第4話 外に出したがらない旦那様
デーゼナー公爵様、もといドニに振り回され続けたお陰で、一カ月はあっという間だった。
結婚式も、簡素に行いたいという私と両親の意向をくんでもらい、さらにその準備も、ほぼお任せ状態。
「だって、契約結婚を持ち掛けたのは、僕の方だからね。ルエラに負担はかけさせないよ」
私が人見知りであることを考慮してくれたのか、招待客も身内のみ。
「それに、僕たちの結婚期間は三年。大々的にやると、後が面倒なだけだよ。僕だけじゃなく、ルエラにとってもね」
ただでさえ、ドニとの婚約で私は一躍有名になっていた。今まで浮いた話が一つもなかったドニに、ゴシップ好きな新聞が飛びついて大変だったのだ。
『デーゼナー公爵も、ようやく年貢の納め時!? 相手は名も知れぬ子爵令嬢。深窓の美女か!!』
「確かに、社交界にはあまり顔を出していなかったけど、深窓の美女って……」
そう大きく書かれた新聞を畳みながら、私は大きく溜め息を吐いた。すると突然、後ろから影が射す。
「あながち間違ってはいないと思うけど?」
「ドニ!?」
デーゼナー公爵邸でこんなことをするのは、一人しかいない。私は天を仰いで、その人物の名前を呼んだ。
「特に深窓の辺りは」
「……今もあまり外出していないから、余計にそう思われるのかも」
美女に触れなかったのは、やっぱりドニもそう思っているってことだよね。そもそもこの結婚は、契約の上に成り立っているんだから仕方がない。
初めて会った時から、優しく接してもらっていたから勘違いしそうになるけれど。ドニはけして、私に好意を抱いているわけじゃない。
ううん。そうじゃない。人としての好意は向けられているけれど、それは愛情じゃないってこと。上手く言えないんだけど、そう感じる。
「ルエラは人の多いところは苦手なんだから、仕方がないよ。それと、これを真に受けて、無理に外出する必要はないんだからね」
「でも……ドニの迷惑には、なりたくない」
うーん、と言いながら、ドニは私の横に腰を下ろした。その拍子に、私の手から新聞を取り上げる。
「迷惑にはなっていないよ。ほら、ここにも書いてあるように、年貢の納め時って思う者たちが多くてね。色々面倒な誘いが減って、助かっているんだよ」
「つまり、防波堤になっているから、わざわざ顔を出さなくていいってこと?」
噂通りの美女じゃないから、外に出ないように、とも聞こえて、思わず意地悪な言い方をした。
「違うよ。僕と結婚したことで、ルエラに関心を寄せる者たちが多いんだ。その中には勿論、敵意を向けてくる者もいる。この結婚に乗り気じゃなかったルエラに、嫌な思いはさせたくないんだ」
ほらね。ドニはいつだって、優しく接してくれる。
「だからといって、何もかもドニに押しつけたくないわ」
「でも、契約期間は三年だ。表舞台に立てば立つほど、困るのはルエラなんだよ」
ドニの言葉に、私は俯いた。やっぱりそこに、愛情はない、と実感せざるを得なかったからだ。
「それでもいい。それでもいいから、公爵夫人として、何かやらせて!」
「……ダメだ」
「どうして? 女主人として、この屋敷や領地のことは……その後のことを考えると、当然無理なのは分かるけど。他にもできることがあると思うの」
「あったとしても、ダメだ!」
ドニの大きな声に、体がビクッと反応した。
「ごめん。ルエラが何かしたいって気持ちは有り難いんだけど、気持ちだけで十分だから。本当に」
「ドニ……」
「その代わり、図書室にルエラの好きそうなミステリー小説を沢山置いておいたから……大人しくしていてくれるかな」
「っ!」
初めて聞く冷たい声。ショックを受けたのはそれだけじゃなかった。何が何でも、ドニは私を外に出したがらない、と分かったからだ。
「足りなければ、好きなだけ買ってもいいから、ね?」
私の表情に、何か悪いと察したのだろう。今度は優しく声をかけられた。
内容は、ドニらしくチンプンカンプンだったけれど。
私は長椅子から立ち上がり、部屋から出て行こうとした。
「ルエラ?」
「すみません。今は一人にしてください」
「……分かった。でも、折角直したのに、また敬語になっているよ」
本当に、この人はどこまでも……。
「これは、私が怒った時の対応だと覚えておいてください!」
そう言って、扉を強く締めた。
これでドニに、ちゃんと伝わったのかな。
けれど、本当の後悔と不安はそこではなかった。
「生意気なことを言っちゃった。あと、我が儘も」
これでドニに嫌われたら、どうしよう……。
自室に戻った私は、ベッドの中で泣いた。それはもう、翌朝、ドニが心配して私の部屋に来るほど。
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