第4話――凄惨な現場


 早朝五時過ぎ。

 辺りはまだ暗いのに、近所の人だかりができていた。


 周辺は、木々が生い茂る林や田んぼばかりで、隣の民家まで三百メートルほど離れているにも関わらず、野次馬根性丸出しの村の住民たちがパトカーや救急車のサイレンを聞きつけてきたのか、張られている規制線の前で、背伸びをしながら中を覗き込もうとしていた。


 左右を見ると武家屋敷のような築地塀が延びている。その人だかりをかき分け、丸顔で女性にしては短い髪型で、見た感じ二十代半ばくらいの小柄な刑事の高倉たかくらは、内ポケットから白の手袋を取り出し、両手にはめながら、屋敷門の前に張られてあるテープをくぐった。


 門の中に足を踏み入れると、石畳が続く離れた前方に二階建ての和式の家屋が見えた。その周囲を枯れて茶色になった生垣が囲んでいる。


(塀の中に、さらに生垣?)


 変わった造りだ。そこまで歩くのに、二十メートルほどあるだろうか。

 寺? 一瞬、そう思うくらいの敷地の広さだった。家の裏側は山がずっと続いている。


 高倉は開いたままの玄関の敷居を跨いだ。

 腰を下ろし現場を見ていた二十代前半くらいの若い男性刑事が顔を上げ、起き上がった。


「先輩」


米田よねだ、被害者は?」


「一家四人。深夜四時前に、この家から男性の通報を受けて、踏み込んだ警察官により発見。その時には、全員すでに死亡していたとみられます。一人を除いては」


「一人?」


「この家の孫娘、美月みつきちゃん。六歳。一階居間の屋根裏に隠れていました。今は、精神面でショックが大きく話せない状態で、病院で療養を。無理もない。家族がすぐそばで、あんな目に……」


 米田は思わず言葉に詰まり、高倉を無言で案内するように、玄関を上がり、短く狭い廊下の先にある食卓に足を踏み入れた。高倉がそれに続いた。


 思わず息を吞む。


 部屋の壁全体に飛び散った血痕。

 そしてテーブルや床に倒れている血まみれの複数の遺体。


 高倉は、座ったまま食卓にうつ伏せに倒れている女性に近づいた。

 黒いボブショートの髪は片面だけ血だまりに濡れていて、顔だけがこちらに向いており、目は開かれたままだ。


「机の遺体は、この家の長女である葉室絵里はむろえり、四十歳。生存者である美月の母親。背後から刺されています」


「葉室……」


 高倉は、昨夜、電話で相川から聞いたばかりのその名前を耳にして驚いた。


「そしてこの遺体が……」


 米田は、絵里の後方で倒れている黒髪で三十代くらいの男性を差した。その表情を見ると、死ぬ時は一瞬だったのだろうか。口をポカンと開け、両目は虚ろに開いていた。


「絵里の交際相手である奥村芳樹おくむらよしき、三十八歳」


「交際相手? 絵里は、既婚者ではなかったの?」


「数年前に離婚しているようです。奥村の両親と、さきほど連絡がとれました。二人は一年ほど付き合っていて、もう結婚間近だったらしいです。彼は、個人で合気道の教室を開いていて、そこに生徒として絵里が通い始めて交際が始まった様で」


「幸せを目の前にしてこんな……」


「そして、この遺体が……」


 米田は、絵里の右斜向かいの床に仰向けに倒れている髪が短い中年女性の傍にしゃがみ込んだ。


「名前は、葉室房江はむろふさえ、五十九歳。所持品の中に鍵が。玄関の鍵ではありませんでした。背中に無数の刺し傷。発見当時は、『彼女』を抱いていたと報告が。死ぬ間際に身を挺して守ろうとした痕跡が……」


 険しい表情で米田は、房江と並ぶように向こう側に横たわっている幼い女児の遺体に視線を移した。


「絵里の長女、麻綾まあやちゃん。七歳。全身に痣と刺し傷が……」


 思わず、高倉は深く目を瞑った。


「……遺体は、この四体です」


 米田がメモを閉じ、高倉は思わず顔を上げた。


「……ちょっと、待って? この家の主は誰?」


「それが、現在行方がわからなくなっていて捜査中です。名前は葉室長治はむろちょうじ、七十歳」


「通報したのは?」


「声からして年配の男性、名前を言わなかったのですが、行方不明である彼の可能性が」


「拉致されたか? もしくは……」


 高倉は、思わず口から出そうになったその先の言葉を呑み込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る