第7話 旦那様と領地へ

 そもそも考えてみると、分かる話だった。

 あんなにも私にこだわるドニが、条件付きとはいえ、いとも簡単に許可を出したのには、何か理由があるということに。


 領地へ向かう許可がりたのは、二週間後。

 ドニと共に、馬車に揺られて三時間。首都から出たことがなかった私は、窓の外を見ているだけでも楽しかった。

 そんな私を、ドニはクスクス笑いながら声をかける。


「そんなに見ても、景色は変わらないよ」

「もう! ドニにとっては見慣れた景色でも、私にとっては全てが新鮮なんだからいいの!」


 だけど、心配したのか。時折、向かいの席に座るドニから、デーゼナー公爵領のことや、用意された本屋の話などをした。

 お陰で道中、退屈することは一切なかった。


 その後は予定通り領主館で過ごし、領地内を視察。本屋へは後日ということになった。


 ドニのご両親は、すでに亡くなっているため、領主館を治めているのは、首都の屋敷で執事をしているウィルソンの兄、ニクスだった。


 本来、彼が執事をする予定だったのだが、ドニが爵位を継いで間もなく、前デーゼナー公爵夫妻が事故で他界。

 結果、ウィルソンが執事に。ニクスが領主館の臨時領主となったらしい。


「初めまして、ルエラ・デーゼナーです。これから色々お世話になると思うけれど、よろしくね、ニクス」

「こちらこそ、奥様にお会いできるのを楽しみにしておりました。何か不便なことがありましたら、すぐにお申し付けください」


 すでにドニとは別件で、ウィルソンから連絡を受けているのか、元子爵令嬢の私に対しても、ニクスは穏やかに挨拶をしてくれた。

 それは領主館の使用人たちも同じで、まるで首都の屋敷にいるような気分だった。勿論、私の専属メイドであるエルダも一緒、というのもあるのだろう。

 お陰で慣れない土地に来ても、さほど疲れを感じることはなかった。



 ***



「そんなキラキラした目で見るほど、変わったところじゃないよ」


 横を歩くドニが、クスクス笑いながら、目を細めて言う。


 視察中もそうだったが、仲の良い領主夫婦に見えるように、私はドニの腕を組んで歩いていた。

 始めは恥ずかしかったけれど、二日目ということもあり、あまり周りの視線が気にならなくなった。


 ううん。違う。この道の先に、ドニが私のために用意してくれた本屋があるからだ。要望は事前に伝えていたけれど、本当にこの日まで私は領地に来ることは叶わなかった。


 デーゼナー公爵領ジェスモは、領主館を置いている街、ということもあって栄えていた。それも首都並にだ。

 お洒落な服装を身にまとい、どこか自信に満ち溢れた顔で颯爽と歩いている領民の姿。

 よく見ると、首都で見かけた流行りの服だ。それを独自に着こなしているのか、別の服に見えてならなかった。


 さらに背後に見えるお店も色鮮やかで美しい。首都が古風なら、ジェスモはカラフルな街といったところだろうか。

 黄色や赤、緑色など、様々な屋根の色が可愛らしく。けれど、外壁は白に統一されて、まるで一枚の絵画のように見えた。


 それを変わったところじゃない、ですって!


「とんでもない! こんな素敵な街並みに、そんな言い方は失礼よ」


 私はドニを非難した。

 こんな場所だと知っていたら、もっと早く連れて来てほしかったのに、という意味も込めて。


「そうだね。僕の代わりに領地を治めてくれている、ニクスにも悪い言い方だった」


 ちょっとズレているけれど、その言い分は正しい。使用人たちから聞くドニの印象もそうだった。

 主人としてはいいけれど、人柄は……。


 私も、可笑しな言動がなければ、いい旦那様なんだけれど……。いや、その前に契約結婚であることを忘れちゃダメよ、ルエラ。


「でも気に入ってくれて嬉しいよ。これなら本屋の方も大丈夫かな」

「どの建物なの?」


 外出を禁止するくらいなのだから、領主館から近いのだろう。

 私は早速、辺りをきょろきょろと見始めた。すると、すぐにドニが「あれだよ」と言いながら前方を指差す。


「もしかして、屋根が黄緑色の建物?」

「うん。ルエラの瞳の色と同じだから、分かり易いと思ったんだ」


 な、な、何をサラッと爆弾発言をーーーーー!!!!!


「本当は、薄茶色に塗り直そうと思ったんだけど、街の景観に合わないと却下されてね」

「……地味な色だから」

「それもあるけど、その方がルエラの安全にも繋がると思ったんだ」


 あっ、そっか。そうだよね。ドニは最初から、私を幸せにしたいって言っていたのだから。地味とか平凡という目で見ているわけじゃない。


「だったら、青でも良かったんじゃない?」

「何で?」

「……ドニの色、だから。ま、守られているように感じる、かなって」


 自分で言って気恥ずかしくなった。


「色に関してはさすがだね。そっか。そういう発想はなかったな。今からでも変えるか……」

「えっ! いいよ、それは。ちょっと言ってみただけなの!」


 これで、完成するまで領主館から出られなくなる、もしくは首都に帰されるのかと思うと、ヒヤッとした。


 全く伝わらないというより、明後日の方向にいってしまうんだから……ドニは。それでも惚れた弱みなのか、嫌いにはなれなかった。


「それよりも、早く中を見てみたいわ。内装もドニが選んでくれたって言っていたじゃない」

「うん。そうだよ。この街のように、気に入ってくれるといいんだけど……」

「大丈夫。絶対に気に入ると思うから安心して」


 だって、ドニの体から白いオーラが見えるんだもの。悪いはずはない。


 珍しく不安げな表情のドニを勇気づけるために、私は満面の笑みを向けた。

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