第2話――不可解なメール


 赤い点のような光が一瞬見え、すぐに木陰に隠れた。


 相川あいかわは一瞬、驚いて目を見開いた。

 目の前の人物に向き直り、また木陰の方を見て、その両方を見比べた後、何かに気づいたようにうつむく。

 やおらに顔を上げ、さらに距離を縮めた。


 すると、相川はいきなり

 髪は引っ張られるかと思いきや、すっぽ抜けたように空を切った。


 その下から茶髪のツーブロック頭で白粉おしろいを塗りたくった顔の細い青年が、照らされたライトに目を細めたのがわかった。


「何やってんだ? お前ら」


 相川は呆れた表情で言葉を漏らすと、男の右背後に見える木々に向かって声を張り上げた。


「そこから撮影しているのは、バレてるぞ!」


 すると、暗い木陰からヌッと何かが浮かび上がるように姿を現した。


 つばだけが色違いの白キャップを被った太くて背の低い男が手にハンディカメラを持っていた。


「なんだよ! せっかく再生数、稼げると思ったのに……」


 相川は溜息交じりに口を開いた。


「動画配信者? バカか、ったく! こんなん撮影してもバレバレだろうが。何が面白いんだ?」


「うっせぇな、オッサン! てめぇには関係ねぇだろうが! 邪魔すんなら、帰れや!」


 柄の悪い言葉遣いで、そのとっちゃん坊やのような小柄な男は相川に向かって手で払う素振りを見せる。


「てめぇ? オッサン? はぁー……あのな。近所から苦情が出てんだよ。この辺りで不審者がうろついてるって。俺は警察の関係者で――」


 突然、二人の表情が強張った。


「警察! マジで?」


 白粉を塗った細い男の方が、いきなり後ずさりする。


「だから俺はやめようって言ったんだよ!」


 すると、とっちゃん坊やの方が先に友人を置き去りにして向こうへと駆け出した。


「おい! ちょっ……!待てよ! 置いてくなって!」


 カツラがとれたまま 白粉おしろい男は相棒の後を追いかけて行く。


「……いや、だから、警察の関係者というか、知り合いが……なんだありゃ」


 相川あいかわは呆れながらその場でまた溜息をついた。

 右手にカツラが残っているのに気づき、処分に困った表情のまま車に戻って行く。


 運転席のドアを開け、中に乗り込むや否や、カツラを助手席に向かって乱暴にほおり投げると、後部座席に置いてあったノートパソコンを手に取り膝の上で開いた。

 PCの起動音が車内に響き、メールソフトが開かれる。

 密かにジャンパーの上着に差していたボールペン型の隠しカメラで録画された映像を添付して、クライアントのアドレスに送った。


「調査の結果、白装束の人物は、動画配信者の再生数稼ぎのための自演と判明。これがその証拠です」


 メッセージとともに送信すると、すぐに返事がきた。


『そうでしたか。とても残念なことです。この地域も、そういう人達に荒らされ始めるとは。わかりました。本当にありがとうございます』


(この地域? 地元民か?)


 相手から追伸が送られた。


『それでは。引き続き調査を』


「いや、だから、もう調査することは――」



 相川の手が一瞬止まる。


「……なんですって?」


『いつ起きても、おかしくない事件です』


「そういう案件は、警察に言った方が」


『警察には事情があり、言えません』


「言えない?」


『八王子の葉室はむろ一家を調べてもらえますか?』


「葉室一家? なぜ?」


『彼らは、何かを隠しています。それが何なのか? 見つけだしてほしいんです』


 相川は少し考えた後、またタイピングを再開した。


「それには、まずあなたの素性を知らないと。顔も名前もわからない方のご依頼を受けることはできません。今回は、


『今、口座に。ご確認ください』


「おい、なんなんだ! 舐めた真似しやがって!」


 思わず声を荒げ、慌てて返信をする。


「これは、もう私の専門分野を越えています。このお金は受け取れません」


 しかし、それ以降通信は途切れてしまった。


 怒りを抑えるように吐息をつくと、ふと何かを思い出したようにズボンのポケットから携帯を取り出した。

 ある番号を呼びだし、通話ボタンを押す。


 三回呼び出し音の後、若い女性の声が受話器の向こうから聞こえてきた。


『……え? 相川あいかわさん?』


「よぉ、高倉たかくら。久しぶりだな」


『お……お久しぶりです。こんな時間にどうしたんですか?』


「八王子へ転勤になって、もう二年近く経つな。新しい署では上司と喧嘩せず上手くやってるか?」


『からかわないでください。そちらこそ、事務所を立ち上げたと聞きましたよ。順調なんですか?』


 唐突な相手の質問に思わず咳き払いをすると、


「……相変わらずストレートだな。上手く行ってるといえば……まぁ」


 そう言って彼は語尾を濁した。


 相川と高倉は、二年前までは東京の府中警察署で働く先輩と後輩の関係で、元相棒同志だった。五年程前のある事件をきっかけに、相川の周辺が一変した。

 そう。

 それを契機に、彼の特別な『個性』が目覚め始めたのだ。

 以後、を存分に発揮するわけだが、三年後、何故か彼は自主退職し、高倉は八王子へ転勤になった。


「今、仕事で土瘤山つちこぶやまに来てるんだが」


 相川が言った。


『近くじゃないですか! そんなところで何をしてるんですか?』


「鬼についてのリサーチ」


『鬼? ……相川さん?』


 高倉のこちらを伺うような声色が、相川の耳に響いた。


「いや……まぁ、いろいろあってな……元気にやってるか?」


『それは、こちらのセリフですよ。……相川さん』


 突然、高倉の語調が何かを言いたげなものに変わった。


「なんだ?」


『今だから聞けることですが、……なんで刑事辞めたんですか?』


「え?」


『「あの事件」は、相川さんのせいではありません。正直、私はまだ納得いってません』


「またそれか……『あの事件』は関係ねぇって……。現にその後も、お前と組んでただろ。まぁ……思ったわけだよ。俺に刑事は向いてないって」


『はぁ? 私より倍以上も長く勤めてた方が言いますか? それ』


「まぁ、その話はもういい。とりあえず元気そうでよかった。暇があれば、飲みに行こうかと思ったけど、忙しそうだし……」


『忙しいとか一言も言ってませんけど……』


 高倉の鋭い突っ込みに、相川は思わず強引に話題を変えた。


「ああ、……ところで、ちょっと気になるメールが来たので一応、警察に報告をと思ってな」


『気になるメール?』


 相川は、ついさっきまでやっていた謎の依頼人とのやりとりをありのままに話した。


葉室はむろ一家を調べろ?』


「これから起こる事件と、関係あるとかないとか」


『八王子の葉室だけでは何とも……わかりました。報告しておきますが』


「ただの悪戯いたずらかもしれないが、何か気味が悪くてな」

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