第30話 エピローグ

「おい、目を覚ませ」


「……あと五分」


 毛布を頭から被り、起き上がるのを拒否する。


「……おい」


「あと五時間……」


「そんなに待てねぇんだよ! さっさと起きろ政義!!」


「ぐはっ!?」


 お腹に強い衝撃が加わり、意識が一気に覚醒する。


「なんだなんだ!?」


 僕は毛布をとり、辺りを見渡すと目の前にライオンの可愛らしい人形が腕組みをして、立っている。


「ようやく起きたか? クソ、俺が何でこんな……」


「もしかしてだけど、赤井か?」


「そうだよ! てめぇのせいでこんな――って足掴むな!!」


 ムカつく人形の足を引っ張り、宙づりの状態にする。

 触ると中に何か硬い物が入っているような感触があった。


「中身はゴーレム……か? でもどうやって魂を……」


「やぁ、お目覚めかにゃ、政義ちゃん。――いや、ザニア君かにゃ?」


 声のした方へ振り向くとシエナ王女がお茶を楽しみながら座っていた。

 肩にはカラスの人形が止まっている。


「もしかして、これ先生が?」


「この世界ではシエナの方で呼んで欲しいにゃ? ――それは私がっていうよりこの子の力というべきかもにゃ」


 肩の人形に先生が手を置こうとすると突然羽ばたきこちらに向かってくる。

 僕の肩に止まり、羽を自分の胸に当てる。


「我の得意分野は魂をいじる事だと言っただろう? 魂を別な物に移し替えるくらい初歩の初歩じゃよ」


「その口調ってことは、ご先祖さんか」


「そうじゃ。我に感謝を――」


「いい加減足を離しやがれ!」


 ライオンの人形がひたすらに僕の手をバシバシと叩く。

 ダメージはあまりないが、ムカついたのでグルグルと振り回す。


「や、やめ、やめろぉぉぉ!?」


「それで? 一体これはどういう状況なんですか?」


「まぁ、それは私から説明するにゃ」


 先生が僕が眠っていた間の出来事を話す。

 倒れた僕とエルヴィス君を先生が転移させ、レイブン家の実家の方へ送り届けた。


 僕たちを見た屋敷の人たちは大騒ぎ。

 すぐに処置が施され、命に別状はなかった。


 処置が終わった次の日。

 治療を終え、実家に戻ったと聞きつけた姉さんたちが、駆けつける。

 今は全員この屋敷に留まっているらしい。


「事情は分かりました。ですがいいんですか? 公務とか合ったんじゃないんですか? 先生って、今は王女ですし……」


「全て影武者に押し付けてきたから問題なし!」


 先生が親指を立て、ニコリと笑う。

 今頃あっち大変なことになってるだろうな……


 そっちも大変そうだが、もっと危なそうなのはこっちの人形達だ。


「そもそもこの人形どっから出てきたんですか?」


「簡単なことだ、我の体は貴様たちが銃と言っていた物質をこの形に変え、赤井とか言う小僧には、転がっていた変なガラクタに魂を憑依させ、形を変えたのだ。もっとも魂が定着し、逃げにくい形にのう」


「もう何でもありですねご先祖さん……」


「我優秀故」


 それにしても、逃げにくい形、ね……

 人形には昔から魂が宿るとは言うが、この世界でもそれは変わらないらしいな。



「理解しました。ですがご先祖さん、あなたがゴーレムになること自体大丈夫なんですか? 影出現するとか……この赤井の魂が逃げ出すとか……」


 僕は宙づりの赤井を差し出して問いかける。


「そんなへませんよ。赤井とか言う小僧もその入れ物にいる限り大丈夫じゃ、影の方もな? ――だが、呪いの方は消えたわけではない。貴様の作った封印も三年なのは変わらずじゃ」


「やっぱそう簡単にはいきませんよね……」


 もしかしたら大丈夫かと思ったが、そんなことはなかった。

 三年か……


 未来を心配しているとバサバサと先祖さんが翼を動かす。


「心配するでない。我も協力してやろう! 最強の魂魔法の使い手にして大賢者とも言われた、このコルバス・レイブンが!」


「何度も言いますが、僕は養子ですからね?」


「うむそうなのか? 貴様は魂魔法に非常に高い適性があるから、てっきり我の子孫かと――」


「ちょっと待て、適性? 僕にか?」


 先祖が首を傾げる。 


「だからそう言っとるだろう?」


 魔法の適性がある。

 つまり、新しいアプローチが試せるということだ。

 これは行幸だ!


