第3話 なんだ、見てくれてるじゃん。
練習は終わり、クラスメイト達はしばし談笑している。
僕はそれに混ざることも無く、着替えのために教室へ。
ああ、その前に立ち寄りたい場所があった。
校舎裏へ立ち寄る。そこには膝を抱えた彼女の姿が。
「良かったらどうぞ」
自販機で購入したスポーツドリンクを差し出す。
「……無関心は優しさじゃなかったの?」
彼女は反応し、顔を上げた。
先ほどすっころんだ、島村
涙は無いがひどく落ち込んだ表情である。
「その通り。だから、これは優しさじゃない」
「冷たい人」
島村はそう言って肩を揺らして笑う。
僕の手からスポーツドリンクを受け取るとさっそく飲み始めた。
「冷たくて美味しい」
「だろう。冷たさが時にはありがたく感じることもあるんだ」
「誰がうまいこと言えと」
呆れたように笑う彼女をよそに、僕はその隣に並び合うようにして座る。
島村は僕の方を見ることも無く、本題に入るかのように表情を改めた。
「それで。なんでここが分かったの?」
「傷心した少女が校舎裏で一人になりたがるのは自然の摂理だ」
「小説の読み過ぎでしょ」
そのツッコミのニュアンスから、僕が不真面目な回答をしているということは、どうやら見抜かれている。
「……優しいね」
付け足されるようにして言葉がぽつりと漏れた。
彼女が落ち込んだ時、まるでルーティンのようにここに来ることは、以前から知っていた。
優しいね、という評価は、あえてそれに触れなかったことに対してのことだろう。
彼女は人前で弱みを晒したがらない。
「さっき転んだので思い出しちゃったんだ、私」
そう言って彼女は語った。
中学陸上の全国大会。
短距離走の選手だった彼女は、準決勝で敗退した。
走っている途中でつまずきかけたのだという。
「皆が期待してくれてたの。ちっちゃい頃からずっとやってたからさ」
「それに応えたかった分、勝ち進めなかったのがショックだったのか?」
島村は無言で首肯する。
「周りの皆はよく頑張ったって口では言ってくれたの。でも、私にはそれが本音だと思えなかった。皆、私に対して失望しちゃったんじゃないか、って」
話しながら、その声は徐々に小さくなった。
顔を膝に埋め、肩が小さく揺れている。
彼女が陸上を辞めたのも、そのあたりが理由だろう。
「今日もそう、思われちゃったかな」
周囲からの期待によって今の島村がいる。
同時に、周囲からの期待によって苦しんでいるのも事実。
クラスメイト達の様子を見るに、彼女がいくら失敗しようとも、ネガティブな想いを抱く者は少ないはずだ。だから、客観的にそれを伝えるのは簡単な話ではある。
「……」
――しかし僕は言い淀む。
誰も君のことを悪く思っていない。
そう伝えたとしても、それはあくまでも僕が見たクラスメイトの様子に過ぎない。
彼らが本当に島村のことを悪いように思っていないかなんて、極論、知りえない。
それに、それを伝えたところで島村が立ち直るかも分からない。
島村の目から見える景色は彼女だけのものだから。
「……」
――自分のためだけに走ってみろよ。
そう伝えるのも違う気がする。
他者からの期待と、それに応えることで自らを成長させてきた島村だ。
あくまでも自分個人のやる気だけで生きてきた僕とは違う。
僕個人の経験則を、さも普遍的なハウツーのように語るというのも気に入らない。
人生指南ができる程、経験を積んでいるとも思ってない。
だとすれば、今の僕が言えることは。
「……島村」
熟考の末、彼女の名前を呼び静寂を切り裂く。
「うん?」
膝に顔をうずめたままで、弱々しい返事が返ってきた。
「ひとつ、頼みを聞いてほしい」
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