第5話 見ててよ、私のこと。私のそばで!

 後日。


「ねー、おーい」


 教室で本を読んでいるとてのひらで視界が遮られる。

 体育祭の後からずっとこの調子だ。

 島村はやたらと僕に話しかけてくる。

 今日は何の要件だろう、と視線を上げると笑顔の島村と目が合った。


「……何だ?」

「向井くんのお願い聞いたじゃん?」


 言わずもがな、選抜リレーの時のことだろう。


「頼む、君の美しい走りが見たいんだ。僕に君の競走馬のように走る優雅な姿を見せてくれ! ……って言ってたじゃん?」

「言ってないが!?」


 そんなやりとりを聞いたクラスメイト達は。


「……あ~ね。なんかあるなと思った。向井、しまむーにコクったんだ?」

「マジか。ああ見えてやるじゃん」

「つーか、なんつーキザなセリフだ。あー、ウチも言われてみてえ」


 ……みたいな具合に、ひそひそ話で盛り上がっている。

 くそ、曲解し過ぎだろ。

 恋愛のことしか頭に無いのかこいつらは。


 ああ、でもこんな風にウワサされては、もう止めることはできない。

 ちーん。終わった。僕の静かな高校生活が。

 それもこれも目の前にいる島村のせい。


「……おい島村。捏造にも程があるだろう」

「えー? でも間違いじゃなくない?」

「間違いではないけど、真実が見えなくなるくらい脚色されてるんだよなあ」


 脚色され過ぎて、励ましただけにも関わらず、告白したことにされかけている。

 そして島村の発言力が強すぎて、誤解を訂正しきれない雰囲気だ。


「……何が望みだ?」

「そんな怖い顔しないでよ~。お願い叶えてあげたんだから、私のお願いも聞いてってだけなんだからさ」

「なるほど」


 趣旨は理解した。

 言うことを聞かざるを得ない雰囲気にしたかったらしい。


「で、なんだよ島村の願いって」

「付き合って」

「は」


 唐突過ぎる島村の発言に脳がフリーズする。

 周囲からはキャーキャーと歓声が。


「すまん。良く聞こえなかった。もう一度聞こう」

「付き合って欲しい」


 この場で周りに聞こえるように言うことなのか……。


「わー、相思相愛じゃん!?」

「おめでとう向井! あー、アタシ、向井狙ってたのになあ」

「しまむかっぷる爆誕!」


 僕を取り残し、クラス中がわっしょいわっしょいと盛り上がりだした。

 というか聞き逃せないような発言が混じっていた気がするが、まあいいか。


 盛り上がるクラスメイト達を横目に、島村は僕の耳元でささやく。


「……マネージャーとして、ね」

「……え?」

「……陸上部、入ることにしたからさ」


 なるほど。

 いや、お前それ先に言え!


「……聞こえないようにするとこ、おかしいだろ」

「……いや、ほら。ね? こう、虫よけ、みたいな?」

「……虫よけ?」

「……そ。ほら、私と向井くんが、こ、こここ、恋人同士、みたいな? 皆にはそう勘違いしてもらっといた方が、向井くんは女の子から寄り付かれず静かに過ごせるし、私も他の男の子からの告白にいちいち対応しないで済むでしょ?」


 島村はぼそぼそと小声かつ早口で言った。

 そういう理屈か。聞いた感じは正論にも聞こえなくはないが……。


「……でも、なんでそんなに苦しそうに言うんだよ?」

「……いや、私、嘘つくの苦手なんだもん」

「……嘘?」


 僕の問いに対し、しまった、という表情を浮かべる島村。

 彼女の何が嘘で何が本当なのか、僕の脳内ではこんがらがっている。


「……もうっ、あとは色々と察しろ! ばか!

 という訳でお昼行こうか向井くん!」


「え、ええ……」


 そう言って強引に僕の手を掴むと、そのまま教室の外まで引っ張られていく。


「もう昼休み半ばなんだけど……」

「しーらない♪ 私の楽しそうなとこ、見たいんでしょ?」


 いや、ね。たしかに僕、そんな感じのこと言いましたけれども。


「たーっくさん見せてあげるから、よろしくね? 特に向井くんにはたくさん!」

「……はは」


 君が走る姿に限ってのことだったんだが、と言いかけてやめた。

 楽しそうな彼女の笑顔を、もっと見てみたいなと思ってしまったから。


<了>

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快速娘と無関心男子~私の楽しそうなとこ、見たいって言ったよね?~ こばなし @anima369

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