見返り桜2
Danzig
第1話
坂の上にある桜に向って歩く二人、桜の下に到着する。
志津:わぁ、もう満開なのですね。
慎太郎:おお、左様だな。 これは見事だ
志津:本当に・・・はらはらと舞い散る花びらが、とても綺麗ですね。 きっと、今日のお酒は美味しいですよ。
慎太郎:ははは、そうだとよいな
志津:慎太郎様。 では、この辺りに致しましょうか
慎太郎:そうだな
桜の下で、敷物を広げ、座る二人 酌をする志津
志津:はい、どうぞ
慎太郎:うむ
酌を受け取る慎太郎
志津:慎太郎様、私にも頂けますか
慎太郎:あぁ
酌をする慎太郎
志津:ありがとうございます。
慎太郎:では、一献(いっこん)
志津:はい、では
酒をのむ二人
志津:美味しいですね
慎太郎:あぁ、いい酒じゃな
暫く見つめあい、慎太郎が杯を口にしようとする
志津:あの・・
慎太郎:ん?
志津:きょ・・今日は、
何かあると思う慎太郎。 手が止まる
志津:今日は・・・慎太郎様に、お伝えしなければならない事がございまして・・
志津:こうして、ここまで来て頂いたのでございます。
慎太郎:ほう、そうであったか
慎太郎:で、その話とは?
志津:嫁ぐ・・
志津:嫁ぐ事となりました
志津:再来月(さらいげつ)の晴(はれ)の日に・・
慎太郎:ほう
杯を飲み干す慎太郎、暫く慎太郎の反応を伺う志津、 しかし期待した反応は得られず
志津:ですから、今日は・・慎太郎様に、お別れを言わせて頂こうかと・・・
暫くの沈黙、
慎太郎:なるほどな。 それは、めでたい事ではないか
志津:そうで御座いますね・・お目出度い事とは思います。
慎太郎:志津、何を塞(ふさ)いでおるのだ
酒を飲み干し、ゆっくりと立ち上がる志津
桜に近づき、優しく桜の幹にふれる
志津:この桜・・
慎太郎:ん? その桜がどうかしたのか
志津:幾年も、幾年も
志津:この場所で、人を見守って来たこの桜には、いろんな逸話(いつわ)があるといいます。
志津:村を出る人々が、故郷(こきょう)との別れを惜しんで必ず振り返る・・とか・・
志津:涙を見せられぬ女の代りに、この桜が花弁を散らし、泣いてくれるとか・・
志津:この桜の下で打ち明けた恋心は、必ず相手に届く・・とか・・
慎太郎:ほう、この桜には、そんな話があるのか・・
言葉を絞り出すように思いを口にしだす志津
志津:昔から・・
志津:桜には、人の心を惑(まど)わす「鬼」が住むといいます。
志津:ましてや、このように空一面に咲ほこり、はらはらと、零(こぼ)れ落ちる涙のように、花弁(かべん)を舞い散らせる
志津:こんな満開の下には・・
慎太郎:・・・
志津:お、想いを断ち切れと、爪(つめ)が折れるほどに両手を握(にぎ)りしめ。 枯(か)れ果てるほど泣き続けて
志津:ようやく決めた・・
志津:ようやく、決めた、こんな心など・・
志津:心など・・
志津:簡単に折ってしまうような、そんな鬼が住んでいるといいます。
志津:そして、その鬼は、お酒が好きだから、決して、満開の桜の下で、お酒を飲んではいけないと・・
慎太郎の方へ振り替える志津
志津:『見返り桜』と名づけられたこの桜の名は、
志津:振り向くまいと、堅(かた)く心に結(むす)んだ決意をも、簡単に折ってしまう、そんな鬼の名前なのだと、聞いております。
慎太郎:なるほどのぉ
志津:ですから・・ですから、もう・・
志津:私の、こんな・・こんな、弱い心も
志津:そんな鬼のせいにしてもよいでしょうか
慎太郎:うむ
志津:わ、私を
志津:ど、どうか、私を
志津:つ・・
志津:はぁ・・(胸につまる息を吐く)
言葉を一度飲み込む志津
意を決して言葉を絞り出す志津
志津:連れて・・連れて、逃げては下さらないでしょうか・・
微笑む慎太郎
慎太郎:うむ
慎太郎:そうか・・
慎太郎:では、そうせねばなるまいな
真っすぐな慎太郎の姿勢に急に不安にある志津
志津:あぁ・・私はなんという事を・・
志津:でも、それでは、慎太郎様のお命が・・
慎太郎:ははは、それは致(いた)し方あるまいて。 なにせ、鬼が決めた事だからな
志津:慎太郎様・・それも・・鬼のせい・・と・・
慎太郎:あぁ、そうだ。 桜の下に住むという「鬼」とやらに、してやられたわ。 ははは
慎太郎の身を案ずる志津
志津:しかし・・・それでは、慎太郎様が・・
慎太郎:それで、よいではないか
盃の酒を飲み干す慎太郎
慎太郎:美味い酒・・見事な桜・・
慎太郎:これでは、さぞ鬼も上機嫌(じょうきげん)じゃろうて
慎太郎:志津
志津:はい・・
慎太郎:この先は、ほんの束(つか)の間の人生となるが、この俺についてくるか?
涙をぬぐう志津
志津:はい!
見返り桜2 Danzig @Danzig999
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