第11話 真実を公爵夫人に(ドニ視点)
ルエラの泣き顔を見るのは二度目だ。彼女を守りたい。幸せにしたいはずなのに、どうして……。
「どうして、か」
僕が外出をしないように言った時も、あの男、リザンドロ・アレバロと話さないように言った時も、口に出して言ったのは一度きりだったが、ルエラの顔はそう問いかけていた。
だけど僕は何一つ理由を明かさなかった。
可笑しなことを言って、嫌われるのが怖い? いや、すでに何度も言っている自覚はある。それでもルエラは、僕を見てくれた。
けれど、それももう限界かもしれない。ルエラの口から再び敬語を聞いた時。いや、デーゼナー公爵様と言われたのはショックだった。
ここは僕が書いた小説の中。どんな脇役だって、一生懸命名前を考え、髪と目の色、性格、口調。さらに生い立ちまで考えた、愛すべき登場人物だ。
「そのルエラに拒絶されるなんて、耐えられない」
だったら、何もかも話してしまおう。僕が転生者であること。この世界が小説の中であること。
ルエラがあの男、リザンドロ・アレバロに殺される運命であることも含めて。
「分かってほしいというのは、都合が良過ぎるけど」
それで嫌われるのなら仕方がない。諦めもつくだろう。
どのみち、三年間は傍にいられるし、ルエラを守ることもできるのだから。
翌日、きちんと話がしたい旨を、ルエラ付きのメイド、エルダを通して伝えた。衝立はナシ、という条件も出して。
すると、思ったよりも早く承諾の返事が来た。
恐らく、ルエラの聞きたいことはすべて答えるから、と言ったからだろう。
「それほど僕は、ルエラを追い詰めていたんだな」
会ったらまず、謝らなければ。そう思ってルエラの部屋の扉をノックした。
***
扉を開けた瞬間、飛び込んできたのは、他でもないルエラだった。
どうして、何故。怒っていたんじゃないのか、という感情よりも、戸惑いと安堵が入り混じった。
ルエラが僕を抱き締めてくれたからだ。けれど僕は、それに答えていいのか分からず、ルエラの髪、背の近くに手を伸ばしただけで、触れるのを躊躇った。
「ごめんね、ドニ」
敬語ではないけれど、謝罪の言葉。
「昨日は、その……怪我、していない?」
「大丈夫。僕はそれよりも、ルエラがまだ怒っているのかどうかが気になるよ」
「もう、敬語で話していないわ」
「それは意思表示であって、心そのものではないだろう」
本音と建前くらいは弁えている。貴族社会は腹の探り合いが常だからだ。
「……歩み寄ろうとしてくれる人を拒否するほど、怒ってはいないわ」
「ありがとう」
ようやく僕はルエラを抱き締めた。もしも今日、話し合いの場を設けなかったら、ルエラはもう、僕に心を開いてくれなかったのかもしれない。
そう思ったら、余計に怖かった。
けれどこのままでは、話すことができない。僕はルエラを抱き上げ、ソファーの上に座らせた。
そこでようやく見えたルエラの顔。
「よく見せて。これは僕のせいだから。ルエラが恥ずかしがることはないよ」
本当は衝立が欲しかったんだろう。あの時と同じ顔をしている。躊躇いながらも、顔から手を退けてくれた。
「ルエラの質問を聞く前に、先に僕の話を聞いてほしいんだ」
「また、要求?」
「これは今までとは違う。この話の中に、ルエラが聞きたい答えが入っているから。ただ、順序立てて聞いてもらいたいんだ。その……僕の生い立ちを」
不満そうにしていたルエラの顔が、驚きに変わる。予想だにしなかったのだろう。しばらく思案した後、頷いてくれた。
多分、僕の顔がいつになく、緊張した面持ちだったからかもしれない。時々、それに関することを呟いたことはあっても、面と向かって誰かに話すのは初めてだった。
これまで沢山の人に奇異の目で見られた。が、気にならなかった。
ここは僕が書いた小説の中なのだから、と開き直っていたのかもしれない。いや、思い上がっていたんだ。公爵家という地位も相まって。
けれど、ルエラだけは。彼女だけは、そうであってほしくない。僕は願いも込めて、ルエラの手を握った。
話しの途中で逃げられたら、立ち直れそうにもなかった、というのが本音だろう。
それでも僕は話し始めた。転生したことを始め、この世界が自分の書いた小説であることも。
「つまり、ここはドニが作った世界なの?」
「分からない。僕も登場人物の一人だからね。ただ、他の人より色々知っている、程度に思ってくれるといいかな」
「でも、物語の作者なら、未来が分かるってことでしょう?」
「……うん。そうだね」
ルエラは僕の手を握り返してくれるほど、興味津々で聞いてくれた。嬉しかった。けれどその眼差しを、僕は今から壊しに行く。
「だから、幼い頃からルエラを探していたんだ」
「私を? 何で?」
そう言った後、何かを思い出したのか、「あっ」という声と共に視線を逸らされた。
「もしかして、私……死ぬ、の?」
「あのリザンドロ・アレバロによってね」
僕はルエラの手を引き寄せて、震える体を抱き締めた。誰だって自分の死を言い渡されるのは気分がいいものじゃない。
むしろ、嫌悪するだろう。殺人犯ではなく、それを告げた死神である僕を。
「だから、会話しない方がいいって?」
「うん。何かの拍子に、あいつの逆鱗に触れるとも限らないからね」
「逆、鱗? もしかして……!」
知っているの? とでもいうように顔を上げるルエラ。その表情はが、どことなく怯えているように感じてならなかった。
だから僕は、そっとルエラの額に口付ける。
「僕は作者だからね。勿論知っているよ、ルエラの能力を。オーラが見えるってことをね」
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