「なぁご先祖さん。僕にその魂魔法教えてくれ。封印の役に立つかもしれない」


「良かろう! それ以外にも魔法も教えてやろうぞ! 我の指導は厳しいぞ?」


「これからよろしくお願いしますねご先祖さん。さて、と……」


 僕はベッドから起き上がり、先生に一礼する。


「先生ありがとうございました。色々と――」


「礼はいらないにゃ。教え子が困ってたから助けただけにゃ」


「先生……」


「銃も君にあげるにゃ。これから先必要だと思うからにゃ」


 先生が椅子から立ち上がり、ポケットから転移の魔道具を取り出す。


「君に契約でもらったこれ本当に便利にゃ。契約の事大丈夫だと思うにゃけど、よろしく頼むにゃ?」


「大丈夫です。ウォールター王子の王位継承権の放棄は、勝った時点で執行されますので、あなたが次の女王様ですよ」


「仕事多くて大変にゃけど、あれに王国は任せたくにゃいからにゃ」


 あれって……

 兄の扱い雑、まぁあれじゃ仕方ないけど。


 先生が光に包まれ姿を消す。


「じゃあ行くかご先祖さん、みんなに会いに……」


 僕たちは部屋を後にする。



 □□□


 掃除をしていたメイドに、みんながどこにいるのか聞いてその部屋に訪れる。

 部屋の前に付くと何やら中が騒がしい。


「ほら! さっさと白状しなさい!」


「残念です。あなたがそんな人だったなんて……」


「ご、誤解っすぅぅぅ!? 誰か助けてっすぅぅぅ!!?」


 ……正直こんな状態の部屋に入りたくないが、仕方ない。


 ドアを開けるとロープで宙づりにされたエルヴィス君の姿。

 それを取り囲むように皆腕組みをしていた。


「……君たちまじで何してるの」


「あっ、主様! お会いしたかったです!!」


 メルクが勢い良く、抱き着いてくる。

 姉さんも僕を見つけるとゆっくりと歩いてきた。

 見た感じ刺された後遺症とかはなさそうだ。


「無事でよかったよ姉さん」


「無事でよかったよ――じゃないですわ! 全部聞きましたわよ! わたくしの代わりに死のうとしたなんて何考えてますの!!」


 姉さんに詰め寄られる。


「何で知って――ってまさか……」


 僕がメルクの方を見ると視線をそらした。

 メルクぅぅぅお前かぁぁぁ!?


 僕は肩を落として、姉さんを見つめる。


「悪かったよ。もう死のうとも思ってないし、これからは生き残る選択肢をみんなと探すよ」


「それでいいんですのよ。もっと周りに頼りなさいまし!」


 ふんっとすねたように姉さんはそっぽを向く。

 この会話してるだけど、やっと日常へ戻ってきたんだって感じするな。


 僕が奥の方へ視線をやるとナタリアがこちらを見て鼻で笑いやがった。


「しぶとく生き残ったのねナスビ頭」


「口の悪さは相変わらずだな腹黒女。いや、それよりそろそろツッコんでいいか? エルヴィス君何で吊り下げられてんの?」


 はぁ……とため息をつく。


「そこの従者刺した件について問いただしてんのよ。私はめんどくさいし、そっちの従者がどうなろうとどうでもいいんだけど、お姉ちゃんがしてくれって言うから」


「またツッコミどころ増やすなよ!?」


 お姉ちゃんって誰だよ!?

 そう心の中で思っていると姉さんがおずおずと手を挙げる。


「……わたくしの事ですわ。この子前世で後輩だった子ですのよ」


「そんな硬い言い方しないでよお姉ちゃん、昔みたいに未羽ちゃんとか、今ならナタリアちゃんとか呼んでもいいよ!」


 ナタリアがにへらと気持ち悪い笑みを浮かべる。

 何でこの腹黒女、こんなに姉さんにデレデレなの?

