硝子鳥

 日本に生息していたはずの鳥であるのだが、ほとんどの人は知らない。まったくといっていいほど記録にも残っていない。

 一応わたしはその専門の研究者であるのだけれど、まずわたし以外にこの硝子鳥を取り扱っている人には会ったことがないし、鳥類学者の集まりであってもこいつの名を知らない人が大半であるし、なによりわたし自身そんなにくわしくはない。


 たのまれたから書いているものの、正直なところまったく気が乗らず、まあこんなことを書いてしまうとあれだけれども、適当に書いてしまおうと考えている。もちろんこうやってああだこうだと言っているのも、単に行をかせいでいるだけの話である。

 そしてこれだけあからさまに書き飛ばしてしまったところで苦情が来ないだろうこともしっかりみこしてしまっている。誰も本気で硝子鳥のことを気にするやつなどいないのだ、今も昔も、おそらくこれから先についても。


 とにかくその硝子鳥というのは、あらゆる生命はとうといものであるかもしれないが、まったくこいつに限ってはどうでもいいものだ、そう思わせてくれるやつだ。

 何の意図があって生まれてきたものやら見当がつかない。進化論主義者と創造論主義者のどっちかが自らの主義の傍証に用いようとしたが、どうにもならないのでやめたとかなんとかそんな話を聞いたような覚えもある。

 その聞いたような覚えがある程度の記憶でさらにいうなら、なんちゃらかんちゃらでそれなん硝子鳥がどうこう、というような記述がなにそれ物語の冒頭にあって、それが唯一の紙に残った硝子鳥についての記録である。残りの情報は全部口承でありそれらは民話の方に片足をつっこんでしまっていてほとんどあてにはならない。


 なんでも硝子鳥はガラスでできた鳥で、肉眼ではとらえられず光の加減でたまに輪郭が見えたりして、なにより衝撃に弱く壊れやすい。捕まえることは不可能だし、ときには着地に失敗して自ら割れてしまうこともあったという。

 さらには肉体面のみならず精神面のほうでも脆弱のかぎりで、なにか自分の悪口を言われているかと思うと、簡単に砕けてしまったようだ。あるときだれだかさんが思い出し笑いをこぼしたところ、唐突にぱりんと音が聞こえて、見ると硝子鳥が死んでいて、そのときはじめてそれがいたことに気づいた、なんて話もあるぐらいである。


 とにかくそんなようなものだから、あれこれ考える間もなく、ひどくあっさりと絶滅してしまった。といっていなくなってから大分経ってからいなくなったことに気づかれたぐらいで、誰もたいして関心をはらっていなかった。

 あるいはまだ何羽か生存している可能性もあるが、それはそれでどっちだっていい。そんなようないきものがいたようないなかったようなとそんなようなことだから、つまりこの文章を読んで得ることなどなにひとつとしてなく、ここまでいちいち読んだ方があったとすればご苦労様というほかない。


 この原稿をもらった時、非常に困ったことになったと思った。

 既定の文字数に足りていない。イラストか写真を大きく掲載して誤魔化すという方法もあったが、まず写真は残ってないし、イラストの方も著作権の切れたいい感じのものはなくて、じゃあ描き下ろしてもらうとなってもそんなことに使える金はない。

 しかたがないのでこうしてせっせと埋めている。

 先生が言うように誰も読んでないなら別段これで構わないだろう。「あ」とか「い」とか同じ文字の繰り返しで稼ぐことも考えたが、さすがにそれはぱっと見でばれてしまうのでやめておく。編集者の責任としてこのぐらいはがんばろう。


 昔々あるところにおじいさんとおばあさんがいてそれからその息子がいた。

 おじいさんとおばあさんの家はひどく貧乏していたので、息子は一攫千金を狙って旅に出ることにした。といって何か明確な目標があったわけではなくて、足の向く方に歩いていけばなにかにぶつかるはずでそれから考え始めれば十分間に合うだろうと思っていた。

 人にいる方が金の匂いのする方だと息子は太い道をたどいったところ都に出くわした。そうしてなるほどここなら大金を得られる手段があるかもしれないと考えた。ふらふら大通りを歩いて行けばにぎわっているところがあって、騒いでいる人になんだと聞けば次の通り。

 お姫様が硝子鳥をご所望でそいつを捕まえてきたものには大層な褒美をとらせる。

 いいことを聞いたと息子は思ってその足で都の真ん中に目立つ城へと向かった。門番に止められたので自分は硝子鳥を持ってきたと話せば、怪訝な顔をされたものの城内へと案内された。

 残念ながらこれ以上は紙幅が足りない。どうなったかだけ簡潔に記す。息子は得意のとんちで硝子鳥を連れてきたが死んだと言い立てて褒美をだまし取った。その後は無事に村に帰って幸せに暮らしたそうだ。

 まったくひどい話もあったものだ。

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