第8話 旦那様は私を驚かす天才

 黄緑色の屋根と白い壁。

 真ん中には、お店らしい大きなガラス張りの扉があった。勿論、今は開いていないから、レースのカーテンで目隠しされている。

 そこからでも薄っすらと見える茶色い本棚。


 早く中を見てみたいと思うのだが、扉を挟んだ両脇に設けられた出窓も可愛らしくて、そこにも目を奪われた。


 何せ、扉と同じお洒落なレースのカーテンの前に、小さな植木鉢が置かれているのだ。それも三つ。

 まるで、物語に出てくる可愛らしいお店そのものだった。ううん。すでに建物の外観が可愛いのだから、そう感じるのは当然のことだと思えた。


 歓喜の声を上げなくても、はしゃいでいる様が、ドニにも伝わったのだろう。

 通りかかった女性が赤面するほど、嬉しそうな表情を私に向けていた。が、当の私は、目の前の建物に夢中で、知る由もなかったのだが。


 はやる気持ちのまま、足がどんどんお店の方へと向かい、気がつくとドニから離れていた。彼女たちのさえずりが耳に届かないほどの距離まで。


「看板は開店する時の方がいいと思って、まだ付けていないんだ」


 けれどドニの声はハッキリと聞こえた。申し訳なさそうな困った声に、私はすぐさま振り返る。「看板は後でも十分だよ」と答えたくて。しかし、それは出来なかった。


「っ!」


 遠巻きながらも、ドニを見ている複数の女性の姿が目に入ったからだ。私はすぐさまドニの手を引いた。


「中を見てみたいんだけど、入れる?」

「勿論、そのために来たんだから」


 嬉しそうに笑いかけられて、私の心臓が大きく跳ねる。いや、周囲にいる女性陣の声が聞こえたから、恥ずかしかったのかもしれない。


 しかし、ドニは周囲のことなど気にする素振りもなく、ポケットから鍵を取り出して扉にさす。

 私も気分を取り直して中に入ろうとした。が、次の瞬間、またしても驚きに包まれる。


「どうぞ。僕が用意したルエラの城へ。気に入らないところがあったら言って。すぐに手配できるからね」

「う、うん」


 ビックリしたのはドニの言葉だけじゃない。突然、腰を引かれたのだ。こんなエスコートをされたのは、結婚式の時以来。

 元々、スキンシップ自体、あまりする人じゃなかったから、余計に驚かされた。


「絶対だよ」


 念を押されて、私はますます戸惑う。しかし、その理由はすぐに理解した。



 ***



「え? この内装って……」


 ドニは私を驚かせる天才なのかしら、と思ってしまうほどの光景が目の前に広がっていた。

 だって、あまりにも首都の本屋にそっくりな内装だったから……。


 私は思わずドニの顔を見る。


「やっぱり気に入らない?」

「ううん。ただこんなに似せてしまって大丈夫なの?」

「ちゃんと許可を得たからね。そこは心配する必要ないよ」


 何が、何処と、と言わなくても通じるのは、分かっていてやったのだろう。いや、許可を得たと言っていたから、少しだけ違うのかもしれないけれど。


「でも、何で?」

「この内装にしたかって?」


 ドニの顔を見ながら頷いた。


「少しでもルエラにとって、心休まる場所にしたかったんだ。慣れない土地で、知らない人たちを相手にするのは大変だろう」

「そうね」


 私が人の多いところが苦手なのを、ドニも薄々気づいていたのだろう。

 もしかしたら、両親から聞いたのかもしれない。なるべく、そういう場所へは行かないようにしていたから。


 勿論、オーラが見えることは両親も知っている。けれどそれを、ドニに話すとは思えなかった。

「オーラが見えても言ってはいけないよ」と昔から言われていたからだ。周りに気味がられるから、とも。


 見えると言っても、常にオーラが見えているわけじゃない。感情のように分かり易いものではないからだろう。


 良い暗示と悪い暗示。

 街を歩いていると、それが星のように点々と見えるのだ。気にしなくても目が追ってしまう。だから私は、次第に人を避けるようになった。


 だって、伝えたくなるんだもの。ドニと初めて会った時と同じで、初対面でも関係ない。危険なものは危険だと伝えたくなってしまうのだ。


「あとは、僕たちにとって思い入れのある本屋だから、かな」

「っ!」

「というのは建前で、他に本屋の形態を知らなかったんだ。ごめん」


 ふふふっ、と最後の本音に私は思わず笑ってしまった。


「ルエラ……」

「ごめんなさい。ドニでもカッコつけるんだなって思ったら、つい」

「僕だって一応、男だからね。契約結婚とはいえ、妻にカッコいいところを見せたいんだよ」

「十分、見せてもらっているわ。それに、こんな可愛いところもあったんだって分かって、益々ますます――……」


 好きになりそう、と言いかけて、私は手で口元を隠した。


「益々?」

「……か、カッコいいって言おうとしたの! それよりもさっき、許可を貰ったって言っていたけれど、本当なの?」


 私は店内を見渡しながら聞いた。


「うん。それでルエラに一つ提案があるんだけどいいかな」

「な、何?」


 話の流れから、本屋に関することだと思うけれど、相手はドニだ。さっきの話を蒸し返されたらどうしよう……。


「首都の本屋『花飾りのヴェンダース書店』の主人がさ。店名の候補がなければ、二号店として使ってもらえないか、と言っているんだ。ルエラが本屋を開くなら、是非にって。どうする? 他に案があるなら、ヴェンダースの主人にはそう伝えるけど」

「他も何も、店名を考えていなかったから、願ってもいないことだわ」

「それじゃ、店名は『花飾りのヴェンダース書店 二号店』でいいんだね」

「えぇ、勿論!」


 ただの常連客に、暖簾分のれんわけのようなことをしてくれた店主に感謝した。無論、ドニのお陰だということも忘れてはいけない。

 だから、彼の不可解な言動、要求も理解しなければ。そう思っていたのに……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る