 まさか……


「姉さん」


「何ですの?」


「僕は同性同士の恋愛を否定しないし、姉さんが女の子を好きでも応援す――」


「ちっがいますわよ!? 勘違いにもほどありますわ!?」


 姉さんがげしげしと僕の足に蹴りを入れる。

 さてと、状況を整理すると、赤井のバカのせいでエルヴィス君が吊られてると……


 僕は手に持っていた赤井を叩きつける。


「ぐへっ!?」


「……!? この人形喋りましわよ!?」


 全員が赤井人形に注目が集まる。


「こいつが全ての元凶、影の封印もメルク刺したのも、こいつがエルヴィス君を操ってただけ、――だろクソ野郎」


「て、めぇ……よくもやりや――っておい!? 離せ!」


 僕がそう言うと腹黒女が赤井の足を引っ張り上げる。


「ふ~ん、だったらこの人形壊せばいいってわけ?」


「壊したらもう一回エルヴィス君の体に戻るから却下だ。壊さない程度なら、サンドバックにしてくれて構わない」


「いいわね。メイド手伝いなさい」


「命令しないでください。ですが、ストレス解消くらいにはなるでしょう」


「おい、何を勝手に言――ぐはっ!?」


 腹黒女が壁に赤井を叩きつけ、そのまま腹パンを複数回繰り返す。

 メルクもはたきで赤井を殴打する。


 まぁ、あいつの対処はこれでいいだろ。

 今はエルヴィス君下ろそう、なんかぐったりしてるし。


「大丈夫か、エルヴィス君……すまない巻き込んでしまって」


「いいっすよ。みんな無事だったんですし」


 そう言ってエルヴィス君はニコリと笑う。

 あぁ、その笑みを見ているとこの後いう言葉に少しだけ罪悪感がある。


「――エルヴィス君、巻き込みついでで悪いけど、お願いがあるんだけど、いいかな?」


「いいっすよ。ザニア君が俺に頼み事なんて珍し――」


「そうかそうか。じゃあ君、これから貴族ね」


「「「「「「「……はい?」」」」」」」


 全員一斉にこちらを振り向く。


「えっと……ドッキリか何かっすか?」


「いや? 超本気だよ。大丈夫大丈夫、ちゃんとレイブン家がサポートするし」


「そういう問題じゃ――」


「もう王様から許可貰ってるから今更訂正できないし、諦めて?」


 僕はにっこりと微笑むとエルヴィス君が顔を青ざめる。


「む、無理っす!? 俺に貴族なんて! それに何で――」


「理由は主に二つ」


 二本指を立てる。。


「一つは、エルヴィス君が地位がなかったがために、王子達の暴走を止められなかった。王子たちは洗脳されてたとは言え、今後そういう事起こらないように君には発言権をもってもらおうってわけ」


「それは……」


「もう一つは、こいつらの立場を保証する人材が君が適任なんだよ」


 腹黒女と攻略対象たちを指さすと、今まで黙っていた王子たちが一斉に喋りだす。


「おい、洗脳から解除してくれたことには感謝しているが、立場を……」


「君たち、もう貴族の地位無くしてるよ? 今は立場的に平民だ」


「「なっ!?」」


 アンドレイとウォールターは驚愕する。

 イゴールは分かっていたかのように冷静だった。


「いくら洗脳状態とはいえ、あれだけ大っぴらにしてお咎めなしも難しいんだよ。――そこで、だ。君たちにはエルヴィス君の養子になってもらう」


 イゴールは顎に手を当てて、納得したかのように相槌を打つ。


「あぁなるほど。自分たちが養子になれば貴族の子として守ってもらえる。しかもレイブン公爵家の傘下ともなれば、手が出せるものも少ない。エルヴィスの地位をあげたのはそのためか、ザニア殿」


「ザニア殿って……イゴールちゃんそんな口調だったけ?」


「イゴールちゃんいうな! それにあなたは自分に勝ったのだ。勝者に敬意を払うのは当然だろう」


「敬意……ねぇ……」


 他の二人を見るとアンドレイは洗脳が解けていても、エルヴィス君を敵視してるし。

 ウォルターも……


 僕がウォルターの方を見るとこちらを睨みつける。


「何だ? てめぇオレ様に喧嘩売って――」


「ウォルター? 今主様に何を言おうとしました?」


「い、いえ!? 特に何も!!」


 メルクが声を掛けると、ウォルターは生まれたての子羊のようになってしまった。

 うん、勝者の敬意はないけど恐怖は刻まれてるね。


 アンドレイも少し気がかりだが……

 まぁ何とかなるだろう。


 エルヴィス君に向き直って、手を差し伸べる。


「――というわけで、あいつら見捨てたくないなら貴族になってよ。まぁエルヴィス君を斬り捨てようとした連中だ。判断は君に任せるよ」


 僕は答えが分かっていてこの質問をする。

 エルヴィス君がどういう答えをするかなんて、火を見るよりも明らかだ。


「こんなの受ける以外ないじゃないっすか。俺の望んだ最善の結果なんすから」


 ニコリとエルヴィス君は笑う。


「じゃあよろしく頼むよ。これから君はエルヴィス・ボーティス男爵だ」


「はいっす!」


 エルヴィス君と固い握手を交わす。

 これで姉さんとの約束も守れた。


 よし! 

