨てる。

 首だけ後ろにまわせば白衣を着た何かが草原へと跳びかかっていく。そんな映像がコマ送りで見えた。


 今もその場所に廃病院は建っている。

 街を歩いてふと気づけば、視界の中に無機質なその姿がある。

 ――友人がどうなったのか俺は知らない。

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