第4話 応えるから、見てて。

 時間は流れ、体育祭当日。


「あっちい……」


 徒競走の出番を終えた僕は、応援席で涼む。

 ついに一学年の最終競技、組対抗選抜リレーの実施を待つのみだ。


「向井くん。見せてもらったよ、君の走り」


 出番を前に、島村が声をかけてきた。


「力走だっただろ?」


 と僕はとぼける。


「たしかに力走ではあった」


 ただ、と彼女は続ける。


「力入り過ぎでしょ!」


 恐らく陸上経験者の彼女でなくとも分かる程、僕の走りには力が入りまくっていた。

 その結果、一緒に走ったメンバーがさほど速いわけでもなかったにも関わらず、僕の順位は5人中5位。


「最下位争いには勝ったぞ」

「それ、勝ったって言う?」

「試合に負けて、勝負には勝った」

「君、屁理屈勝負なら無敵かもね」


 呆れたように笑う島村は、程よくリラックスできているようだ。


「でもさ、私にあんなこと言った人があんなに力むかなあ」

「いや。それはもうね、素人だから」


 あんなこと、とはあの日彼女に伝えたことである。

 あの日。島村が落ち込んだ日、僕は彼女に一つのお願いごとをした。

 それを叶えてもらうのは、今日の予定だ。


「島村なら、できるだろ?」

「ふふ。私ならお茶の子さいさいに決まってるでしょ!」


 はじけるような笑顔で、親指を立てる彼女。


「じゃあ、行ってくる」

「おう」


 その彼女の笑みが強がりか、自然体の笑みだったのか、果たして。



 選抜リレーは白熱した様相を見せた。

 全5クラスの一学年。

 各学級から男女5名ずつが選抜され、しのぎを削っている。


 僅差で各組、4人目となり、その中で突き抜けたのはB組。


『いよいよクライマックス。B組、一足先にアンカーにバトンが渡る!』


 実況の声に熱が入る。

 練習した時と同じく、B組のアンカーは陸上部次期エース候補の兼見かねみである。


「いけーかねみー!」

「超高校級の走りを見せてくれー!」

「ブロンド美女の勝利の笑顔が見たいー!」


 B組の応援席から大きな声援が飛ぶ。


「だってさ、かねみー! あとは任せたっ!」


 4番走者の中川の手から、アンカーの兼見かねみへバトンが渡る。


「ブロンド美女とかウケるんだけど。まあ、勝って皆で笑おうじゃないの!」


 兼見かねみは勢いよくスタートダッシュを切る。

 金色のショートヘアーを揺らし、颯爽とトラックを駆ける。


 その走りからは築き上げられた自信があふれ出ているようだった。

 未だアンカーに引き継げていない後続との差を更に広げていく。


 対して我らがA組は。


「井波ー!」

「あとちょっとよー!」

「しまむーが待ってるぞー!」


 突き抜けたB組以外の3クラスの中でも後ろの方にいた。

 状況はどちらかと言うと悪い。


「ごめんねっ……!」


 他のクラスのバトンが次々とアンカーに渡る。

 5クラス中、最下位の状態で、第4走者の井波から島村にバトンが渡った。


「だいじょぶ! 見てて。私が最高に楽しんでるとこ!」

「え?」


 受け取りざまに島村は不敵な笑みを浮かべると。

 井波を置き去りにして走り出した。


「「「うおおおおお!?」」」


 会場全体がざわつく。

 島村がスタートを切って数秒とたたぬ間に、前方の3人を追い越したからだ。


『これはすごい! A組アンカー島村、あっと言う間に二位につけた~!』

『まるで流星のようです』


 解説の言う通り、島村は空を駆ける流星のようだった。

 流れるように地面を蹴り、星のような笑顔で周囲を照らしている。


 あの日伝えた願い事。


 ――楽しそうに走っている君が見たい。


 僕が島村に願ったのはそれだけだ。


 ――僕だけじゃない。皆もそう願っている。苦しそうな島村なんて、誰も見たくない。


 楽しそうに走る君が見たい。

 それが、僕がかけた島村への「期待」だ。

 彼女が期待によって苦しむのなら、彼女を生かすのも期待なのだろう。

 期待は呪いにも願いにもなる。


『あーーーっ! ついにA組のアンカーがB組に追いついた!』


 やがて島村は兼見かねみに追いついた。

 横に並んだ島村を、兼見かねみが一瞥する。

 トラックの残り距離は4分の1。


「いけー、しまむー!」

「かねみー、踏ん張ってくれー!」

「島村ァ! 魅せたれェ!」

ひかる、負けるなー!」


 彼女らの激走に湧き上がる会場。


『まさにデッドヒート! 勝負はゴール前に差し掛かる!!』


 火花を散らす二人。

 抜かせまいと更に加速する兼見かねみ

 しかし島村は、きっと兼見かねみのことなど見ていないことだろう。


『ああーっ!? 笑っている! A 組島村、楽しそうに笑っている!!』


 そしてその目は、ゴールテープすら見ていない。

 ただ無心に、走ることを楽しんでいる目だ。

 ゴールテープよりもずっとずっと先の何かを捉えている。


 彼女は一歩、一歩と加速していき、ついには兼見かねみを追い越して大きく突き放した。


『島村、突き抜けたあああ! 勢いそのままにゴールテープを切る! 優勝はA組です!!』


 太陽が燦燦さんさんと輝く青空に、轟音のような歓声が響いた。


「しまむー!!」

「すごい、すごいよ!」

「やばい、超かっこよかった!!」


 ゴールと共に島村に駆け寄るクラスメイト達。

 兼見かねみはその後方で膝に手を着いていた。

 離れている応援席にまで出し尽くした感が伝わってくる。


 わいわい、がやがやと盛り上がる様子を、僕は応援席から見ていた。

 ああ、すごいものを見せてもらった。

 ……なんて、他人事のような気分でいると。


 皆に囲まれた島村がきょろきょろと周囲を見渡し、ついにはこちらを見る。

 それから、何かに気付いたかのような表情をした。


 それから満開の笑みでVサイン。


 周囲の視線が一斉に僕に集まる。


「え、なに? なんか島村さん、こっち見てない?」

「向井くんを見てるよね」

「え。向井? しまむーが? 向井を?」


 がやがやと騒がしくなるA組応援席。


「あ……。ちょーすごかった。凄すぎて喉が渇いちゃったなあ」


 いたたまれなくなった僕はそう言うと、苦笑いをしながらその場を離れた。

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