 これですべての事は解決した。

 あとの事はエルヴィス君に全投げして、僕は封印の研究を集中でき……


「そう言えばすっかり忘れていたが、ザニア・レイブン、お前に父上から手紙だ」


「手紙? 王様から?」


 アンドレイが僕に封筒に包まれた手紙を渡してくる。

 中身をその場で開け、中を見て驚愕した。


「……は?」


「ど、どうしたんですの? ……ザニア?」


 手紙を持つ手が震える。

 こんな、こんな事……


「はめやがったな、あの狸じじい!!!」


「あ、主様!?」


「僕を王族に加えるためにそこまでするのかよ! ふざけんな!」


「ちょっと落ち着きなさいまし!?」


 手紙を破り捨てようとするのを二人に止められる。


「これ見てもそれ言えるのかよ!」


「こ、これは……」


 僕は手紙を二人に手渡すと顔がこちらを憐れむような視線になる。

 中にはこう書いてあった。


 第一王子アンドレイ・ヒューリーは王位継承権を放棄したため。

 第二王女アンナ・ヒューリーを次期女王にすることにした。

 それにあたって、アンナ王女の許婚相手をザニア・レイブンとする。


 追伸:養子の件は諦めたとはいっとらんぞ?


「ふざけてるだろ!? アンナ王女まだ五歳だぞ!?」 


「何が不満なんだ? 王族入りが決定したのだぞ? 喜べ、弟よ」


 アンドレイがこちらを見てニヤニヤと笑う。

 僕はそのにやけ面に拳を食らわせようとしたが、腕が唐突に動かなくなる。

 この感覚には覚えがある。

 契約が執行された時の感覚だ。


「何で!? 姉さんとの契約終わったのに!?」


「あぁ……それなんですが、ザニアに言わなきゃいけないことあるんですの」


 姉さんが言いづらそうにもじもじとする。


「じ、実は……」


「ヴァルハラストーリーには二作目あんのよナスビ頭」


 腹黒女がそういった。


「しかもお姉さまが敵キャラとして続投の上、破滅するエンド盛り沢山。でもそんな事させないわ! 何たって主人公の私がいるんだからね! 任せてよお姉ちゃんだけは私が守ってあげるから」


「あ、ははは……」


 腹黒女が姉さんに抱き着き。

 姉さんは乾いた笑みを浮かべる。


 つまり……?


「破滅エンドから逃れられてないから、僕との契約も続いてる……と」


「そ、そうなりますわね。おほほ……」


 姉さんは視線をそらし、こちらを見ようとしない。

 これからも苦労は続く、か……


「ふ、ははは!!」


 笑いがこみあげてくる。


「あ、主様?」


 そうか、そこまで邪魔するのか運命よ。

 あくまで僕に苦しめというんだな?


「上等じゃんねぇか、運命様よぉ!!」



 乙女ゲー? 



 破滅エンド?



 そんなもの……



「ヒーローの力でまとめてぶっ飛ばしてやるよ!!!」


「ちょっと主様!?」


「お待ちなさいザニア!?」


 僕は自分のラボに駆け出す。

 破滅の未来を変えるために、大切なこいつらを守るために!


「さぁ、実験開始だ!」


 これはある少年の物語。

 ヒーローを愛し、ヒーローを生み出し、誰よりもヒーローに憧れた少年の英雄譚。

 いずれ彼はヒーローの父とも、世界を救った大英雄とも、呼ばれ。

 後世に語られることになるのだが……それはまだまだ先のお話。


 ありきたりな言葉で締めくくるとするのなら……そうですね。


 彼の冒険はまだまだ始まったばかりだ。

 

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悪役貴族に転生した元ヒーロー博士は異世界でもヒーローを生み出したい!~乙女ゲー?破滅エンド?ヒーローの力でまとめてぶっ倒す!! ヒサギツキ(楸月) @hisagituki9

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