第6話――目撃者


「今はまだ事件から間もないので、あまり無理な質問は……。まだ言葉が出ないんです。家族が亡くなったことは、伏せてください。まだ、入院しているとだけ伝えてありますので」


 八王子市内の武山病院の女性看護師が、高倉と米田に向かって不安そうな表情で言った。


「ええ。すぐに終わりますので」


 二人は個室の中に入り、上半身だけを起こし怯えた表情でこちらを見ているおかっぱ頭の葉室美月はむろみつきの傍に、近寄った。

 ふっくらした大きい顔の普通の六歳児だ。見ると、彼女の目元や頬に赤い痣が残っていた。


「美月ちゃん。大丈夫? 無理に話さなくてもいいから」


 美月は、上目使いで警戒した様子で無言で相槌を打った。


「昨日、誰か知らない人が家に来た?」


 美月は、少し震えながら首を縦に動かした。米田と高倉は、思わず顔を見合わせる。


「どんな人だった? 男の人? 女の人?」


 美月は、視線を下に向けた。怯えていて答えたくない様子だった。


「若い人? それとも大人?」


 反応は、返ってこない。


「美月ちゃん。その顔のあざは、どうしたの? 転んだ? それとも、誰かに……」


 高倉が話している途中で、美月は泣きそうな表情になり、鼻をすすり始めた。

 それを見て高倉は質問を止め、諦めた表情でドアの外にいる看護師の方を向いた。

 そして、美月に向き直った。


「ありがとう。美月ちゃん。とてもよく頑張ったわ。いい子ね」


 突然、米田の携帯が震動した。彼は慌てるように部屋の外に出て、電話に出た。


「はい。もしもし。ええ……今、病院にいて。………………え? あっ、先輩ちょっと」


 米田がドアの外から高倉を呼んだ。高倉はドアから半分だけ身を出し、彼の方に顔を寄せた。

 米田が声を落として言う。


「あの家の長男が現在、行方がわからなくなっているそうです。名前は葉室和也はむろかずや。四十三歳。無職。実家を離れ、都内のアパートで一人暮らしだそうです」


「お」


 会話の途中で、背後から聞こえた声に、思わず二人は振り返った。傍にいた看護師の女性も目を丸くしてドア越しに美月みつきの方を向いている。


「……え? 何? 美月ちゃん、何か思い出したの?」


 高倉が、美月の方に足早に寄って行き、顔を近づけた。


「お……お……に」


 美月は鼻をすすり、震えながら言葉を絞り出すように言った。


「お……に?」


 高倉が思わず眉を顰める。


「おじいちゃんが……いってた」


「……おじいちゃんが? 何を言ってたの?」


 美月はきょとんとした上目遣いで、一生懸命振り絞るように言った。


「悪いことをすると…………つちこぶやまのに、おしおきされるって」


「そ……」


 高倉が溜息をこらえながら、ドアの向こうの米田と看護師の方を向いた後、笑顔を作り元気づけるように美月に向き直った。


「そうなんだ」


 すると突然、美月の表情が険しくなった。

 苦しそうに眉を寄せ、息を大きく吸い始め、それが徐々に早くなり始める――。


「みっ……美月ちゃん! 看護師さん! 突然様子が!」



「あれだけ、先走るなと普段から言ってるだろうが!」


 白髪交じりの庄内しょうない部長が机を叩き、目の前に立っている高倉と米田に向かって声を荒げた。


「すいません……」


「お前らは参考人を殺すつもりか! 一時的な発作だったからよかったものを……高倉たかくら! お前も、もう新人じゃないんだからな! ベテランとしての自覚を持て! 自覚を!」


 鋭く差された部長の指に対し、高倉が返す言葉もなく米田とともに、また頭を深く下げた。


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