第15話 翻弄される公爵夫人

 ドニの一日は、朝から忙しい。私を『花飾りのヴェンダース書店 二号店』に送り届けてから首都へ戻り、仕事をして。夕方また、私を迎えに領地に来るのだ。


 さらに朝食も、私より先にダイニングテーブルについて待っている。だから、私が目を覚ました時にはもう、いないと思っていた。


 ちょっと寂しいだろうな。でも、私のせいでドニは忙しく動いているのだから、我が儘は言えない。はずだったのに……。


「おはよう、ルエラ」


 昨夜と同じ格好のドニ。やけに近距離だと思ったら、ドニに腕枕をされていた、という事態!


「い、今、何時?」

「ん? 七時だよ」


 え? 嘘!


「前にドニ、六時に起きるって言っていなかった?」

「覚えていてくれたの?」


 嬉しいなぁ。そんな声が聞こえそうだった。さらに私の髪を撫でるだけで、一向に起き上がろうとしない。

 けれど、今はそんなことをしている場合ではなかった。


 勿論、目覚めてすぐにドニのそんな顔を見られたのは嬉しい。嬉しいけど!


「そんなことを悠長に言っている場合じゃないでしょう! 仕事に遅れたらどうするのよ!」

「今日は休んじゃ、ダメ?」

「……ダメって言いたいけれど、ドニに無理をさせている私が、そんなことを言えるわけがないでしょう」


 むしろ、しっかり休んでほしい、というのが本音なのに……。それも言えなかった。

 本当にドニの負担を考えるのならば、『花飾りのヴェンダース書店 二号店』を畳んで、一緒に首都に帰ればいい。


 けれど、念願だった本屋を手放せないのも、また事実だった。

 ドニが用意してくれたことも、店名をくれた『花飾りのヴェンダース書店』の店主さんにも悪い。


「無理なんてしていないよ。ルエラが昔から、本屋を開きたかったのは知っているから。何としても、叶えたかったんだ」

「それもドニが考えたの?」

「……理不尽な死に直面すると、やりたかったことを口にするものだろう? ベタだけど、読者の共感は得るんだ」


 あぁ、そうか。だから許してくれたんだ。本当は外に出したくないのに、どうしてなんだろうって思っていた。


「ねぇ、ドニ。やっぱり、今日は休んだらどうかしら」

「ルエラ?」

「もっと聞きたいの。私のことも含めて、この世界のことを。そうすれば、私も対処できると思うし。そうしたら、ドニの負担も、多少は減るでしょう?」

「……悪くない提案だけど、僕は別に負担だなんて思っていないよ? こうしてルエラに触れられるだけで十分なんだから」


 とろけるような笑顔に、思わず私は視線を逸らした。のと同時に、着衣の乱れを確認する。


 別におかしいところはないし、腰も痛いわけじゃない……。


「それに、話す内容は、時に残酷なものもある。だから、それについては、少しだけ考えさせてほしい。さっきのだって、結構際どかったんだけど、その、大丈夫だった?」

「え? でも、色々な小説に使われているじゃない。死に際に「もっと~したかったぁ」ってそういうことでしょう?」

「……うん。そうだったね。ルエラは読書家だった」


 それでも時間をくれないか、と念を押されてしまった為、聞くことは叶わなかった。代わりに、変な習慣だけが残った。



 ***



「今日も、ここで寝るの?」

「うん」


 当然のように夜、私の部屋にやって来るのだ。


「夫婦なんだし。周りは歓迎してくれるよ。今朝なんて、ニクスがわざわざ首都にいるウィルソンに、連絡したくらいなんだから」

「えっ、もしかして、使用人の皆、私たちが契約結婚だって――……」

「うん、知らないよ。教えるわけにもいかないし」

「何で?」


 そういうと、突然横抱きにされて、ベッドの上に座らされた。


「ルエラが公爵夫人である以上、使用人たちは守ってくれる。けど、僕たちの結婚が、契約の上で成り立っている、何て知ったら、どう思う?」

「守ってもらえないどころか、追い出されそうね」


 バカみたいな質問をしたことに気がついて、恥ずかしくなった。すると、横にいたドニが、「分かってくれて嬉しいよ」と言いながら、私の頬に口付けた。

 思わず、距離を取る。


「僕がこうしてルエラを大事に想っていること。夫婦仲がいいことをアピールするのも、またルエラを守ることに繋がるんだ」

「だから、一緒に寝る、の?」

「そう!」


 ドニは私を守るためなら契約結婚や、監禁紛いのことを平然とできる男。なのは知っているけれど、そんな子どもみたいに嬉しそうな顔をしないで……。


 飽く迄も、これは私を守るための行為だから拒否できない。それと同時に、尋ねたくなる。

『ドニって私のことが好きなの?』って。


 さきほどの頬への口付けを思い出して、左手でそっと触れる。


 あの口で違うよ、と言われるのは怖い。けれど、ドニから感じる愛情が、錯覚だとも思いたくはなかった。


 私も、ドニのことが好きだから。今だって私の体に抱きつかれてドキドキしつつも、幸福感に満たされていた。


 今すぐに告白して、私もドニに抱きつきたい!


「ドニ……」

「何?」


 この部屋には私たちしかいないのよ。夫婦仲をアピールしなくてもいいんじゃない?


「ううん。何でもない。今日みたいに寝坊しないためにも、早く寝ましょう」


 脳裏に浮かんだ言葉を無視して、別の言葉を発した。


 だって、そうだねって言って、私から離れて行くのは耐えられなかったからだ。

 契約結婚だとちゃんと分かりながらも、愛情を向けてくるドニに、私はただただ翻弄されるばかりだった。


「そうだね」


 ドニは私ごと横になり、毛布をかける。枕もいつの間にか一つにされて、当然のように私の頭はドニの腕の上にあった。


「おやすみ、ルエラ」


 愛おしそうに見詰めながら、私の髪をかき分けて、額にキスをする。まるで本物の夫婦のようなやり取り。


 三年後、本当に離れることなんてできるのかしら。


 そう思いながら、静かに眠りについた。

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