第10話 嫉妬する(?)旦那様
ドニの不可解な言動、要求は今に始まったことではない。けれど私も、全て呑むことは難しかった。
それが二つ目、お客様との接触を禁止されたことについて。
どうも私が、あるお客様と話していたのが気に食わないらしいのだ。
「あの男には十分気をつけて。いや、なるべく会話もしない方がいい」
いつものように馬車で迎えに来てくれたドニが、神妙な顔で私に告げた。
「相手はお客様なのよ。そんなこと、できるはずがないって分かるでしょう」
「だから、なるべくって言ったじゃないか」
強い口調で言われ、何が何だか分からなかった。
だってドニは私を大事にしてくれているけれど、愛してくれているわけじゃない。それなのに、いきなりどうして?
***
そのお客様が『花飾りのヴェンダース書店 二号店』に来店し始めたのは、ほんの二、三日前のこと。
赤い髪の毛を後ろに束ねた、一人の男性がやって来たのだ。背が高くスラッとした人物。それだけでも、店内にいた人々の目を奪った。
「いらっしゃいませ」
容姿端麗なドニに見慣れていた私でも、その男性の美麗に見惚れた。
「すみません。色々な本屋を巡っているのですが、こちらに『カーザイアの慈悲』という本はありますか?」
「確か、自伝小説……ですよね」
「えぇ。クランベリー・カーザイアの一生を記した本です。さすが店主さん。よくご存じですね」
私はそれを苦笑で返した。何故ならクランベリー・カーザイアは毒婦だからだ。
自伝小説と分類されているが、彼女の人生よりも、王侯貴族たちの愛憎劇が人気なのだ。
さらに恋愛の裏で繰り広げられる殺人の数々が凄すぎて、あまり世に出回っていない作品でもあった。
それを買い求めるだなんて……。もしかして、内容を知らないのかしら?
「首都にある本屋と同じ名前だったので、もしかしたらと思い、立ち寄ってみたのですが……」
「はい。こちら、二号店としてお名前を借りています」
「やはり。入った途端、まるで首都に戻ったかのように感じました」
青い瞳を潤ませながら、店内を見渡す男性。
「こちらへはご旅行ですか?」
「……えぇ。探し物をしに」
「そうでしたか。でしたら残念です。『カーザイアの慈悲』は絶版本ですから、ここには置いていないんですよ」
公爵夫人でいられるのは三年。そんな貴重な本を置いておくわけにはいかなかった。
「折角足を運んでくださったのに、申し訳ありません」
「いいえ。そうでもありませんよ。お店の雰囲気もいいですから、時間のある時にまた、寄らせてもらいます」
「それは是非、お越しください」
この時は何気ない会話をして、男性は店を出て行った。
次に現れたのは、閉店間際の今日。
「こんにちは。あれから色々見て回ったのですが、とてもいい街ですね、ジェスモは」
「ありがとうございます」
「治安も良くて。是非、公爵様にもお伝えください、デーゼナー公爵夫人」
「え?」
私、名乗ったかしら? この人に。
そう思った瞬間、男性の姿が見えなくなった。
「その必要はない。今、ここで聞いたのだからな」
「これはこれは、デーゼナー公爵様。初めまして、リザンドロ・アレバロと申します」
「すまないが、急用なんだ。お引き取り願いたい」
「ド、ドニ!?」
いくら急用があるからといっても、その態度はお客様に失礼だわ。とはいえ、閉店間際の時間帯だから、赤毛の男性、リザンドロしか店内にはいないのだけれど。
私はドニの袖を引いた。けれどドニは私の方は見ずに、その手を掴む。
公爵として振る舞うドニを見たのは初めてではないけれど、何故かピリピリしているように感じるのは気のせいだろうか。それも、リザンドロを敵と認識しているような。
「そういえば、もうすぐ閉店でしたね。今度はゆっくりできる時間帯に来ます。ですから公爵夫人、その時はまた」
私からは見えなかったが、リザンドロはそういうとお店から出て行った。扉についている鈴の音と共に、閉まる音が聞こえたのだ。
けれどそれよりも、気になったのがドニの反応。リザンドロが出て行った後も、扉を見つめている。何を考えているんだろう。
そう思っていたら突然、ドニの手に力がこもる。驚きと痛さに、私は思わず小さな悲鳴を上げた。
「っ!」
「ルエラ! ごめん、痛かった?」
振り返り、私の手を
***
「他の……お客様には、そんなこと、一度も言ったことはなかったのに」
どうして? と帰りの馬車の中で、私は疑問を口にした。閉店間際までお客様と話していても、ドニが邪魔をしたことは一度もなかった。
リザンドロだけはダメ。その理由は何? 何なの?
「それは……」
言い淀むドニの姿に、私は目を逸らした。馬車が止まり、領主館の玄関が見える。
『花飾りのヴェンダース書店 二号店』から徒歩で十五分の道のりは、馬車だとたったの五分。
ドニの弁解を聞く時間はなかった。
「ごめんなさい。いくらドニ、いえ、デーゼナー公爵様の言うことでも、納得できないことには従えません」
「ルエラっ!」
私の敬語と呼び名に、血相を変えるほど驚くドニ。さらに馬車から出ようとする私の腕を掴んできた。
その瞬間、ドニの手を振り払う。けれどドニは馬車の中にいてもビクともしない。代わりに私はバランスを崩して倒れそうになった。
「キャッ!」
再び私に伸びるドニの腕。完全に馬車から体が出ていたせいだろう。ドニに引き寄せられたまま、私たちは地面に倒れ込んだ。
周りの使用人たちの驚く声が聞こえる。目の前には土で汚れたドニの姿。私が拒絶しなければ、そんな姿にはならなかったのに。
「ルエラ、怪我は? 痛いところはある?」
それでも尚、私の心配をするドニに、もうどうしていいのか分からなかった。溢れる感情は抑え切れず、涙となって外に出ていく。
「やっぱり怪我を。医者を呼んでくれ」
痛くないのに。ただ、やり場のない感情を持て余しているだけなのに。やっぱりドニは分かってくれない。
一向に泣き止まない私を、ドニは抱き寄せる。そのまま持ち上げて、ゆっくりと領主館に向かって歩き出した。私の顔を、使用人が持ってきたタオルで隠しながら。
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