くちなし

雪の香り。

第1話 ゆめのなかのゆめ

しっとりした質感の肌

ふわりと漂う芳しさ


その女はすべてが梔子の花に似ていた。


だが、俺は女の優艶な姿に惚れたのではない。

夢の中で生きる精神性に酔わされたのだ。


女は

「物語」に惹かれ

「音楽」に心躍らせ

「美食」に溺れた。


女はそれらに

「快楽」を

「美」を

見出していた。


琴線をかきならされ

うっとりと蕩けるその表情。


ああ、お前は夢の中でこそ

その生命を輝かせるのか。


俺は女に極上の

「物語」を

「音楽」を

「美食」を

与えることに全力を尽くした。


女がもっとも輝く

「夢の中にいる瞬間」を

守りたかった。


金は湯水のように消費されていき

稼いでも稼いでも足りず

ついに借金をした。


俺はそれでもよかった。

どんなに肉体的につらいことを強いられたとしても

女が輝いていれば俺は満足なのだ。


あの輝きに俺は癒され生かされているのだから。

なのに。


「ごめんなさい。もういいの」


その一言と

どうやって工面したのか現金がぎっしり詰まったアタッシュケースを残して

女は去ってしまった。


どうして。

どうして。


俺はお前がいればそれでよかったのに。

なにも不足はなかった。

つらくもなかった。


お前がいなくなることこそが俺の不幸なのに。

夢の中で生きていた女に生かされていた俺は


きっと近いうちに現実に殺されるだろう。

梔子の花の夢はもう見れない。

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くちなし 雪の香り。 @yukinokaori

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